ひだまりにて












真冬を感じさせる刺すような冷風は影を潜め、まるで春を先取りするような温かい陽が射している。

そんなある午後の事、ハヤテは差し込む光を見つめながら、忍者アカデミーの廊下を歩いていた。


「エビス先生、カカシさんを知りませんか?」


ハヤテは小さく首を傾げながら、向こうから歩いて来る黒く丸い眼鏡をかけた特別上忍に声をかけた。

ハヤテの手には分厚い書類の束。

恐らくはカカシに渡さなければいけない資料か何かなのだろう、

彼はそれを持ってうろつきながら片目の上忍の姿をきょろきょろと探していた。


「噫、ハヤテ君か。」


ハヤテが声をかけてきた事が意外だったのか、

エビスはレンズの向こう側で眼を少し丸くする。

確かにハヤテは必要以上の会話をあまりしようとはしない為、

自分から声をかけると言う事は少なかった。

同じ特別上忍であり、昔からの知り合いであったエビスは、尚更珍しい彼の行動に驚いたのであった。

しかし、生真面目な彼は厳しい表情をすぐに取り戻してすかさず二言目をハヤテに投げかける。


「カカシ君か。いや、見なかったが・・・・。彼がどうかしたのかね?」


そう聞かれて、ハヤテは薄く、照れたような苦笑いともとれない曖昧な笑みを浮かべる。

そして静かに手に持った書類に目線を落とした。


「これを今日中に渡すように言われたのですが、・・・ゴホッゴホッ、失礼・・・。

何故か何処にもいないんですよ。」


咳を交えながら、彼はすっとエビスの黒眼鏡の奥を見据えた。

軽く笑むような口元の為、本来なら鋭いその視線は殊の外柔らかいものへと変わる。


「そういえば、私も今日は見かけませんでしたな・・・。」


エビスはきりっとした口調でそう言って、口元に手をあてて考えるような仕種をする。

任務でしょうか、と聞き返したハヤテに、エビスはきっぱりと否定する。


「いえ、カカシ君の部下を見かけたので、単独での任務ではありえんでしょうね。」


「そうですか・・・・。」


エビスの少しきつい否定を気にする訳でも無く、考え込むように視線を虚空に彷徨わせる。

知らない人間には冷たいような態度ともとれるエビスだが、それは彼の独特の癖のようなものだった。

丁寧だが威厳を見せる口調、厳しそうな黒眼鏡に遮られた目元、そして彼の中において確立された正義感。

まさに教師の鏡のような存在である。

エリート教師と呼ばれているのは伊達では無いと言う事だ。


ハヤテも、そういうエビスをよく知っていたので、そのことには気にもとめていなかった。

・・・尤も、ハヤテはもともと他人の態度をどうこう言うような人間では無いが。

愛想が無いのは互いにいい勝負であろう。


「しかし妙ですな、その様子だとカカシ君の行きそうな所へは全てまわったのでしょう?」


「ええ、まぁ。」


世間話でもするような軽い言葉だった。不思議そうに言いながらも、

エビスの視線は床に形を為す零れくる緩やかな午後の陽に注がれている。

心なしか彼の表情から厳しいものは失せていて、穏やかさすら感じられる。

彼で無くても、このような日には穏やかになるだろう。

あくまでも「忍」として在る時ではなく「人」として在る時だけだが。


「まぁいいです・・・。」


「・・・いいのかね?」


どうでもいいと言った口調でやすやすとカカシを探す事を諦めたハヤテは小さく息を吐いた。

しかし今日中に渡さなければいけないというハヤテの言葉を思い出し、

とことん真面目なエビスは眉を顰めて諌めるように聞き返した。

返された言葉の含む棘(本人はそのつもりは無いのだろうが)を軽く払い除けるように、

ハヤテは薄く笑った。


「ええ、どうせ『今』でなくていいんです。『今日中』と言う事ですから。

・・・今晩は彼と会う約束もしている事ですし・・・ゴホッゴホッ・・・。」


「ああ、そうかね。」


あっさりと納得するエビスの素っ気無さにハヤテは笑いを噛み殺した。

馴れ合う事をしない毅然とした物言いは、人との深い関わりを煩わしく思うハヤテには逆に親しみやすく、

気負いしない軽い会話を交わす事ができるのだ。

同じくエビスも、落ち着いたハヤテとは妙なところで気があうらしい。

年齢が少し離れており、同じ特別上忍である事以外には何の接点も無い彼等が、

不思議にも自然にいられるのは、互いに在る、そういった一種奇妙な友情心からだった。





「・・・今日はよい午後ですね。」


窓の外の眩しい陽光に眼を細めながら、ハヤテは何気なくそう言った。

冬の厳しさを忘れるような暖かい、日溜まりは目映い光が染み込むように柔らかだ。

その自身を忘れるような心地よさに思わず口をついて出た言葉だった。


「・・・このような穏やかな日々が続けばいいですな・・・。」


眉を少し顰めて穏やかな陽光を同じく見つめてエビスは言った。

懐かしむようなものでは、過ぎ去る平穏な日を嘆くようにハヤテには聞こえた。


「さて、私は仕事に戻りますので。」


「あ、呼び止めてしまってすみませんでしたね。」


「いや、構わんよ。」


二人は陽が零れ射す廊下を各々の向かう方向へ歩き出した。

窓の横を通る度に射す斜光に撃たれて、廊下の古びた軋む木の床は一層影を濃密にした。


.

(この穏やか温もりも、明日には失われてしまうんでしょうかね・・・。)


そんな光と影とを眼に映して、ハヤテは冬の暖かい日を少し惜しんだ。

エビスが言った言葉に納得するように、

ハヤテは眼を閉じて、瞼の裏に迄写り込んだ日射しを感じた。















fin.


エビハヤでもハヤエビでもないお友達な関係

よそよそしく互いに尊敬の念を払う奇妙な彼等


(01.12.1)










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