17 畏怖(ファルマン准尉、アルフォンス)

 

確かにそう云えば今日は朝から妙な案配の天気で、空の色が少しいつもと違っていたようだと今になって思う。

図書館正面入り口の屋根の下から見上げた空は、妙に明るく黄金色に輝く陽光を零しているのに、

やけに分厚い灰色の雲が覆っていて、遠くには青空さえ覗かせているのに大粒の雫は絶え間なく注ぐ。

 

「困ったな…天気予報では晴れって云ってたのに…。」

 

隣りに立ち尽くす大きな鎧姿の少年は、その威圧的な見目に反した幼い声で呟き、

手にした数冊の分厚い書物をぎゅっと抱きしめていた。

其の動作も何処かまだ甘さを含み、私はそのちぐはぐなのに見慣れてしっくりくる様子を微笑ましく感じた。

 

「大丈夫だよ、通り雨だから、少し待てばすぐに晴れるだろう。」

 

「ならいいんですけど。僕だけなら濡れたって構わないんだけど、此れ濡らしちゃったらまずいからなぁ…。」


そう云いつつアルフォンスが視線を落として手元の書物を眺めやり、しみじみと溜め息を吐く。

其れに少し笑って同意し、残念そうにする少年の為にささやかながら明るい話題でも、と、

此の分だと綺麗な虹が見られるかもしれないと云うと、彼は眼に見えて嬉しそうな顔をする。

嬉しそうな顔、とは云え、やはり鎧は鎧なので表情と呼べるものはおおよそ見当たらないのだが。

 

「遠い東の島国では、こういう晴れて降る天気雨のことを「狐の嫁入り」と云うそうだよ。」

 

そうしてぽつぽつと落ちる会話の中でそんな小さな雑学を口にした時、少年はふと黙り、

何かを考えているような素振りをしたので、私は少し首を傾げて少年の話を促した。

 

一瞬の沈黙の後、彼はふっと笑った。

 

「きっと、とても厭だよね。」

 

其の声音に、私は一瞬肌を粟立てた。

彼には特に他意はなかったかもしれないが、何処か、昆虫の羽根を千切って笑うような、

そんな色が含まれているように思われて、その無邪気な声が何故か恐ろしくてたまらなかった。

 

(…いや、考え過ぎだ。)

 

彼は彼の兄よりも穏和で、心優しい少年だ。それはよく知っている。

だから一瞬彼の云った一言に感じた空恐ろしさは自分の考え過ぎであり、

無駄な深読みだったのだと自分に言い聞かせ、ありきたりな言葉を紡いで愛想笑いを浮かべた。

己の上司ほどには上手く笑みを作れていなかったかもしれないが、何も無かったことにして、ただ笑った。

 

「あ、准尉、ほら、雨上がりましたよ!」 

 

いつの間にか日照り雨は止み、千切れた雨雲の隙間から光のきざはしが落ちている。

嫁入り行列は霧散し、残るのは口元に貼り付けた笑みの残滓。

けれどどこかで、無邪気さ故のおそろしさが胸に蟠るのを私は見ない振りをして、

少年の指差す空を見上げる事に専念した。







 

 

(10.2.11)


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