謝罪
「ねぇ、聞いた?」
神妙そうに装いつつも興味が隠し切れないといった顔をこちらに向けて、
アンコが少し高い声を顰めて言う。
カカシと二人でソファーに座っているその後ろから、間に顔を突き出してきた。
「何が。」
カカシは興味無さそうにどうでもよいとでも言うような態度だった。
彼もあまり俗っぽい噂や流行をもて囃すような感性を持ってはいない。
彼にとってのドウデモよい事に振り回されている人々を相手にするつもりもないらしい。
「嫌だ、知らないの?ほんっとカカシもハヤテも噂に疎いのね!
なんかね、この間、新しく上忍になった数名のうちの一人が自殺したんだって。
しかもちゃんと遺書まで残してたらしいのよぉ。」
語尾を伸ばす言い方が何故か苛立ちを誘っているように感じられる。
過剰に反応しすぎであると私は私に言い聞かせつつ、なるべく彼女の声を耳に入れないように、
意識を逸らそうと懸命に窓の外を浮遊して次から次へとあらわれる白い水蒸気の塊を目で追う。
そうしてそれと同じように視線までもがゆらゆら漂っていると、
何故だか、無意識のうちに腕が空へと伸びているのではないか、足が震えているのではないか、
それとも唇が震えているのではないか、と、ありもしない動く感覚を感じる。
しかし、そこまで"飛んで"しまうと、私はもうそれ以上はいけなくなってしまった。
相変わらず彼女の甲高い声が鼓膜に冴え渡る。
こんなにこの部屋は静かではなかったはずなのに。
「それでね、その自殺した原因ってのが、・・・なんだと思う?」
勿体ぶるように考えもつかない理由とやらを自分達に尋ねてきた。
カカシは、何だかんだ言ってもちゃんと他人の話は聞いてやる人間なのだ。
言いたい事を全部言うまではきっと彼女から解放してもらえない事を即座に悟って、
律儀に答えを予想してやっている。
「いじめとかぁー?」
対応はしているものの、どこかやる気のない返事に少し苛ついた声が返ってくる。
彼女は思い通りの答えが返ってきて欲しいのだ。
なんて我が儘だろうとも思うが、それはそれで彼女の可愛い所なのだと思う。
そういう面を嫌味にみせない点では彼女の気配りはとても細やかなのだ。
「いじめって、ガキじゃないんだから・・・・違うわよ。
なんかね、噂なんだけどねぇ、暗殺の任務がきつかったから自殺しちゃったらしいよ?」
「はぁ・・・?何でまた・・・。」
「ね!?そう思うでしょ?」
彼女が一番言いたかったのは、その自殺したと言う者が、
何故そのような理由で(噂なので真実か否かは別として)自らの命を断ったのか、という事だったようだ。
先程までまったく相手にする気のない様子をみせていたカカシも、いつのまにか憶測の話に会話を弾ませている。
熱しやすく冷めやすい、気紛れな彼にはぴったりな言葉だと思う。(もちろん悪い意味ではない。)
その時、私はどうにも違和感と言うべきか、胸中に靄つく言い知れぬ不快感と不安に襲われた。
これは別に今特別に起こった感情ではなく、私にはよくある事だった。
時間も所も構わずにもたげる奇妙な不安。
沈黙を続けていると言うのにどこかで騒ぎ立てている。
もうそれが習慣と化して気にする事もなくなってきた頃だった。
何かを失うような気がするのだが、それでも早く忘れてしまいたいだけなのかも知れない。
「ハヤテは?どう思うの?」
いきなりアンコに話を振られて、思わず黙ってしまう。
助け舟を無意識のうちに期待して、ふいに目線がカカシへとゆっくり移動していくのが自分でもわかった。
ちょうど彼と私の視線が重なると、彼はいつもの笑顔を浮かべて私が求めた通りの助けを出してくれる。
こういう場面ではつい彼に頼り切りになってしまう。
「オレらはその噂通りだと思ってるんだけどさぁ。
まぁ、実際の事なんて当事者しかわかんないもんね。」
「・・・そうですね。」
「はぁ、初めて口開いたと思ったらそんな気のない相槌だけ?
もう、あんたはもっといろんな事に興味を持った方がいいわよ!
そんな冷静ぶってたらすぐに爺になるんだからっ。」
彼女らしい大暴言に、隣でカカシが涙目で笑っていた。
そういうありふれた日常の楽しさに、素直に笑えない自分が少々恨めしかった。
いつもなら笑っている。
どれ程冷静を装う自分だろうとも、いつもなら。
先程から引き摺る言い知れぬ不快感が、やはりそう簡単には切り抜けられない。
この不安感こそが、本当は「恐怖」と名の付くものなのかもしれない。
「それにしても、・・・」
いつのまにか笑いを納めて無表情な飄々とした目付きでカカシが口を開いたので、
私は考える事を一時中断して彼のマスクを通して聴こえるくぐもった声に耳を傾けた。
いい加減考え込む事に飽き飽きしていたので自分への言い訳にも体よく利用しておこうと思った。
「暗殺なんて上忍の通過儀礼みたいなもんだろうにね。
それが出来ないなら上忍になんてならなけりゃよかったんだ。」
突き放すような言い方に聞こえるが、彼の言っていることは最もであり、正しい。
何より彼はその暗殺だけの為に存在する闇の部隊にすら所属していたのだ。
厳しさも狂気も苦痛も、知りすぎているくらいによく理解していたのだから。
「でもさぁ、別に自殺なんてしなくたって何とかなっただろうにね、なんか、その辺カワイソウ。」
「お前も人を憐れんだりするんだ?」
「そういう意味じゃないわよ!
いい意味でじゃなくて悪い意味で、よ。」
悪い意味で、なんてそんなにきっぱりと言う人間も珍しかろう。
微妙に論点のずれた会話が進むうち、ふと右目から飛び込んでくる時計の針。
窓の外は燃えるような夕焼けだった。
そろそろ家に帰ってもよい時間だろう、そう思い、
私はまだ話し続けている二人に小さくさようなら、と呟いてソファーから立ち上がる。
カカシが片目だけではにかみながら手を振ってくれた。
アンコも悪戯っぽい笑みでバイバイ、と言った。
悪友ながら、こういう些細なコミュニケィションが少し嬉しかったりもする。
先程までいた建物から外に這い出すと、赤い夕陽はまっすぐ目に突き刺さる。
体中がオレンヂ色に浸されて、溺れそうな空と同じ色彩になる。
まったく違う色なのに、ただのオレンヂ色なのに、一瞬それが私の目には「あの赤」に見えた。
何度擦っても消えない光の返り血だなんて、あるはずはないのだ。
あるはずは、ないのだ。
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