多分それはそれで割り切っていたはずなのだ。


身近に感じた冷たい狂気の正体を面と向って見てしまった時に、

正直言うと自分は正気でいられる自信がなかった。

もう僕ははるか昔に割り切っていたはずだった。

そんなモノを持っている事で弱く見られるなんて堪えられなかった。


だのに、今さらソレは僕の中を這いずり回って返してと騒ぎ立てる。

押し殺さなければ

消し潰してしまわなければ


ああ、もっと早く早く。


あいつのせいだ。

あいつが、僕を、みじめにさせる、弱くさせる、

必要無いモノがまた息を吹き返そうとして僕を掻き乱す。


なのにどうして嬉しい?

なのにどうして笑う?

なのにどうして温かい?

なのにどうして離れられない?












がれたテノヒラ温度












一刻も早く、誰よりも早く、あいつの元へ行かなくてはならない。

何故かそう思う以外に何も考えられなかった。

今、自分はなんて見当違いな行動をしているか、誰が見ても思うだろう。


冷静なはずだった。いや、冷静でなければいけなかったのに。

だからあのドベやサクラを、宥めなければいけなかったのだ。

感情を押し殺して、的確な答えを。

なのに。

なのに。




その知らせが届いたのは、ある昼下がりの事だった。

チームの担当上忍、はたけカカシがいつもよりやけに来るのが遅かった事を除いては、

何の変哲もない日常だったのだ。

その時までは。


待ちぼうけをくらって文句を垂れていたナルト、疲れたように溜め息をついて呆れるサクラ、

そして何も言わずに心の中で悪態をつくサスケ。


そんな彼等の元に見知らぬ上忍らしき忍が突如として目の前に現れた。

そして只、無表情のまま「伝言」を言い渡してまた突然消えていった。


「はたけカカシはある任務の際負傷した為此所に来る事が出来なくなりました。

私は君達に伝言を伝えてくれと頼まれたので・・・。内容を伝えます。

『今日の任務は中止だ。各自訓練してるように。』

以上です。それでは失礼しますよ・・・。」


あまりの一瞬の出来事に呆然として、三人は何も考えられなかった。

徐々に理解出来ていく言葉の意味を全て理解し切った時、

最初にたまらず声をあげたのはナルトだった。


「な、・・・なんなんだってばよ・・・!負傷したって!!なぁ!?」


その言葉を受けて思わず口を開くサクラ。


「わかんないわよ・・・っ!!でも、任務に来れないって、よっぽど重症なのかしら・・・!?」



サスケは二人を只見ていたが、何も上手い言葉が見つからない為、何も言わなかった。

言えなかったのかもしれない。

と、その時、青ざめた顔をしたサクラがちらりとサスケを見た。


その途端、驚いたような、恐怖のような表情があらわれる。

自分がどんな顔をしていると言うのだろうか?と、サスケは不思議に思った。


「サスケ君・・・大丈夫!?顔真っ青よ・・・?」



自分の顔色なんて皆目検討がつかなかったが、確かに冷たい汗のようなものが流れるのは感じた。


「大丈夫だ・・・。」


それだけの言葉を必死に絞り出した。

明らかに自分が一番動揺していたんだろう、ナルトまでもが心配そうにこちらを伺っている。

なのにその反面、心は異常なまでに落ち着いている。

(何故こんなに息苦しいんだろうか・・・。)

ぼんやりとそんな的外れな事を考えていたサスケだったが、ふいにある恐ろしい考えがよぎった。


もしも、        もしもあいつが、      死んでしまったら?


冷たいものが背筋を走りゾクリとした。

その瞬間、サクラとナルトの間をすり抜け、疾風のように素早く、里の道を走り抜けていた。



ナルトとサクラの声が遠くの方で聞こえた気がする。

どれくらい走っただろうか。実際はほんの数分の出来事だったろう。

もう何時間もこのまま走り続けていたような気がする。


「病院・・・行かねぇと・・・」


声にならない言葉を呟いたが、それもあまりの早さで走り抜けている為、風に散乱してかき消えた。

道を飛ぶように、木々をくぐり抜け、町のざわめきを背にして、なおも走り続けた。

息が苦しい。こんなに息を乱す程走るなんて。


あいつの、為に・・・?


目指す病院が、生茂る葉の隙間からちらりと覗いた。

鼓動がさらに跳ね上がるのを感じた。

息も切れ切れに病院の玄関の前でぴったりと立ち止まった。

訳の分からない思いが込み上げ、動けなくなってしまった様だ。


そうしていたとき、初めてサスケは自分の様子に気がつき、我に帰った。

握りしめた手のひらからはわずかに血が滲んでいた。

大きく肩でひゅーひゅーと苦しげな呼吸をして、喉はむせる程乾いていた。

足に力が入らない。僅かに震えているかもしれない。


「ちくしょう・・・。」


首を振り、額の冷たい汗を拭った。

そして覚悟を決めたようにようやく硝子の重い扉を押し開けた。


受付の看護婦に自分の上司の病室を尋ねると、その看護婦はあっさりと病室番号を教える。

そんなに軽く教えてしまってもいいものなのだろうか。

仮にもビンゴブックに載る程大物の忍なのだから・・・。


不思議には思ったが今はそれ所ではなかった。

ただ、一目カカシを見て、自分を納得させようと考えるだけで精一杯だ。

緊張の面持ちで、教えてもらったカカシの病室の番号を探すように、

廊下に並んだ白い扉を一つ一つ辿ってゆく。


201、202、203、205、・・・・・・。

とうとう、つきあった廊下の奥に、目的の部屋を見つける。


「215号室 はたけカカシ 様」


ある意味間抜けな部屋の表札を眺め、息を吐いた。

普通の病室である事が、なによりも無事を物語っているんじゃないのだろうか・・・。

そんなほっとしたような、奇妙な安堵感を自覚する。

自嘲気味の笑みを浮かべながら、もう一度息を吐く。

冷たい銀色の把手を掴み、ゆっくりと扉を開けていった。

ノックなんてしてやらない・・・。密かな意地を込めながら。



目に飛び込んできたものはただ部屋の壁の異様な白さだ。

真白い壁、くすんだ木の床、白いベッド、それに横たわる銀髪の人物。

そっと駆け寄って、その顔を覗き込む。


マスクも額あてもしていない素顔を晒し、眠っていた。

思わず死んでいるのではないかと思い、心臓がまたどきりと跳ねた。


風に晒された為、冷たくなった自分の手をそっと寝ている人物の頬に伸ばしてゆく。

暖かさを確かめる為、息をしているか確かめる為、そして脈打つ動きを確かめる為に。

伸ばされた手が届くか届かないかまで近付いた時、

静かな掠れた、しかしはっきりとした低い声が聞こえてきた。


「何してんの?」


思わず手を引っ込めようとする。 それを逃すまいと咄嗟にサスケの手を捕まえる大きな手。

望んでいたものはその確かな体温だった。

唖然としてただ目を見つめてきょとんとした顔をしているサスケを見てふっと笑いながら、

さっきまでベッドに横たわっていた人物、はたけカカシは起き上がりながら眠そうに言葉を続けた。


「ハヤテに伝えるように頼んだし、ちゃんと伝言は聞いたんでしょ?

訓練はさぼっちゃ駄目だヨ。

それにどうしたの、そんな顔して・・・?」


優しい笑みを浮かべたカカシを見て、サスケは急に崩れ、しゃがみ込んで膝に顔を埋めた。

手はまだカカシに捕われたまま。


「・・・泣いてるの?」


サスケの手を捕まえた手とは反対のほうの手で、膝に埋めている頭を撫でてやる。

黒い髪がさらりと動いた。

先ほどのカカシの問いに対して、サスケはただ首を振るだけだった。

嗚咽は聞こえない。


「・・・ごめんね。」


なんとなくいたたまれなくなって、カカシは小さな声で囁く。

それでも、やはりサスケは俯いて首を振るばかりだった。


「心配、させちゃった?」


微かに頷いた気がした。


「死んだと思ったの?」


首をさっきより強く振る。

死んだと思ったかもしれない、でもきっと信じてはいなかった。

何故かはどうしても分からないけど、でも死んだなんて思ってしまえば、

取り返しがつかなくなるのではないかと思った。


「・・・ごめんねぇ・・・。」


苦い笑いで困ったように繰り返す。

サスケはやはり首を振り続けた。

もう言葉なんて紡げないと、サスケは思った。


安心した気持と、分からないイラつきと安堵、たまらなく苦しい。

この感情は何なのだろうか?

いつの間にこんなにカカシと言う存在が大きくなってしまっていたのか。


泣いたのか、それとも泣いていなかったのか。

結局は、サスケには何も分からなかった。




ただ手だけは、繋がれたままで、温もりは僅かな思いを馳せていた。










fin.


(01.10.5)


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