嘆きの雪












眠っている青白くて冷たい彼の頬にそっと手を添えると、

俺は息が止まりそうな程悲しくなるのを我慢しきれなかった。

真っ白なシーツに横たわって、まるで布と同化してしまいそうな程彼の肌は異様に白かった。

いや、白いと言うよりは血の気が引いてしまっていると言った方が適切だろう。


脈がなくなってしまったのでは無いかと疑って、今日はもう5回目にもなる脈をとる。

やや冷たい手首には確かに脈打つ部分がある。

僕はちゃんと動いている心臓を思って息を吐き出した。


彼の傍らに浅く腰を降ろして髪を少し乱暴に撫で付けた。

いつもの彼ならそんなことされる前に飛び起きて俺をじっと見るだろうに、

今はただ固く目を閉ざしてされるがままになっている。


肩の辺りから覗く包帯が目に入り、思わず顔を顰めた。

今すぐそれを引きちぎってしまいたい衝動に駆られて、

必死にその込み上げる思いを押さえようと、項垂れて指でこめかみをきつく押さえた。

きりきりと痛んだが、その痛みは目の前で横たわっているハヤテに比べればどれほどささやかなものだろう。

そう思うと、自分がどれほど血を流しても彼ほどの苦痛では無いと思えた。


笑って。











彼が木の葉病院に運ばれたと聞いたのは、ちょうど部下達を見送った後だった。

困ったような顔をしてアスマと紅が俺の元を訪ねてきて、「それ」を告げた。

そうか、と別段慌てた様子も無く、俺は心配そうにする彼等に、

じゃあお見舞いに行ってくるよ、と告げてゆったりとした足取りで病院に向かった。


覚悟、はそれなりあるのだ。

だからこそ日々の愛しさを噛み締めている。

実際に直面した自分が、案外冷静な事が皮肉に思えた。


そうしてただ無表情に病室の扉を静かに開けて、呆然としていたはずだ。

何しろ、冷静な癖に記憶が飛ぶほど必死だ、って言うのだからまたおかしな話だ。

包帯を巻かれて、土気色の顔をしてても、医者は命に別状は無いんだと言ったから、

俺はそうですかと笑って答えて、彼のベッドの傍らに腰を降ろした。

此処にいても?、そう落ち着いた言い方をした俺を見て医者は安心しているように見えた。

考えすぎかも知れないが。

友人が怪我をすれば気が気で無くなる人も多い。

そうして、彼等は取り乱すようなものには一時的に家に帰るように措置をとる。

慣れると言う事は非常に恐ろしい事だった。


ベッドに横たわる彼は朧げでやけに全体的な白さが眼に痛い。

服もシーツも壁も閉ざされたカーテンも巻かれた包帯も、静かに電子音を聞かせる何かの機械も、

その全ては此処が病院だと言う事を嫌でも俺に分からせる。

普通これ程までに一色に染められるものなのだろうか。

記憶は曖昧で今の景色が現実だという事以外には思い出せない。


「酷い顔をしている。」


「・・・・。」


「アスマ達も心配してた。」


「・・・・。」


「何へましてんだよ、お前。」


「・・・・。」


「特別上忍の癖に。」


「・・・・。」


「さっさと起きろよ。」


「・・・・。」


「・・・あ、雪降って来た。」


「・・・・。」


「むかつくな。」


「・・・・。」


「全部が白すぎる。」


「・・・・。」


「痛いよ。ほんと。」


「・・・・。」


取り敢えず思い付く限り彼に話し掛けるように独り言を呟いてみる。

余計に虚しくなるだけだとわかっていたがどうしようもない。

黒く渦巻く窓の外に、ゴミみたいな小さな破片がちらちらと視界に浮かび上がっている。

部屋の白さと同じくらいの白さで、嫌味なくらいに綺麗だった。


開けっ放しの窓からは冷気がなだれ込んで俺の手を冷やした。

その冷えきった手を嫌がらせのつもりで彼の首元に滑り込ませた。

心なしかぴくりと彼が動いたような気がして、俺は思わずふっと小さく吹き出した。

人並みに温度を感じるんだな、と皮肉を込めてまた独りで呟いて、指を頬に滑らせた。


「何かむかついてきた。」


「・・・・。」


「仕事柄かな、黒には落ち着くのに、白だと落ち着かない。」


「・・・・。」


「馬鹿に、してるのかと思った。」


「・・・・。」


「俺はそういうの許せないし。」


「・・・・。」


「なのに本当にお前は此処にいたんだもん。」


「・・・・。」


「・・・・むかつくからさっさと起きろ。」


「・・・・。」


妙にむかつくと連呼しながらも顔はにやついているから、奇妙な感覚だ。

もう少しで目覚めるような気がしてならなかったからだ。

目もとをそっと撫でて、眼球の形をなぞっていく。

ひくひくとする眼球運動を指で感じて、夢でも見ているのだろうかと思った。


「俺の夢なら見てていいよ。」


「・・・・。」


馬鹿な事を言ったと思い、照れ隠しに彼から離したその指で自分の左目に触れてみた。

一筋の傷を持つ赤い瞳が此処にある。

忘れる事すら許されない束縛。

消えない思いと言うものは人をこんなにも縛り付けるんだなぁ、と感心していたものだった。


ベッドから立ち上がって、窓辺に凭れ掛かって闇に降る雪を眺めていた。

何かを嘆くような降り止まぬそれは、涙すら凍ってしまった悲しさに似ている。

手を差し伸べて、積もる氷の欠片は冷たい俺の手に触れてすぐに溶けていった。

これ程人である事を止めたような人間にも体温等と言うものはあって、そう思うと何故か心が痛む。


「・・・・綺麗、で、すね・・・・。」


ろくに動きもしない身体を横たわらせたままで彼はふっと笑っていた。


「俺は嫌いだ。」


「そう、言うと、おもいました。」

おかしそうに言うハヤテの顔も見ないで、ベッドの端に縋り付いて俺は顔を伏せた。

冷たい布は、神経質なエタノールの匂いがした。

彼は俺の頭をそっと撫で付けた。軽い手。

触れられた頭から酷い痛みが疼きだした。







「ねぇ、笑って。」







彼の顔も見ないで、俺はただエタノールの匂いを感じて痛みを堪えていた。




















fin.


雪を憎んで

白を憎んで

闇に泣いて


(01.12.26)


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