cat catchers!














「ああっ、捕まえてください・・・!」


ある午後エビスがアカデミーの廊下を歩いていたところ、背後から叫ぶような声が聞こえた。

彼が何事かと振り向いた瞬間、足下をすり抜け、

しなやかに走り逃げて行く一匹の黒い子猫。


「な、何事です・・・。」


驚いて、急いで走ってくるハヤテに訪ねると、

余り体力のない彼は真っ青な顔をしてはぁはぁと苦しそうに息をしながら、

子猫が走って行った方向をただ指差すばかりだった。

どうやら逃げて行った子猫を捕まえようとしていたらしいが、

あまりの一瞬の出来事故さすがのエビスでも対応が出来なかった。








「依頼人の猫なんです・・・。」


申し訳なさそうな、苦々しいような複雑な顔をしてハヤテはエビスに事の次第を話していた。

・・・草むらを選り分けて、颯爽と姿を消した黒い猫を求めながら。


事の発端は人手が足りないが為にハヤテに回された、彼には到底役不足なDランクの任務であった。

任務内容は依頼人の猫を預かる事。そしてその世話をする事。

どのような任務も文句一つ言わずにこなすハヤテではあるが、さすがにこれには驚いていた。


しかし、たとえ容易い内容であろうと、任務は任務である。

預け入れられた猫に戸惑いながら世話をしていると、ふいに暴れ出した猫が、

ケィジの扉をその弾みで開けてしまい逃げ出してしまったと言う何とも情けない事体となった訳だった。


「・・・何とも言い様がないですな・・・。」


エビスは呆れたように溜め息をついて、ハヤテの手伝いをしながら問題の子猫の行方を探している。

しかし、二人とも猫を飼っている訳ではない為その行方は全く分かるはずもなく、

ただ茂みや細い通路等を闇雲に探すしかなかった。


アカデミーの敷地中を探すには、非常に骨が折れる。

しかし、かといって探さないで済まされるわけでもない。

忍として、里として、どれほど些細な事ででも信用を失う訳にはいかないからだ。


「一応お聞きしますが、エビス先生は、猫を飼った事なんて・・・・。」


「もちろん、ないですな・・・・。」


おずおずと咳混じりに尋ねたハヤテの言葉を引き継いでエビスが返事を返すと、

二人は顔を見合わせてから改めて、深い溜め息をこれ以上どうしようもないと言うように吐き出した。





「そういえば、仕事はいいんですか?」


あちらこちらを困惑しながら探していたハヤテはやがて、思い出したようにそう尋ねた。

もし任務があるならばこのような途方もない事を手伝わせる訳には行かない。


「ああ、気にする事はない。今日は午後から休みですから。」


全く気にしていない様子で真剣にアカデミーの校舎と校舎の細い隙間を覗き込むエビスを見て、

思わずハヤテは吹き出しそうになる。

この真面目なエリート教師がこのように捜しまわる姿等そうそう拝めるものではない。

しかし、笑う訳にもいかないのでハヤテはいつものように咳で誤魔化してみる。

しかしハヤテがいつ咳をしても何ら不思議ではない為、誤魔化しているとエビスは当然のごとく気付かない。


「どちらにしろすいません。折角の休みでしたのにね。」


ハヤテはそう言うと、のんびりとした口調で困ったように柔らかく微笑んだ。

草を選り分けていたエビスの手が一瞬止まる。

黒眼鏡の奥で驚いたような目をしているエビスを不思議に思い、どうかしましたか、と思わず尋ねてみる。

何事もなかったようにまた手を動かしながら、エビスは少し機嫌が良さそうな顔をしていた。


「いや、ハヤテ君、君がそう言う風に笑う所は初めて見たと思いましてな。」


意外なエビスの言葉にハヤテはただきょとんとした顔で、

また鋭い目に戻ったエビスの横顔をじっと見ていた。

確かにハヤテはそれ程表情が豊かな方ではないし、人付き合いも良くない。

その為人前で笑う機会など滅多になかった。

しかし、ハヤテは自分が笑う事でエビスがそのような事を言うとは思わなかったのだ。

それも機嫌の良さそうな、優しい眼で。


そう思うと、ハヤテは何かを手に入れたような満足感にも似た思いを感じた。

微妙な距離をおいて存在する微妙な友情、そして、妙ではあるがそこに在る親しみ。

どう形容すべきか途方に暮れはするものの、いい関係であると確かにハヤテは思った。


(何か、いいですね・・・。)


せわしなく動かしていた手を少し止めて、ハヤテは午後のけだる気な灰青の空を見上げて眼を細めた。









「結局見つかりませんでしたな・・・。」


「そうですねぇ・・・どうしましょうかねぇ・・・ゴホッゴホッ・・・。」


疲れ切ったようにとぼとぼとアカデミーの廊下を歩く二人。

射し込んでくる夕日の紅い光は影を長く引き延ばして彼等が歩く度にひらひらと揺れている。

どうしようか、そう言うハヤテは疲れはしているものの、余り本気で悩んでいる様子はない。

そんな暢気なハヤテを見てエビスは呆れ顔で小さく息を吐いた。


「あれぇ、ハヤテ、エビスセンセェ。どうしたの、そんな疲れ切った顔してー。」


ふいにのんびりとしたカカシの声が二人の背に降り掛かる。


「どうしたもこうしたもないです。」


エビスが顔を顰めながら黒眼鏡をくい、と上げながら振り向いた。

ハヤテも振り向いたが、その途端あっ、と小さく声を上げた。

エビスもカカシも訳が分からずにハヤテを見た。


「カカシさん・・・・その猫・・・・。」


猫。この言葉を聞いてエビスはようやくハヤテが声を上げた理由に気付いた。

カカシのベストから少し顔を覗かせる黒い小さな子猫。

それは紛れもなく昼間ハヤテが逃がしてしまった依頼人の猫以外の何者でもなかったのだ。


「ん?ああ、こいつか。

 トラップの訓練中にどっかから迷いこんで来たらしくてさぁ。

ナルトの仕掛けた網のトラップに引っ掛かってたんだけど。

・・・・もしかして・・・こいつ探してたの・・・?」


ハヤテが苦々しい顔ではっきりと頷く。

ハヤテ達の脱力した深い溜め息を他所に、カカシは暢気にごめんねぇ、と笑った。






カカシによって保護された黒猫を抱いて、ハヤテは報告に向かう。


「ああ、今日は本当にすいませんでした。助かりましたよ。」


帰ろうとしたエビスにそう声をかけると、顔だけ少し振返ったエビスは、ふっと不敵な笑みを浮かべた。


「いや、・・・正直な所、今日はなかなか楽しかったです。」


これを聞いて、ハヤテは笑って答えた。


「私もです。」





報告へ向かう足取りが少し軽くなったような気がした。















end.

(02.1.14)



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