僕は幼少期を殺した











部屋の隅には綿埃がふわふわと時折空気の流動に合わせて震えたりしていて、

小さな体をぐっと丸めて壁に凭れ掛かりながら膝を抱えていたハヤテは、すぐ間近な灰色の綿を見下ろし、

少し呆れたような気持ちになって、また顔を膝に埋めて俯いた。


2日前の山の中での任務の時に出来た擦り傷や引っ掻き傷がまだ少し生々しい色をして、彼の剥き出しの膝を傷つけていた。

白く無造作な子供の脚は、ハヤテを何故だかより一層惨めな気分にさせるような気がして、

少し傷を掻きむしり、ぎゅっと眼を閉じてただ膝に額を擦り付けた。


部屋に一つしか無い南向きの窓から日射しが差し込んで、空気の流動に流されて舞う小さな埃をきらきらとさせる。

部屋の奥のお古びた木製の本棚の中には無秩序にぎっしりと詰め込まれた書籍が染み入るように佇み、

其の背表紙はどれも日焼けしていた。本の間にはきっと紙のにおいに包まれたた紙魚がうっとりと恍惚に眠っている。

鍵が掛けられてある硝子扉の薬品棚には、ビーカーやフラスコや試験管立てや標本や鉱石や薬品瓶が埃を被る。

鉱石ラヂオの残骸らしい、骨組みが剥き出しになったままの機械の塊もあった。


いつもはそんなものをまじまじと見つめ、好奇心に駆られて小さな白い手を伸ばしたりするハヤテだが、

今はもうただひらすらに、高い棚に届かない腕だとか、背伸びをするひょろりとした脚だとか、

何もかもを見上げなければ成らない幼い躯だとかが、彼にとっては直視し難いもののように感じられた。


(僕は大人が思う程子供じみた希望的観測等無いし、現実と幻想の差異の理解もとうにした。

 それでもやはり僕が子供であると云う事実は覆せず、精神と躯の矛盾と焦りが僕の頭を曇らせたんだ。

 わかってる、これは誰もが通る子供の道だ。厭でも知らない振りをして歩かなければならない。)


ハヤテは、全てから逃避するようにぎゅっと閉じていた眼を唐突に緩め、

無感動に真白い膝を見つめて、冷めた気持ちで何度か瞬きをした。

全ての白濁した感覚が流れ出したように、彼はそうして温度の無い一種のカタルシスを思った。


眼が醒めたように先程とは其の内実の全てが変化した子供は、感慨も無く古びた研究室然とした部屋を見渡した。

部屋の隅に溜まった綿埃、紙魚の眠る書物、壊れた鉱石ラヂオ、誇り塗れの実験器具、色褪せた焦茶色の床板。

そう云えば久し振りに此の部屋を訪れたと思い出して、子供はひどく不似合いに老成した微笑を浮かべた。









fin.




(04.10.29)

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