28 アンダーウェア(エドワード、マスタング大佐)


俺はエドワード・エルリックという記号を持つ生き物で、人間だ。

順序としては逆だが、身に纏う服の下には生身の皮膚があり、

皮膚の下には細胞や神経や血液や骨や臓器が隙間なく無駄なく詰め込まれている。

ただ、右腕と左脚だけは生身ではないのだけれど、きっとこれも弟と共に元に戻ってみせるし、

使いこなす事を覚えた俺にとっては今はこれが俺の腕であり脚だ。

肩と左腕が繋がっているのと同じくらい肩と右腕となった機械鎧は繋がっている。

俺の内側には確かに俺と成り得るものがある。

けれどあんたはどうだろうな。


「情けない面してんなよ、大佐。」

「情けない面などしてはいない。

 散々書類を積み上げられてうんざりしているだけだ。ほっとけ。」


マスタング大佐は疲れた顔をしながら、いつものように、

俺に皮肉った笑みを浮かべようとしたらしいが、上手くそれは表情になっていなかった。

何処か意識は遠くへ向かい、ともすれば淵へ墜ちていくような、暗澹たる眼をしていた。

何かを思い出しているのだろうことはわかるが、その記憶が昨日のことか、去年のことか、

それとももっとずっと過去のことなのか、俺に推測し得る余地などなかった。


ソファに深く座りぬるんで不味くなったコーヒーに顔を顰めながらそれを飲み込んだ。

根拠は無いが、何故か其の姿が全てをパターンとして刷り込まれただけの人形のように見える。

彼は大総統になるだとか云って生きるという行為をまっとうしているのはわかるのだが、

きっと彼の中身は空洞なんだと俺は思う。

俺は咎人であり業の中にいるが、それでも自分がちゃんと中身の詰まった生き物だと思う。

そんな自惚れにも似た自意識で密かに彼を軽蔑し憐れんだ。


「俺の右腕も左脚も作りもんだけど、でも空洞じゃ無い。

 螺子もバネもあるし、制作者の思いだって俺の思いだってちゃんと入ってるんだぜ。

 でも、あんたはまるでからっぽだな。

 俺の右腕より、俺の左脚より、あんたはずっとからっぽだな。」


御大層な軍服の下に、あんたは自分の抜け殻を着ているんだろう。


大佐は黙って傲慢な俺を見ていたが、何も無かったかのように空になったカップを机に置いた。

ふと、彼が無表情になったのを見て、俺は初めて彼が人間である事を感じられた。






(04.5.2)


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