Soiree -neuf-
「ー!!…いてっ!」
「くどい!」
久々の夜会は、そんな間の抜けた、団栗の飛び交う遣り取りから始まった。
怪我がようやく完治し、安静と云う名の軟禁が解けたのを喜んだのも束の間、
病み上がりの人間にも仕事と云う名の魔物は容赦なく襲いかかってきた、とは、ピオニー本人の証言である。
言い回しはさて置き、ピオニーの仕事が溜まっていたことは事実であった。
必死で仕事を片付け、鈍った身体を鍛え直す為にも全力で逃亡し、捕縛され、(皇帝なのに)叱られ、再び仕事する。
そんなこんなを繰り返す日常が戻ってきたことに、呆れつつも安堵した者は多かった。
ピオニーがそこにいるのといないのとでは、宮殿の雰囲気が全く違うのだから、それも無理は無い。
それは皇帝だからという理由ももちろん大きいが、なにより、ピオニーという人間の人柄のせいでもあるのだろう。
要するに、だ。
ピオニーが庭を訪れるのは、本当に久し振りだった。
は再び見舞いに行くことは無かったし、彼が仕事に追われている間も、今回は様子を見に行くことは一度もしなかった。
会いたいのを、ずっと我慢していた。
がピオニーに会うのも、また、本当に久し振りだったのだ。
「ははっ、相変わらずだなぁ。
団栗さばきが前よりちょっと上手くなったんじゃないのか?」
「…あれだけ軽々と避けておいて、よく云う。
おまえも本当に相変わらずだ。ばか。」
一通り彼らなりの挨拶を済ませて落ち着いたところで、二人並んで四阿のベンチに座る。
ピオニーはとても嬉しそうに笑って、すぐ隣で自分に寄り添うように座っているを見下ろした。
はきゅっと唇を引き結び、嬉しい様な怒っている様な困った様な顔をしていたが、
やがて堪えかねたとでも云うように、ピオニーにぎゅうと抱きついた。
体格差からして、それは抱きつくと云うよりは、しがみつくと云った方がよさそうな光景ではある。
全く圧力も痛みも温度も感じない、軽い感触でしかなかったが、
ぎゅうぎゅうとしがみついて顔を押し付けて来るやけに幼いの行動が、
何とも微笑ましくて仕様が無いピオニーだった。
だらしなく顔を緩ませながら、彼はわしわしとそんなの頭を撫でてやった。
何とも、これではまるで犬のようである。
…ちなみにこの例え、飼い主とそれに飛びついてじゃれつく犬、とも、
大型犬とそれを可愛がっている少女、とも、どちらともとれるものであるが。
頭を撫でたり抱き締めたり小脇に抱えたり、
スキンシップならよくしていたものだが、思えばそれはいつだってピオニーからだった。
最初の頃のは、頭に触れられただけで驚愕したことに始まり、近付くことさえ躊躇いがちだった。
そんなが、徐々に自分に慣れてきてくれているとは思っていたが、
こんな風に全身でピオニーに甘えてきたのは初めてのことである。
暫く会えなかったことがそんなにも寂しかったのか、と、
彼は自惚れではなくただの事実として実感し、驚くとともに不謹慎ながら嬉しかった。
「寂しい思いさせて悪かったな。もう大丈夫だからな。」
宥めるように肩を叩いてやると、は顔を上げぬまま、ただただ首を横に振った。
顔を上げられなかったのは、泣いていた訳ではなかった。
こうしてまたいつものようにがピオニーの傍にいて、
ピオニーが笑っていて、が笑うとピオニーも嬉しそうな顔をする。
それだけのことが、あんまりいっぱい幸せ過ぎてたまらなくて、溢れて溢れて止まらなかったのだ。
だいすきだ。だいすきだ。だいすきだ!
「ばか。おまえは、ばかだ。」
「馬鹿とはひどい、俺はこれでも賢帝と呼ばれた美青年皇帝なんだぞ!」
「……自分で云うから余計に台無しなんだと、わたしは思うぞ…?」
先程まで嬉しそうにぎゅうぎゅうとくっついていたに真顔で諭されて、さすがにちょっと凹んだピオニーだった。
(11.3.10)
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