謝罪
暫くの間は、私は抱かれたままだった。
私は彼の腕の中にいたまま、ただ彼の肩に顔を埋めて何も考えないで呼吸の数を数えていた。
すると、だんだんと心が断裂する程の痛みはお互いに治まってきて、冷静になってきていた。
カカシがふいに私の頭の上で囁いてきた。
「・・・・泣かないでね。」
どちらかと言うとその声には心配よりもからかうような軽いものが含まれていた為、
私はめずらしくそんなカカシの当たり前のいつもの不真面目な態度にむっとした。
「泣いてません。」
「怒らなくてもいいじゃない。」
彼は可笑しそうにはにかみながら私の身体をようやくその腕から解放して、片手をポケットに突っ込んだ。
やや斜向きの角度で私を見ながら、憂え気な表情で私に帰ろうと言う。
何も言わずに頷くとカカシの隣に並んだ。
ポケットに入れていない方の彼の手で、私の手は繋ぐよりも強く、握りしめるように捕まえられる。
少し痛かった。
でも、やはりその手は先程と同じく暖かくて、同じ生き物で、
弱さを強さに見せ掛けながら生きる儚くとも強かな同じ生き物で、
根拠は無いのだが、心配を根こそぎ捨てていけるような感じがした。
「大分遅くなっちゃったね。ハヤテ、家に寄らないで直接此処に来たんじゃ無いの?
明日も任務あるのに、身体に悪いよ。」
話題を模索して、カカシが言葉を選びながらゆっくりと話し掛けてくる。
いつも私の心配はする癖に、カカシは自分の事は無頓着だ。
それは私も人の事を言えないという場合もあるが、少なくとも彼は私よりは顔に似合わず心配性だ。
私は彼を真似てゆっくりと、あのさっきまでいた慰霊碑へ行くにあたっての経緯みたいなものを説明した。
なんとなく家の扉を開ける気になれなかった事、
同時に家の中に横たわる闇に足を踏み入れるような気分ではなかった事。
誘われるように無意識の内にあの慰霊碑へ行った事。
カカシはそれを黙って聞いて、呆れたようにまた私の手を握りしめた手に力を込めた。
「そんなら俺がちゃんとハヤテの家まで送ってあげる。
お前が家に入って見えなくなるまで家の前で見守ってるから。」
「ははは、心強いですね・・・。
でも、別に送ってくださらなくても結構です。」
「遠慮しなくてもいいよ。っていうか絶対送るから。送らせろ。」
私の意見はどうやら無視されるらしい。
彼の言葉は終いには命令形になっていたのは気のせいではない。
「では仕方なくですが、お言葉に甘えてさしあげますよ。」
「うわっ、何その言い方っ。嫌味なやつだな、おい。」
戯けて大袈裟に傷ついたふり等しつつ、少し和み始めた自分達の空気に自分が安心しているのがわかった。
まだ私の家までは少しある。
それまでは、私もきっと笑っていられると言う自信があった。
頼り無い蝋燭の灯のような自信ではあるけれども。
静か、だ。
「ゴホッゴホッ・・・・。」
一人でいる時程自分が常に咳をしていると思い出す時間はない。
私は久し振りに使用するベッドに服も着替えないでただ仰向けに身体を横たえていた。
さっきまであったカカシの気配はいつの間にかなくなっていた。
彼は言った言葉通り、私が家に入り、暫くするまで家の前でしっかりと扉を見つめていたらしい。
くすぐったいような嬉しさを感じながらも、私は何故か息を殺してその気配に気を配っていた。
その緊張の糸が途切れ始めて、虚ろに天井の白さが自分の目に映り込んでいた。そうこうしている内に、いなくなっていたのだ。
カカシはもう今頃、家についているだろうか。
もうついているはずだ。
もう、やがて夜が明けるだろう時刻だ。
横たわったはいいが、まったく眠りに堕ちる様子はなかった。
逆にどんどん頭が冴え渡っていく。
冷たい水がゆっくりと脳内を巡っているみたいに妙にすっきりと覚醒している。
(何を、思ったのでしょうか・・・・・。)
ふとそんな疑問が水面の波紋のように広がった。
(自殺など、それをしてどうなると思ったのでしょうか。)
昼間(もう「昨日」の事になっているが)アンコがしていた噂を反芻してみる。
(最期は、怖くは無かったのでしょうか。)
当たり前だが、死ぬのは誰だって怖いものである。それが本能からか、感情からかは人それぞれだが。
(最期に、何を思ったのでしょうか。)
次から次へと疑問は数を増して、頭がいっぱいになる。
(生きていたいとは、・・・・・思わなかったはずはないだろうに・・・・・。)
見開いていた眼から生理的な水が溢れてきた。
悲しくて泣いている訳では無いのに、自分が泣いているみたいだと思った。
私は生きている、そんな言葉が首をもたげてくる。
私は生きている、
私は生きている、
私は生きている。
「生きている」のではなく、きっと「生きたい」のだ。
何の為にとはっきりと答えきる事はできなくとも、それはひとつはカカシの為であったり、
ひとつは少ないながらも普段から付き合いのある友人の為であったり、
そしてもうひとつは、今まで私を助けてくれた人や、私の殺した人、
私の愛した人、私を憎んだ人を想い続ける為だろう。
過去に私が死にたいと思った度、胸を刺されるような痛みと罪の意識を感じていた。
自分で、自分が死ぬ事がどれ程の意味をもつのか理解できないが、
それでも大勢の私が関わった、私に関わった人を忘れて逝ってしまう事への罪悪感があるから、
きっと、私は自分を殺せない。
結局は答え等出ない推測の中で、私は噂に聞いただけの故人を想った。
暗闇の中で私の想像するその人物は、悲し気に笑っていた。
何故だろう、後ろめたさと罪悪感を覚えた。
独りきりの夜の中で私は小さく呟く。
ごめんなさい、 と。
自らの命を断ったその人物に、私は私の姿を重ねて眼を閉じた。
end.
謝罪の言葉が
ただ空を切る
(02.4.15)
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