19 生還(ハボック少尉、マスタング大佐/イシュヴァール殲滅戦の少し後)


(…無事『生還』して何よりだ。)


隣にいるハボック少尉にも聞き取り辛い程の小さな低い呟きをこぼして、

マスタング大佐は黙って眼を閉じ、少しの間形ばかりの黙祷をした。

目の前には灰色の死体袋があり、其のジッパーはぴったりと閉じられていた。

袋は隆起する。

中に詰め込まれた死者を内包して。


「お知り合いですか」


黙祷を終えて投げ遺りに髪を掻き上げたマスタング大佐に、彼は控えめに、しかし飄々と問う。

言葉に重みを掛けず、まるでうたかた。

軽い言葉を吐くのは得意だったのだとハボック少尉は内心考えていた。

もともとが言葉なんて本当に重いものなのだ、口を開くのも億劫な程に言葉は人にのしかかる。

だからポォズだけでも軽くしてみせるのが彼なりの一種面妖な礼儀らしかった。

それを礼儀と受け取り理解する人物は少ないが。


「知り合いと云う程でもない。何度か事務的に会った事があるだけだ。」


素っ気無い物言いをするが、こうも付き合いが長いと厭でも僅かな歯切れの悪さが眼に付く。

ハボック少尉は彼の上司にも目の前の死体袋にも視線をくれず、

このひとは柄にも無く動揺しているのかもしれないと思いながら、

ぼんやりと瞬きをしてポケットに入れた手で煙草の箱を握った。

安置室では煙草が吸えない、その口寂しさからの無意識の行動だった。


「…生きて無いですよね、此の中の人。」


躊躇したがどうしても云わずにはおれなくなって、当たり前の事を確認する羽目になった。

死体袋を見下ろしていたマスタング大佐は一瞬目を丸くしてハボック少尉の横顔を見、

一気に顔を顰めて吐き捨てた。


「笑えんジョークだ。二点だな。」

「何点中?」

「百。」

「そりゃあ手厳しいっすね。」


対して面白くも無さそうに緩く笑いながらハボック少尉は肩を竦めた。

そして、ふと、疑問が湧く。


「二点はくれるんですね?」


不謹慎にならない程度に声を低めて、少し笑いながら問うと、

そんな彼とは違いマスタング大佐は大真面目な顔でうん、と頷いた。


「質問は確かに間違ってもいない。其の分はくれてやる。」

「よくわからんのですが。」

「これは死体だ、だが『生還』した。」

「生還とは生きている人間に対して使うもんですけどね。」

「身体は戻って来た。」


マスタング大佐のひどく落着いた声音を聞いて、ハボック少尉は眉を顰めた。

今すぐ此の安置室から出たいと思った。

あるはずの無い血腥い匂いと、あの腐敗臭が鼻に甦ったような気分だった。


「…その意味では、イシュヴァールでは本当にたくさん『死に』ましたからねぇ。」


ぽつりと小さく云うと、マスタング大佐は呆れたような自嘲するような溜め息を吐き、

行くぞ、声を掛けて踵を返した。はいよ、と答えて毅然とした背中を追いつつ敷居を跨いだ。

部屋を出た途端に、空気が少しぬるくなる。


識別プレートだけで戻って来た戦友の顔が、記憶にぼやけてよく思い出せなかった。






人間=肉体+魂

からだだけでももどってきたなら

どんなにかあきらめがつくだろう、と

(04.7.24)


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