child cigarette










カカシは今朝、ひどく機嫌の悪そうな後ろ姿をしていた。

最初はその理由がまったく分からなかったのだが、今ハヤテははっきりとその理由を理解していた所だった。


「ほらほら!さぼらないっ!早くその机運んじゃってよ!」


現場監督を思わせるような威勢のいい声が急かして、しゃがみ込んでいたハヤテはしぶしぶ立ち上がった。

先程彼に指示した声の主は、また別の者にせわしなく指示を出している。


周りを見渡せば、大人も子供も上忍も中忍も下忍もない。

皆が机を運んだり床を拭いたりと、はたらきまわっていた。

舞い上がる埃が呼吸の度に肺にちらつき、ハヤテは思わず咳の回数を増やした。


忍者アカデミーの校舎はとてつもなく広い。

そして、古い。

その校舎を1年に一度の周期で、教師と生徒の全員が大掃除をするのだ。


この習慣はハヤテが下忍の頃から変わっておらず、その日は1日中かなり忙しかったのを覚えていた。

しかし、まさかアカデミーとは何ら関係無くなっている今、

こうして手伝わされるはめになるとは思いもしなかった。

実はハヤテはただ偶然にアカデミーを通りかかっただけであり、

それを教師と勘違いされて弁解の余地もなく強引に連れて行かれただけである。


  「ゴホッ・・・ゴホッゴホッ・・・。(な、何でこんな事になったんでしょうか・・・)」


勘違いだと思いながらも律儀に机を運んで、ハヤテは酷くなる一方の咳に耐えながら溜め息をついた。

ようやく机を運び終えて次を指示されない内にさっさと出て行こうとした彼に、

またしても次の指示が下された。


「あ、次はこれ外に出しといてね!」


「・・・・・・・。」


我ながらお人好しだとは思いつつ、つい無視する事が出来ずに大きなゴミ袋を外へ持って行く事になった。

実際よりも重く感じるのは、袋だけでは無く引き摺る足もだ。

外へ出る寸前にふと隣を見た時、さぼっていたアスマの頭に、紅の小さな拳が落ちた。







大きなゴミ袋をどさり、と音を立てて地面に置くと、

何だか肩の荷が降りたようなえも言われぬほっとした気分になった。

思わずはぁ、と溜め息を零すと、押し殺した笑い声が頭上に降ってくる。

校舎の壁を見上げれば、屋根の上に揺れる銀髪を見つけて、ハヤテは眉を顰める。


「アスマさんと紅さんがいて、何故貴方が見当たらないのかと思ったら・・・・。」


怒る気も失せて、ハヤテは額に手をあてた。

依然として笑いを堪えたままの銀髪は、手をひらひら揺らして、

まるでこちらへおいでとでも言っているような手ぶりをした。


「あーっっははは・・・!!

 だってさぁ、全然ハヤテ関係ないのに・・・・くくっ・・・、

 何でか知らないけど、ゴミとか運んで・・・あはははは・・・・!」


ハヤテも同じように屋根の上に飛び上がり、笑い転げたままの男を見下ろした。


「カカシさん・・・・。」


悪い悪い、といいつつまったく悪びれない彼にもう諦めたのか、ハヤテはカカシの隣に腰を降ろす。

思いのほか柔らかな陽光が降り注いでいるのが心地よくて、不機嫌さを少し忘れて目を細めた。


雲間から光の帯が降り、高みから見る町並みは所々輝き、

青々と茂る緑が風にそよぐと、さらさらとした音が聞こえてきそうだった。

そんなハヤテを見て、カカシもようやく笑いを納めてハヤテに話し掛ける。


「気持ちいいでしょ、此処。人にも見つからないしね。」


「いつもこんな所でさぼってたんですか。」


「さぼるだなんて人聞きの悪い。休憩してただけだよ、休憩。」


座り直して、カカシが笑う。先程とは違った穏やかで静かな微笑。

つられて笑いながら、ハヤテは額あてをはずし、立てた膝に両腕を預けて微風に髪を揺らした。


「でもさ、やってられないでしょ、あんなの。」


「・・・ええ。」


苦笑いでカカシが同意を求めるので、ハヤテも正直にそれを肯定した。

確かに、こんなにも温かく安らかな陽光が照る日は、皆ゆっくりとした時間を過ごしたいものだ。


カカシは懐から小さな箱を取り出して、白っぽく細い円筒状のものを口に銜えた。


「・・・あれ、カカシさんって煙草吸いましたっけ・・・?」


不思議に思ってハヤテが訊ねると、カカシは首を降りながら取り出した箱を差し出した。

よくよく見ると、その藍色の箱の一面には、金色の縁取りのついた古風な白文字で『ココアシガレット』という印刷があり、

同じく金色の縁取りの白い3本の煙草のような絵柄が施されていた。

当然、中は薄茶色を帯びた白っぽいラムネのような砂糖菓子が数本入っている。


煙草を模した菓子は、子供が抱く大人への憧れに似ている気がする。

子供でいたい希望と、大人になりたい願望。

ごちゃ混ぜにしてしまった複雑な思いが込められている様な気がした。

そういう気分が、どこかで捨て切れていなかった人としての感情を疼かせて、少し胸が痛んだ。


「知り合いがくれたんだけどさぁ、・・・以外とおいしいかも?」


菓子を口に銜えたまま首を傾げるカカシが妙に子供っぽくておかしかったが、

ハヤテも一本を指でつまみ出し、同じく口に銜える。


「懐かしいといえば、懐かしいですね・・・。」


舌に広がる砂糖とココアの甘味と、ほのかなハッカの味。

子供達の好むような砂糖菓子をこうして大の大人が食べていると言うのは奇妙なものだった。

しかし一般的に懐かしむに値するような幼少時代をまともに過ごしていなかった二人にとっては、

どちらかと言うと、普通の子供らしい行為が逆に新鮮に感じられた。


「でもハヤテ昔からこういう菓子類嫌いだったんじゃなかったっけ。」


「嫌いと言うよりは苦手だったんですよ、甘いモノが。

 でも、同年代の者は皆こういうものが好きでしたからね。

 そういうのが懐かしいと思って。」


客観的に見た子供らしさに、憧れなかった訳では無いが、それよりも、ただ一つの事に精一杯だった。

かつて、忍になりきるは、全てを捨てる事と同じだと誰かが言っていた。

その言葉を未だに忘れられずに耳に残っている事に内心苦笑していた。

無関心を装いながら、本当は誰よりも普通の子供でいる事に固執しているのではないだろうか、

と、ハヤテは、未だに幼い頃から目を背けてきた事に答えを出せていないままだった。


「・・・違いないね。」


カカシのしみじみと噛み締める言葉が苦々しくて、ハヤテは銜えていた砂糖菓子を口から離した。

唇に残る甘味はすぐには消えなくて、もう一度それを口にする気にはなれない。


「おれ、一眠りしようと思うんだけど、ハヤテはどうする?

 今なら見つからずに帰れると思うよ。」


気遣いながらカカシが訊ねてきたので、ハヤテは答えずに微笑った。


「お休み。」


そんな言葉を残して眠りに入っていったカカシの顔を見下ろしながら、

ハヤテはまだ手に残る砂糖菓子を持て余していた。


少し考えた後、それを半分に折って、片方を寝ているカカシの口に無理矢理銜えさせた。

彼は眠りつつも少し嫌そうな顔をしている。

半分になった砂糖菓子を銜えると口中に広がる甘さとハッカの香りに混じって、

陽光を浴びて温もりを帯びた風の匂いがした。
















end.


ココア味のシガレット

いつの日からかニガイ煙のシガレット

(02.3.18)


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