夜は素直になる魔法で


貴方の紡ぐ噺は睡眠薬


瞳に揺れる 眠らないという月の破片















眠らずの月














カチ、カチ、カチ、と、さっきから煩い程に小さくサスケの耳を叩くアナログ式時計の音を、

その真っ白で柔らかな布団に包まれてから一体どれ程数えただろう。

すでに宵の口を通り過ぎて、ひたすらに身を震わせる星の絶頂。

猫の爪の月は白く輝いて、夜に影を落とす。


明るいようで薄暗い月光がこぼれるのがたまらなくなって、隣に眠っているカカシを起こさないように、

もぞもぞと布団から這い出してベッドの隣の窓を覆うカーテンを少しだけ開いた。

その途端に、何も見えない闇に満たされていた部屋は輪郭を浮き上がらせた。


カカシを起こしたくないと思う一心で身動き一つにも細心の注意を払っていたサスケには、

その僅かな明るささえカカシを起こしてしまうのではないかと心配になり、鼓動を速めていた。

しかしながら、それは杞憂だったかも知れない。

自分以外には滅多に見せない無防備な寝顔で、素顔で、この銀髪の男は目を閉じたままだったからだ。

(その寝顔を見ているのも、なかなか悪くはなかった。)


2人でベッドに潜り込んでからかなりの時間がすぎているのだが、サスケはまだ一睡もしていなかった。

もちろん、隣にカカシがいる事に対しての緊張も多少はあるが、

何故か今夜は目が冴えてしまって、目を閉じてじっと寝た振りをしている事が苦痛になる程の覚醒だった。


耳が痛くなる無音に、冷たそうな月の光。

全く、夜とは、恐ろしい程世界を変えて、昼間のそれとは全く違うモノを形作る。

サスケはそんな変化をひしひしと感じながら、その感覚を楽しんでいる。

半身を起こし、ベッドに面した壁に肩と頭を預けて、その頭のすぐ隣に位置する窓から月光を感じていた。

目を伏せていると、睫毛にひらりと舞う柔らかな白い光が目の前に広がりスパァクする。


はぁ、と小さく溜め息をつけば、その声はやけに大きく耳に届いてしまった。

静かすぎて、少し動く度、呼吸をする度、骨や肉の軋みが響き渡りそうだと少年は思う。


もう一度、無意識のうちに溜め息をついてしまった。

すると、突如静寂を破る小さく掠れた声が聞こえて、サスケはひどく驚き、びくりと肩が跳ねる。


「眠れ、ないの・・・・?」


彼は目を見開いて、隣で無防備に寝ていたはずのカカシを凝視する。

相変わらず眠っている時と変わらない表情のままだったが、何時の間にか目を開いていた。


「悪い。起こしちまった・・・。」


少しバツが悪そうにサスケは俯いて、先程聞こえたカカシの掠れた声よりも数倍小さな声で謝罪した。

いやいや、と呟きながら、仰向けに寝ていたカカシはもぞもぞと起き出して、

うつ伏せになり、頬杖をついてニコリとサスケに笑いかけた。


「別にサスケに起こされた訳じゃないし、謝らなくていいよ。

夜中に目がさめるのはいつもの事だから。

それより、どうしたんだ?

ずっと眠れてないみたいだねぇ。」


無音が崩れて、カカシの低い声が心地よく部屋に反響するようだった。

掠れていた声は、ちゃんといつもの声に戻っていた。

どうしてだろう、とサスケは自分を心配するように言うカカシの言葉を聞きながら思う。

無音で、闇で、ずっと何も変わらない。なのにこのカカシの気配があるだけで世界が少し明るい気がする。ざわつく気がする。


すでに本当は分かり切っていた事ではあるのだが、もう一度確認するように、

カカシが自分を大事にしてくれる事が嬉しいと心の奥底で素直に思ってみた。

口に出して、言えるはずはないけれど。

悔しいから絶対に言ってやらない、という妙な意地があることは否めない。


「別にどうってことない。ただ目が冴えているだけだ。

あんた、もう寝ろよ。俺も、寝る、から。」


カカシに気を使って、寝る振りをしながらも、サスケはここまで覚醒しているのに無理矢理眠る事に、

少し抵抗を感じていた。引きずり込まれるみたいで嫌な感じだったのだ。

そんなサスケに苦笑いしながら、カカシはサスケの肩をとんとん、と叩く。


「無理に眠ろうとするから眠れないだよ。眠れなきゃ別に寝なくたっていいんだからさ。

それより、俺もなんか目ェ冴えちゃった。話し相手になってよ。ね?」


サスケへの気遣い、というよりは半ば自分の為であるような気がするが、

ともかくサスケはそのカカシの言葉に素直に従う事にした。

潜り込んだ布団から抜け出して、壁に凭れながら膝を抱えて座り込む。

カカシは相変わらず頬杖をついたまま、サスケの方を見ていた。


サスケは、カカシへの好意よりも、桁外れな強さへの羨望と反発の感情の方が勝っていて、

いつも彼の言葉を聞き入れるのが癪で、でも従うしかない弱い自分が情けなくて苛ついていた。

十分にお前は強いよ、というカカシの言葉でさえ子供騙しであるように思えて、

それにも反発して悔しさからカカシをただ睨み付けていた。

可愛げのない「子供」であることに、自分ですら自分に愛想を尽かしているというのに、

カカシはそれでもひたすらに優しく、不安定な感情の全てを受け止めてくれた。

そんな地に足がつくような感覚も、歯痒くてならなかった。


この夜には、そんな必要以上に意地を張るいつもの自分とは少し違う感覚があった。

寝たくないなら寝なくていいじゃないか、というカカシの言葉に素直に従った。

たったそれだけではあるが、そこから何か違う、自分自身の雰囲気とでも言おうか、

そういう自分にとっては未知で得体の知れないものが溢れ出すのだ。

例えばそれは、意地を張る必要はないのだと囁く、見えない優しい手がこの身体を支えるようなもので。


夜とは不思議な時間だ。全てを打ち明ける事ができるような、穏やかで柔らかな心にしてくれる。

いつか、誰かがそんな事を言っていた気がする。


「窓、明けてくれる?」


カカシに言われて、閉ざされていた窓をあけると、夜風が月の白と共に入り込んで、空気が流れる。

少し伸びた前髪が揺れて、視界を遮る。


「知ってる?」


「何を。」


脈絡のない質問をされて、サスケは首を傾げながら尋ね返す。

サスケは自分のごく自然な態度が、不自然に感じられた。


「月って、眠らないんだよ。」


「・・・は?」


「昼間も真っ白になって空に浮きながら、太陽の眩しさのせいで眠れないんだ。」


「何だよ、それ。」


「太陽だってそうさ。自分の眩しさのせいでちっとも眠れない。」


「何が言いたいんだよ。」


「何、何って。そればっかりだね。」


可笑しそうに笑いながら、カカシは両腕を投げ出して片頬を枕に埋めている。

もう片目だけがシーツに埋もれずにサスケの方を優しく見据えている。

まるっきり大人なのに、その笑う目を見ていると何故かサスケよりも幼い子供のようにも見えて、少し不思議な感じがした。

嬉しそうな、可笑しそうなカカシのその笑顔は、無邪気な感じがそこはかとなくするからかもしれない。

でも、どこか寂し気で、すぐに、子供のするような顔じゃない、と思えてくる。

何だか全てが曖昧になって、境界線がくすんでしまっているみたいな、異質な感じだ。


「・・・それしか言い様がないじゃないか。」


「まぁ、それもそうだねぇ。

俺も、人からこの事聞いたんだけどね、その時どう反応していいかわかんなかった。

意味なんてないんだけど何となく面白いなぁと思ったから、サスケにも教えたかったの。

月を見てて、急に思い出したんだよ。」


一体このような話を誰に聞いて来たのか、普段ならいろいろと疑問に思う所だったが、

その時サスケは当たり前の話を聞くように黙って聞いていた。

話し相手になってくれとサスケを引き止めたわりには、カカシはただぼんやりとベッドに沈んだままだった。

無言のまま、視線だけを窓の外へ向けたり、サスケの顔を見て目だけで微笑んだり。

しかしながら不思議と今の居心地は良く、サスケも小さく丸まって、

カカシの隣で(少し距離を空けて)シーツに溶け込んだ。


あれほどはっきりしていた意識がとろりと揺らいで、今なら夢を見に行ける気がしてくる。

カカシの気配が、視線が、声が、全てがサスケを眠らせる要素であるかのように。

小さく、何かを呟く声が微かに聞こえたが、襲って来る睡魔にはついに勝てず、

重くなる一方の瞼を閉じてサスケは眠りに堕ちてしまった。


カカシがサスケが眠る直前に呟いた言葉とは、「おやすみ。」の一言だけだった。

夢の淵に歩み寄りながら、睡眠薬にも似たカカシの声を頭の中で繰り返した。






子供らしいあどけなさの残る寝顔を見つめながら、小さく寝息を立て始めたサスケに布団を被せる。

呼吸する度に上下する肩は幼くて、のしかかる「重み」が彼を潰してしまわないかとカカシは時々心配になる。

しかし、子供と言うのは良くも悪くも、とても柔らかなのだ。

重ければ、その苦痛を強さに変える術を、誰に教えられる訳でもないのに知らず知らずの内に学んでいく。

自分の弱さを許さない、崩れる寸前で保たれたバランスを持つ意志の強い精神。

きっとサスケという少年は、カカシが思う以上に強く、柔軟で、それでいて壊れやすいのだろう。


ふあ、とふいにあくびがこぼれて、カカシも大人しく眠りにつく事にする。

明日もきっと早い。

すでに夜の頂上を越えてしまうような時刻、細い月も傾いている。

月は眠らない、一体誰がそんな事を自分に教えたのだろう。

全く思い出せないまま、カカシはサスケに寄り添うようにシーツの海に身を委ねた。


二つの密やかな呼吸が混ざりあいながら、開け放たれたままの窓から風が吹いてはカーテンを揺らす。

静かだが、完全な静寂ではなく、2つの確かな呼吸と体温がある。







彼等は夢を見る。

たわいないその夢を食べて、月は永遠に眠れないままで、今夜も役目を終えた。

そして、明日も。



















end.


月だって眠るんだろうに

(02.6.7)


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