いつものように煙草を銜えながら中庭を横切っていると、

剣呑な気配と共に前方から不機嫌極まりない様子の上官がこちらに向かって歩いてくる。

彼は何故か頭から爪先まで全身濡れ鼠になっており、

ぐったりと垂れた黒髪からは水滴がぽたりぽたりと引っ切りなしに垂れている有様だった。

(折角の晴れなのに無能呼ばわり、と…)

同情3割、日頃の鬱憤からくる可笑しさ7割。

そんな内心を悟られると減俸だとか云われかねないので押し殺し、一応尋ねてみる。

「…あの、大佐、どうしたんすか、それ…。」

やや俯き気味の姿勢のまま俺の前でぴたりと止まると、

どんよりと怒りと苛立ちに満ち満ちた暗い眼でぎろりと睨まれた。

「どうしたもこうしたもない。」

地を這うような低い声からは、思っていた以上の不機嫌さがありありと滲んでいる。

やっぱり声掛けなきゃよかったかも、と多少後悔しつつも上官の言葉に耳を傾けるに、

どうやら誰かが窓からバケツか何かで水をぶちまけたらしい。

運悪くその真下を通りかかった上官にも気付かず…。

あ、やべ、何か可哀想すぎて涙が出そうだ。

(水を撒いた奴の方がな!絶対後でえらい目に会うぞ、そいつ。)

今は何を云っても上官の逆鱗に触れそうだし、黙っていても八つ当たりされそうだ。

どうしたもんかな、と、ゆらりとくゆる紫煙越しにずぶ濡れの上官を見遣りながら考えた。

とりあえず、御愁傷様。

 

(08.9.28)

 

 

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