紺色星雨-コンイロセイウ-












任務が休みの日というのは思いのほか長い時間に手持ち無沙汰になる。

ナルトはいつもなら昼近くまでぐっすりと眠って、

残りの1日を修行に費やすのがいつもの休日の過ごし方だった。


しかし、この日はまず最初っから「いつも」の過ごし方が狂ってしまった。

ぐっすりと眠るはずだったのに、ふいに悲しいような嬉しいような不思議な夢を見た後で目を醒ます。

まだ薄暗く、街は目覚めの時を待つような冷涼とした静けさに包まれていた。


空はどんよりとして今にも大粒の雫が落ちて来そうだと思いながら、

覚醒し切って眠れない身体をベッドから起こした。

寝る時に愛用しているナイトキャップを無造作にはずして、顔を洗いに洗面所へと歩んで行った。


鏡に映る顔は少し瞼が腫れていた。

目覚める直前に見た、あの悲しく嬉しい、懐かしくよそよそしい夢のせいかもしれない。

内容等あまりにも急に目覚めてしまったので覚えてはいないが、

その中で感じた複雑な胸の靄はたしかに頭を包み込んでいる。

夢を見て泣くなど、本当に久し振りの事だと思った。

近頃、任務が続いて疲れて帰るばかりで、眠りはとても深く夢を見る余裕すら無かったからだ。


顔を洗い、服を着替えたが、まだ朝食をとるには早すぎる。

しかし、元気に修行、という気分では無いのは言うまでも無かった。

こうしていつまでもぼーっとしているのも落ち着かなく思い、

ナルトはとにかく家を飛び出した。

もうじき雨が降るだろうから、そう思い小さなくすんだオレンヂ色の傘を持って。











湿気を含む薄霧は、遠くの景色をあやふやにさせて薄闇に目を惑わせた。

思いきって家を出たのはいいが、何が目的なのかを決めずに居た為、目指す場所が無い。

「外出」から「散歩」へと気分を変えると共に、任務がある時に集合する場所へ急に行きたくなった。

急造の目的地へと、靄のかかる気分を吹っ切ろうとするように駆け出して行った。


白い息が規則性を持って自分の口から洩れてくる。

それすら追い抜こうとして、さらにできる限りの速さで突っ走った。

木造の階段を軋ませながら昇り、ちょうど昇り切ったところにある白んだ柱に手をついてしゃがみ込んだ。

はぁ、はぁ、と自分の呼吸だけが身体を満たしていく。


しばらくの時を、息をする事だけで費やした後、今まで気付かなかったが何か気配がする。

おそるおそる目の前に顔を向けると、木で作られたベンチに、鮮やかな桜色の髪を靡かせる少女がいる。

その見覚えのある後ろ姿を心の内で何度も名前を確認して、

ようやく息が整いだした事もあり、その少女の方へ向かって行った。


少女は、ナルトに背を向けて外、というよりどんよりとした薄暗い空を眺めていた。

生温く吹く風が髪を乱して視界を遮るのも気にならない様子で、ただ瞳は虚空を彷徨う。

いつもの服装とは違って、私服の彼女は幾分幼くも見えた。

濃紺のプリーツスカートに、白いブラウス。

襟元には薄水碧のつやつやとしたリボンを緩く結んでいる。

その服装の全体的な碧さ、それと彼女の桜のような薄紅色の髪との対比が妙に美しい。


ナルトは彼女の真横へ立ち、声をかけようと口を開きかけた。

声は結局出なかった。

髪を乱しながら一点をただ見つめ続ける少女の顔はとても真剣で、無表情で、声をかけるには躊躇われる。


彼女の傍に立ったはいいが、それからどうするべきか、思案しながらも、

やはりどうする事もできないで彼女の見つめる先を懸命に窺い、

同じものを見ようと努力してみる等して立ち尽くしていた。













どれくらい経っただろうか。

ナルトは既に立ち尽くす事に飽きて、何も言わないで少女を窺いながら、少し離れて少女の隣に腰掛けた。

少女は、彼の存在に気付いていない訳では無いらしい。

それでも黙ったまま、どんどん雲が厚く覆い始めた空を眺めていた。


屋根も壁も無いその場所はいささか寒く感じる。

ナルトは身震いをひとつして、なるべく見ないようにしていた少女をちらりと盗み見た。

薄着のまま身動きしない少女が、寒くは無いのかと少し心配になる。


その時、彼は頬に小さな雫が落ちるのを感じて反射的に眼を瞑った。

ぽつり、ぽつり、とほんの少しづつ数を増して行く雫は、灰色の空に別れを告げるように潔く落ちた。

とうとう降り出した雨に、ナルトは急いで立ち上がり、

家を出る時に持って来たオレンヂ色の傘を開いた。

小さな音を立てて開いた傘はナルトの上に降る雨を遮り、ナルトは少しほっとした。


何故だろう、雨に濡れてしまえばかえって気持ちいい程なのに、

降られはじめるとそれらを遮らなくてはならない、という強迫観念のような焦りを覚える。

我に帰り、ナルトははっと少女の方を振り向いた。

そこで言うべき言葉はいくらでもあった。


『雨が降って来たよ』


『傘に入れてあげるよ』


『そろそろ帰った方がいいよね』


『寒く無い?』


しかし、ナルトの心を駆け巡った言葉達はまたしても紡がれる機会を失って、結局は呑み込む事になった。


少女は、紺色のスカートをじっとみつめて俯いていた。

それも、無表情では無く泣きそうな薄笑みを浮かべて。

一滴一滴確かめるように、スカートの上で雨雫がより深い紺色の粒を形作る。

どんどん数を増す深い紺色の粒は、まるで小さな星空のように点々と少女の膝の上に広がっている。

儚いもの達を慈しむような瞳をしている少女を見て、ナルトはやはり何も言わないでいるしか無かった。


やがて彼女の紺色の星が濃紺に塗りつぶされた頃、ふいに少女は泣きそうな顔をナルトに向けて、

痛々しく微笑みながら、聞き取れるかどうかというくらい小さな声で囁いた。


「・・・ごめん。ありがと。」


短い言葉の意味等わかりもしないのに、ナルトは胸が押しつぶされたように苦しかった。

どうすればいいのか分からず、ただぶんぶんと強く首を横に降り、

できるだけ元気な笑顔で彼女に向かってオレンヂ色の傘を差し出した。

少女は、少し驚いた様子を一瞬見せ、いいよ、と傘を受け取ろうとしなかったが、

ナルトはそんな少女に無理矢理傘を押し付けて数歩下がった。

そして、ようやく出るようになった声を雨の中に響かせた。


「いいんだってばよ、オレ、雨に濡れんの、嫌いじゃ無いからさ。」


シシシ、と照れ隠しに笑うと、少女もいつもの笑顔でおかしそうににっこりと笑った。


「あたしも嫌いじゃ無いよ?でも、せっかくだから借りとくね、コレ。」


悪戯っぽく笑いながら、雨の中を軽やかに走り去って行った。


「またっ・・・・また明日なー!」


少女はその言葉に、少し立ち止まって手を降り、また灰色の空気の中を駆け出す。

ナルトは、その後ろ姿が見えなくなると、ぴちゃぴちゃと雨の中を歩いて帰った。

空を見上げると、灰色の雨雲からきらきらした光の粒が降っているみたいに見えて、少しくすぐったかった。


湿った空気に混じり、雨粒を浴びる。

ふと眼を閉じると、くすんだオレンヂ色の傘をくるくると回しながら笑う少女が浮かんで、消えた。

















fin.


幼いもどかしさ


(02.3.11)


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