Kiss my finger.












私に触れて

私を感じて.

私だけ見て

冷え切った私を暖めて

私の冷たい指に

口付けを頂戴















・・・温かい。

目が醒めた時、最初に思った事はそれだった。


もう冬も間近となり、秋はそろそろ去る支度を始めている。

夜や朝にもなれば真冬のように冷え込む。

その為、部屋の空気は冷たく、凛と張り詰めている。


そんな空気に顔だけを晒して体は布団に包み込まれ、しばし微睡んでいたサスケは、

ふと闇の中で、目に飛び込んできた置き時計を睨む。


(・・・三時・・・。)


昼ではなく、まだ朝日が登る予兆すらない闇に包まれた時間帯だ。

中途半端な時刻に急に目が醒め、寒さの為かすっかり覚醒してしまった彼は、

もぞもぞと温かい布団を惜しみつつ這い出してくる。


起き上がった瞬間、すぅっと冷たい微かな風が、温もりを帯びた肌から体温を奪う。

寒い、というより、何故だかその冷たく冷えていく感覚が心地よかった。

体温を奪われた肌はしだいに冷たくぴりぴりと凍てつくようだ。


暫しの間、その感覚に身を任せていたが、いつまでもそうしている訳にはいかないので、

上着を羽織り、真っ暗な部屋を躊躇いなく進む。

忍である彼にとって暗闇の中を歩く事は雑作もない。良く知った自分の家なら尚更だ。


いつもの服に着替え、その上に薄手のコートを着て、彼は家を静かに出ていった。

外の空気はとても軽く冷ややかで、澄んだ風が肌を切るようにあたっては散乱していった。











誰もいない、静まり返った夜も明けぬ時刻の町並みは、

どこか自分がたった独り、この場所で生きているような孤独感を思わせる。

いつもは賑やかな話声のする店々もすっかり扉を堅く閉じて眠りに堕ちている。


サスケはいろいろな思いを巡らせながら、目的の場所を求めて足を進める。

木の葉の里を見渡す事ができる丘の上、それがサスケの目指している場所だった。


まだ夜が明ける気配はない。

せっかく目が醒めたのだから夜明けの瞬間でも見に行くのはどうだろうか、と考えたのだ。


普段の彼ならそんな事を思う事は滅多にない。

しかし今朝はどこか気分が違うような気がした。

早く丘に向かおうとして、無意識に足は早くなってゆく。


頬は切られるような凍てつく風に晒され、指もすっかりかじかんでしまっていた。

坂道を駆けるように登り切る。

そしてそのまま開けた深く生茂る草原を突き進んでいった。

夜の間に降りてきた露が葉を伝って足や手や頬に触れてくる。


それにも構う事無く草原を抜け、目の前に現れた切り立った崖の縁に冷たい膝を抱えるように腰をおろす。

里の上方を覆い尽くす闇色をただ見つめていた。

はぁっとつく溜め息は白くぼやけたかと思うとすぐに消えていく。

感覚のなくなった指で濡れた草を撫でる。


(気持ちいい・・・。)











もうすぐ朝日が顔を出すのでは無いかという頃、背後にふと気配を感じて即座に自分の気配を断つ。

がさがさと草をざわめかせながら、どうやらこちらに向かって来ているようだ。

いつでも動ける体制をとり、そぅっと手を太腿に巻かれたホルスターに手を伸ばしてクナイを握りしめる。


(何者だ・・・?)


かなり近くまでその気配が接近してきた時、立ち止まったその気配の主が小さく呟くのが聞こえた。

それはまったく聞き慣れた人間の声であったので、サスケは気が抜けた。


「サスケ・・・?」


声のした方を見ると、やはりそれは自分のよく知る、いつも眠たげな目をした上忍の姿があった。

しかし、いつもと違い額あてをしておらず、口布をおろしていた。

服はいつもの忍服の上に真っ黒の外套のようなものを身につけている。


左目に残った痛々しい傷跡を晒し、自分と同じ「目」を剥き出しにしていた。

答えるのも躊躇われ、何も言わずにそのままの姿勢でその上忍の様子を窺う。

しかし。


「み−つけた。」


音一つ立てないで、彼はサスケの背後から腰に手をあてて覗き込むように笑顔を向けていた。

サスケはチッと軽く舌打ちをして観念したようにその場に座り込んだ。


「何か用かよ、カカシ。」


.

「サスケの可愛い気配がし・・・」


言いかけた言葉は本気で投げられたクナイがカカシの頬を掠りかけた事で中断される。

冗談が通じないのは相変わらずであった。


「サスケは何やってんの?怖い夢でも見た?」


平気でサスケにとっては馬鹿馬鹿しい事を言って退けるカカシに、

聞こえるように舌打ちをして真っ白に冷えきった手を口元に当てる。

自らの吐く息が暖めたかと思うと、それはすぐに熱を奪われて先ほどよりも更に冷たくなる気がした。

このまま凍って崩れ落ちてしまいそうだ、とサスケは珍しく弱気な事を思う。


「・・・!サスケ、お前身体冷たすぎ。駄目じゃ無いか。風邪引くから、ほら!」


ふとサスケの肩に触れたカカシは、そう言って、自分の漆黒の外套を脱いで、代わりにサスケをくるむ。

はっきり言って身動き出来ない程きつく巻かれた為少々苦しかった。

でも、そんな不器用さがたまらなく愛おしく感じた。

自分を心配してくれる存在に安心感を得た。


「・・・あんたが寒いだろう。」


「俺は大丈夫。上忍だから。」


「・・・?・・・」


訳の分からない言い訳をしながらサスケの隣にゆっくりと腰をおろす。


「ねぇ、本当は何してたの?」


ぼーっと里の白い靄のかかった風景を薄暗い空に重ねて眺めやりながらカカシはもう一度質問する。

きっと彼は何も言わないのだろう、と思っていた。


そのカカシの予想通り、サスケは何も言わずカカシと同じように眺めているだけだった。

その目は寒さの為か少し潤んでいる。

外套をサスケにしてやった為、カカシは軽く身震いをした。

しかし、不思議とサスケの傍にいるだけでも温かいような気がしてくる。

・・・気のせいではあるのだが。


ふと心配そうに黒耀石のような目をこちらに向けている。

先程カカシが身震いをしたため、外套の事に気を遣ったのだろう。


「大丈夫だよ。」

.

一言だけ言う。サスケはすまなそうに小さく苦笑いをして、また何も言わず視線を戻す。

何をそんなに熱心に見ているのだろうか、とカカシが考え倦ねていたその時、サスケは小さく声を上げた。


「あ・・・・。」


カカシも思わずその視線の先を見る。

すると、彼が熱心に待ち続けていたものがようやく理解出来た。


里を越えて山並の輪郭を辿った遥か向こうに、ふわりと闇のベールを上げたような真っ白な空の中、

金色を帯びた光が四方に飛び散る。

やがてオレンジ色とも淡い水紅色ともつかない色に空が染まってゆく。


余りにも美しかった。

この世で一番美しい光景なのでは無いかと思う程、清らかな空だった。

夜の冷たさを少しづつ溶かしていくその光を、二人はただ言葉も無く見つめていた。

やがて掠れた小さな声でサスケが冷たく張り詰めたままの空気を裂く。


「夜明け・・・ここなら良く見えるだろ。」


「・・・ああ・・・ほんと綺麗だ・・・。」


時間がこのまま止まってしまうのでは無いかと思う程、空はゆっくりと、緩やかにその色を変えてゆく。

カカシが溜め息を漏らすと、隣でサスケがくくっと笑う声が聞こえた。

カカシはむっとしたような声で講議する。


「何よ。そんなにオレが溜め息ついちゃおかしい訳?」


「いや・・・、あんたがそんな幸せそうな顔するなんて思っても見なかった。」


悪びれもせず、無邪気に笑いを堪えている。


「俺もサスケのそんな楽しそうな顔初めてみたなー?」


「ふん、言ってろ。」


穏やかな一時だ、と彼等は幸せに思う。

このような時ばかりが続く訳では無いと何も言わずとも分っている。

だからこそ人はこの日々が愛しいと感じるのだということも。

限られた時間の中で幸せに生きる事ができれば、どれ程いいものだろう。

サスケがそれを望む事は決してないだろうが。


「また、一緒に見たいね・・・。」


「・・・ああ。」


サスケは、帰る支度を始めていた。

立ち上がり、カカシの巻き付けた外套を彼に返そうとする。

カカシは座ったままそれを何も言わずに受け取った。


その時にふと触れたサスケの手が、氷のように冷たく真っ白な事に気が付き、目を見張った。

するとカカシは急にサスケの手を掴み、自分の頬に引き寄せる。

不自然な体勢を強いられ、サスケは眉を顰める。


「こんな冷たくなるまで放っといちゃ駄目だろ。
 
 知ってるか?手が冷たいと心まで冷たくなっちゃうんだよ?」


「俺の心に温もりなんて必要無い。俺は復讐者だ。」


いつもの彼の冷たい言葉を聞いていないふりをして、

カカシは小さくサスケの冷たい指に口付けた。


「温かくなるおまじない・・・。」


そう呟いて、不敵に笑うと、そっとサスケの手を離して草原の中に颯爽と消えていった。





サスケは、カカシの消えていった方を見て、立ち尽くしていた。

耳の奥で鼓動が跳ね上がるのを徐々に感じていく。

いっそう冷たくなっていくはずのその手だが、

カカシの唇が触れたその部分だけはじんわりとその温もりをいつまでも残していた。


もっと触れて欲しかっただなんて、

もっと暖めて欲しかっただなんて、

彼には言える訳も無かった。

















fin.


(01.11.3)


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