09 負け戦(マスタング大佐、ホークアイ中尉/過去)
リザ・ホークアイという部下が新たにつくことになった。
毅然とした態度は清々しいが、彼女と云う人物がいまいちよく分からない。
何か、私の道を脅かすもののように思えて、自然接する態度がよそよそしくなるのだが、
彼女はそんなことさえまったく気にならないようだった。
「その書類の提出期限は来週ですので、こちらを先にお願いします。」
ややこしい書類を机に大量に抱えて、(同時に私は頭を抱えたかった)
彼女のまるで監視しているような空気の中で、私は黙々と手を動かし続けた。
張り詰めた冷たい室内の空気と、彼女の視線と。
私の私らしからぬ無意味な苛つきはただ滔々と募り続けるので、
何度も吐き出しそうになる彼女への八つ当たりの言葉を吐き気がする程に飲み込んだ。
連日の激務が重なり、正直な所疲れていた。
だからだろうか、いつもの自分ならこんなことはないのに、
不毛な苛つきを所構わずぶちまけたいとさえ思うようになっていた。
そろそろ追いつめられた脳の休憩を取らなければ、冗談で無く可笑しくなりそうだった。
***
「お疲れ様でした。」
いつもよりも少し人間味の感じられる、呼吸した労いの言葉が彼女から発せられた。
しかし平常を失う程に疲れ果てた私の今のがらくた同然の頭では、
それさえ煩い世界の雑音の一つのように感じられた。
執務用の机を離れ、ふらふらとソファに、妙な緊張感が解けないのでほんの浅く座り込んだ。
両手を組んで額を預ければ、酷く身体が重く感じられて、頭が冷たくなり、吐き気がした。
僅かに身じろぎをすれば、ふいに、何か軽いものがポケットから滑り落ちたような音がした。
「あの、何か落ちましたが。」
落下物に気付いた彼女が何気なく屈み込んで手を伸ばし、それを拾おうとした。
瞬間、私は何故か彼女をそれに触れさせてはいけないような本能の警鐘を感じた気がして、
拾おうとした彼女の指先からそれをばっと奪うように強くかすめ取った。
彼女は純粋にただ驚いた顔をしていた。
酷い形相で取りかえす程のものでもなかったはずなのに、
正常な判断を失いかけた私にはそれを許容する当たり前のわきまえさえなかったかもしれない。
瞬時に、彼女の気を悪くしてしまっただろうと酷い後悔を感じた。
ばつが悪くなり、彼女から視線を逸らして、拾ったものを忌々しく握りしめた。
「すまん。」
「…いえ、余計な事をしました、申し訳ありませんでした。
…それが何なのか、お聞きしても?」
「あぁ、…発火布だ。錬金術に使うものだ。君も私の錬金術は見た事あるだろう。」
彼女は何事も無かったかのようないつもの無表情に戻っていた。
そして、私の言葉にただ一つの頷きを返しただけだった。
刹那の沈黙が降った後、唐突に彼女は腰元のホルスターからおもむろに銃を抜いた。
その行動の突飛さと理解不能さ、少しの得体の知れない無気味さを感じて身体に緊張が走った。
私の強張った視線を平然とその全身で受け止め、冷静に銃を手にした彼女は、
それに込められた6発の銃弾を掌にばらまいた。
「君、何を…」
思わずかすれた声で問いかけるが、それさえ彼女は返事をしようとせず、ただ、手を動かす。
取り出した弾丸の5発をポケットにしまうと、残る1発を込め直した。
その動作によって彼女が云わんとすることが、私には理解出来ない。
何故か、ただぼぅっと、私は彼女の動作を眺めている事しか出来なかった。
一発だけ込められたシリンダーを彼女が勢いよく回転させてから、
ハンマーをフルダウンにする。
そして、彼女は初めて見る表情で薄く笑んで、私を見て、顳かみに銃口を、指がトリガーを。
「…っやめろっ!!」
彼女の銃を持つ手を払い落とそうとしたが、間に合わず、
彼女はトリガーを何の躊躇いも無く、引いた。
幸いにも弾の入っていなかったようで、虚しい玩具のような空音が静かな部屋に響いた。
それを聞いて一気に力が抜けた私は、脱力し、そしてすぐに彼女をきっと睨み付けた。
「一体何を考えているんだ!一歩間違えれば死ぬ所だったんだぞ!?」
「これで少しはおわかりになられましたか?」
私の怒声を綺麗にかわして、彼女はにこりと笑って云った。
「信用出来ない上官の為に命を掛ける部下がいるとでも、お思いになりますか?」
お疲れ様でした、書類の方は提出しておきます、と、言い残し、
さも当然のように彼女は部屋を出ていった。
彼女に、きっと私は負ける。
閉じる扉を見て、胸の奥にそんな予感があった。
(04.1.29)
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