じきに雨も上がる












朝方から降り続いている雨は一向に止む気配も無いまま、休憩所の窓の向こうで午后3時の遠景を白くけぶらせていた。

雨のせいなのか、それとも偶然そのような日が重なったのか定かでないが、

任務の依頼所は閑散とし、受付係の者が時折思い出したように走らせるペンの音と雨が鳴るばかりだった。

そうなると、何故か引き摺られるように今日と云う日に遂行する任務の数が減るのだから、

このような雨がもたらすものと云うのは、彼等にとって確かに不思議な按配だった。


いつもならそう多数が集まることの少ない休憩所も、今は平生より少し混み合っているが、

互いが互いに干渉しようとしない忍独特の距離感が保たれているので、蒸すような空気は多少緩和される。


そんな休憩所の一隅、窓際に隔離されるようにして観葉植物に囲まれた古びたソファーと簡素な机がある。

窓に遮られた微かな雨音よりもずっと静かに、ソファーに浅く座り、机を挟んで向かい合う忍が2人。


パチ


向かい合う二人の間にある机に無造作に置かれた将棋板から、

十数秒おきの規則的な小気味良い音が先程から途切れること無く延々鳴り続けている。

飛車を二つ手前に引き戻して打ったエビスの一手を黙って眺め、

ハヤテは口元に手を当て、彼と同じように十数秒考えてから、歩を一つ進めた。

またパチリと硬質な木の音が一瞬響き、しかしすぐに休憩所に澱む低いざわめきの中に吸い込まれて消えた。


「…暗い。」


机にふっと落ちた影と、頭上から降って来るやや無遠慮な声に、

盤面を無表情に見下ろしていたハヤテとエビスは、取り敢えず義務的に顔を上げて、

両手をポケットに突っ込み、呆れたような眼をして彼等を見下ろしながら机の傍に立っているカカシを見た。


「カカシさん、カカシさんが其処に立っているから、電灯が遮られて暗いんですよ。」


「いや、あのさ、そう云う意味じゃ無くて…。

 そんなふたりしてつまんなそうに黙々と将棋打ってる姿が暗いって云ったの。」


「知ってますよ。」


間髪入れずに涼しい顔でそう云いながら、ハヤテはもうすでに盤面に向き直って次の手のあれこれを考え始めていた。

カカシはそんなハヤテに不機嫌なような笑いたいような微妙な眼を向けて暫く云うべき言葉を探していたが、

云うことも見つからない上になんだかどうでもよくなってしまったらしく、

一つ肩を竦めて、ハヤテの座っているソファーの隣にどさっと腰掛けた。

向かいでそ知らぬ振りをしながらも、エビスの口元がにやりと笑っているのを彼は確かに見ていた。


パチリ

「カカシくん、暇なら素直にそう云えば良いのではないですかな?」


視線は盤面から決して離さないままで、

香車を3つ進めて打ちながらエビスはまた口端をにやりと上げてサングラスを押し上げた。

言外に、子供じゃ無いのだから、と云うような含みを持たせた云い方が気に入らない、とカカシは思う。

そして彼はエビスの言葉は聞こえない振りで、頬杖を付きながらそっぽを向いて何喰わぬ顔をした。

隣と斜め向かいから押し殺すように噴き出すのが聞こえたが、彼はもちろん其れも聞こえない振りをしておいた。


暫くの間、そうしてまた観葉植物で隔離されたスペースには沈黙が続き、

1人はただ頬杖をついて窓の外をぼんやり見て、

2人はじっと、然程のやる気もなさそうに盤面に向かい合って将棋を打っていた。

周囲のざわめきは此の一隅に於いては遠くにあるだけの無機的なノイズで、

微かな雨音と、十数秒おきに聞こえる駒を打つ音だけが響いていた。



「あれ、お二人ともまだ打ってらしたんですか?」


呆れたような驚くような声がすぐ近くで上がり、依然将棋を打つ音が規則的に聞こえるだけの静かな一隅で、

3人の忍はのろのろと視線だけで声の主を見遣った。


「あぁ、コテツさん。それに、イズモさんも。

 報告書はもう出来上がったのですか。どうもお疲れ様です。」


幾冊かのファイルを小脇に抱えたコテツとイズモに、ハヤテがゆっくりとした動作で身体ごと向き直って云った。

カカシが問うようにハヤテを見遣ると、貴方が来る前に此処でお会いしたんですよ、と彼は簡潔に述べた。


お二人は5時間程前にも同じ体勢で同じように黙々と将棋を打っていらっしゃったんですよ、と、

イズモは可笑しそうにこっそりカカシに耳打ちをした。


「しかも打つペースまで変わらないとは、さすがですよ、いろいろと。」


コテツも悪戯っぽい顔をして小声で付け足したが、実の所それはちっとも小声になっていなかった。

憮然とした顔のイズモに脇腹を小突かれて、コテツは、なんだよ、と云いながら焦ったように少し身を引いた。

ハヤテは其の様子を微笑ましそうに眼を細めながら一瞥し、また何事も無かったかのように盤面に意識を戻した。


カカシがソファーの傍に立ったままのコテツ達と幾らかの会話を交わすのを遠く意識の外側で聞きながら、

何事も無いかのようにエビスとハヤテは黙々と、そして淡々と駒を進める。

随分と盤上の駒の数は少なかったが、それでもまだ一向に此の勝負が終わる兆しは見えなかった。

長考はしないが早打ちもしない、規則的な、確かにある意味ではエビスとハヤテの性質が現われた勝負だった。


「それにしても、お二人ともよくそんなに続きますね。」


やがて、ふと思い出したように、イズモがやや呆れたふうな声音で云うと、

ハヤテはちらりと眼だけでエビスを見遣ってから、またさっと視線を盤面に戻し、

口元に手を当てて次の手を考えながら少し口端を上げた。


「雨が止むまで、とね。」


「そうですな。」


ハヤテがやや笑いを含みつつもやる気の無さそうに云うと、エビスも微かに頷いて云った。

コテツ、イズモ、カカシは何処か釈然としないふうで不可解そうに顔を見合わせた。


二人は相変わらず涼しい顔で盤面から顔も上げずにいたが、云った後に、ハヤテだけが一瞬にやりとした。


「まぁ、じきに雨も上がるでしょう。

 じきにね。」









fin.




(04.10.27)

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