血と銀色












  ある秋の日の午後、私は町外れの田のあぜ道を散歩していました。

  此所は人通りが殆ど無く、とても静かなところで、町のざわめきに顔を顰める事も無い為、

  1人になりたい時にやってくる事にしていました。

  今の時期、ちょうど彼岸花の燃えるような赤と、

  それとは正反対の秋桜の優しい色が目に心地良く届いてきます。

  その上、私以外に人が存在しないのではないかと思う程、ただ風に揺れる草木の擦れ合う音や、

  自分の踏み締める土の音以外には何も聞こえないのです。

  それはそれは穏やかな気分になります。

  ちょうどその日も、いつものようにヒトゴロシの任務を終えた後で、酷く不機嫌な思いだったので、

  気晴らしにでもなればイイと思いつつ、ただあぜ道をひたすらゆっくりと歩いていました。


  と、ふと顔をあげて道の先を見通すと、見なれた忍装束を纏った1人の男を見つけました。

  結構な距離があったので顔までは見えませんでしたが、

  その髪は血に塗れて赤く染まりながらも、見覚えのある銀髪をしていました。


  そのまま歩いてゆくと、向こうもこちらに気付いたらしく、

  静かに血まみれの片手を上げたので、

  私もそれに答えわずかばかり挨拶を交わしました。

  彼も私も出会ったはいいが話す気にはならなかったようで、沈黙を背負いながら、

  ただ風の音を聞きながら立ち尽くしていました。


  それにしても、いつまでもこうしている訳にもいかないので、

  思いきって話し掛けてみましょう。


  「・・・任務、終わったのですか・・・ゴホッゴホッ・・・。」


  「ん・・・。ま、ね。」


  ぎこちない会話ですね。

  まぁお互いにそれほどおしゃべりな訳でも親しい訳でも、

  機嫌が良い訳でもないですし、こんなものでしょう。


  「ハヤテは、こんなとこで何してんの?」


  以外にも彼から私に話し掛けてきました。

  てっきり今は話す事が嫌なのだろうと思っていましたから、少々驚いたのです。

  彼は剥き出しだった縦に傷の入った赤い片目を額あてで隠しながら、眠そうな声で問いかけていました。


  「えー・・・散歩を・・・。」


  私が無表情でいかにもな答えを言うと、彼は苦笑しながらこう続けたのです。


  「ハヤテらしいな。どうせ嫌な任務でもあったんだろ?」


  まぁ、嫌だと言うよりあんな任務を喜んでする人間もいないでしょうが。

  近からず遠からずという所です。

  それにしてもいつもやる気の無さそうな感じをしながらも、

  以外と図星をぐさっとさす人だと思いました。

  それだけ人の心とか言うものに敏感なんでしょう・・・。


  「・・・いつも通り、人を殺しただけですよ。」


  皮肉を込めながらも、正直にそう言うと、彼はまた苦笑していました。

  耳が痛いな、とおどけた様子で肩を竦めると、

  隠していない方の目にまただらりと垂れてきた血を拭っていました。

  その後、私を見てこんな事を言いました。


  「ハヤテ、お前は優しすぎるんだな。」


  顔を引き締めたかと思うといきなり訳の分からない事を・・・。

  私が優しいですって?

  人を殺すことなど何とも思わない私が?

  だったらよっぽど貴方の方が優しいですよ、カカシさん。

  その時、私はとても酷い顔をしていたのでしょう、

  彼は私の顔を見るとすまなそうに笑いました。


  「泣きたい時は泣けばいいんだ。
 
   ・・・というか、泣けるうちに泣いておいた方がいいんだよ。きっと。」


  ますます訳が分からない事を言いますね。別に私は泣くつもりも泣きたい訳でもないのに。

  私はただあの血の匂いに無性に腹がたつだけです。

  人を殺す事なんてなんとも思っちゃいません。私は忍なんですから。


  「・・・ハヤテ?」


  ふと、心配そうに片目だけを晒した赤い顔が、私の顔を覗き込みました。

  その顔があまりにも悲しそうだったのが、何故かおかしくて私は笑いました。


  ・・・・・・笑ったつもりでした。


  目が熱い。


  彼の、血がこびりついた手が私の頬に触れ、目から流れたらしいものを拭いました。


  なんででしょうね?

  何故息が苦しくなるんでしょう。

  何故前が見えないのでしょう。

  どうしてそんなにカカシさんは尚も悲しそうな顔で、

  私の顔を覗き込んだままでいるのでしょう。


  気がつけば私の喉の奥から僅かにくぐもった声が洩れていました。


  ・・・・私は、おそらく泣いているのでしょう。


  それすら気付かないなんて、一体どうしてしまったのでしょうか。

  私は今、悲しくすらありません。

  ・・・どうすればいいと言うのでしょうね・・・。


  「まだ、泣けるならいいんじゃない?
 
  何で泣いてるか気付かなくなってても。
 
  ・・・オレは、もう泣く事すら出来ないよ。」


  彼は静かに、私の肩にその頭を預けながらそんな事を小さな声で囁いていました。

  風に靡く銀髪が太陽の光を透かしてとても綺麗だと思いました。



  その日というのはまったく不思議な日でした。

  一体どうしてしまったのかは分からないのですが、

  確実に起こった事と言えば、

  私が泣いた事。

  彼は悲しそうに頭を私の肩に預けた事。

  その時、やけに目に映るものが美しかった事。

  それだけでした。

  ただ、それだけでした。











fin.



  本当は誰が心が弱いのか。

  誰が泣けるのか、誰が泣けないのか。

(01.10.7)



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