29 護衛(エドワード、マスタング大佐/数年後)


大事なものはなんだったんだろうと、今思えば、自分が護りたかったものの根拠もわからない。

ただ中身もわからない真っ黒い箱をひたすらに大事に大事に胸に抱えて、

本当の自己を見失っていた事は確かだと思う。


「あれから、」


思い出したように口を開くと、声が出せる事をふと思い出したかのように拙い言葉になった。

俺は一体どうしたいんだろう、話をしようと頭を捻っても、

語るべき御伽話の一つも頭に浮びやしない。


「あれから?」


鸚鵡返しにして先を促そうとする確信犯的な厭味は、「あれから」幾年経とうと、

どうにも変わらずに俺の神経を逆撫でし続けている。

こんな無常の世の中で変わらない奇蹟を歓べばいいのか、されど厭味等嬉しくも無い、

俺は苛つく口元を子供の頃より少しだけ上手に隠して、鼻先で小さく笑った。


「俺は、どうしていまだに此処にいるんだろーな。

 どっか行きたくて、ガキなりにもがいてきたのに。

 何でいまだにあんたが目の前にいんの。

 そんでついでに云っとくけど、いまだにあんたは仕事さぼってるし。」


分厚い書類の束に態度も良ろしく頬杖を付いて、ロイ・マスタングはにやりと笑った。

もう彼を大佐、と呼ぶ事が無くなってから久しいのに、それでもまだ大佐と呼びそうになる。

「あれから」一歩も進めていないような気分になるので、急いでそれを飲み込んで、

俺は彼をあんた呼ばわりして足元が崩れる不安を解消する。


今俺が後生大事に護っているのは、安易な安定かもしれない。

安定を放り投げて走り出せる程子供では無くなってしまったが、

護るものを取り違えては本末転倒だ。

そこで、だ。


「俺は別に無駄話をしにきたんじゃねぇんだ。

 俺、決めたから、それを伝えに来た。」


まずはあんたに宣言してから行く事にするよ、この、決意を。







自分の底に鍵を掛けて大事に護って来たもの

今、もう一度ひっくり返してみる時が来たんだろう

(05.4.25)


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