15 休暇(マスタング大佐)
久し振りの非番なので昼前に目覚めた後簡単にパンを食し新聞を読みコーヒーを飲んだ。
コーヒーはブラックだった。
甘味を摂取したくなかった。
眠気覚ましになるかと思ったが褐色の液体を口中に含むにつれ、かえって意識が濁っていく。
近頃酷く忙しかったせいか、すべてがぼんやりと流れているようで、
ぬるま湯に浸かるような気分でどうも釈然としなかった。
胸を覆う灰色の靄がコーヒーの苦味にさえ全く動じない。
空を切るような倦怠感に新聞の文字列を追うのも何処か漫ろである。
椅子に深く腰掛けたまま背後を振り返った。
誰も居ない事は知っているがそうして常のように周囲への警戒心を思い出せば、
少しは頭がはっきりするかと考えたからだ。
しかし其の動作ものろのろとしているように感じられて、
焦りとも苛つきともつかない砂を嚼むようなざらつきが吹き溜まる。
何かが足りないのは明らかだった。
新聞を開いたままテーブルに投げ出して億劫だったが椅子を離れた。
長い間使った形跡が殆ど無いキッチンに踏み入り、濁った金属色のシンクを見下ろした。
無造作に投げ出されていた果物ナイフに手を伸ばし、柄の部分ではなく刃先を摘む。
鈍く輝く銀色は潔癖で、いつも見てきた血塗れの刃物達とは全くの別物である気がする。
刃先に指を滑らせて皮膚が一枚ニ枚裂けゆく様を眺めていると無性に顔が歪む。
休暇は好きなんだ。
仕事だってさっさと終わらせて帰りたかったし、
最低限の仕事以外を部下に押し付けて帰ったりも、ほんの少しだけ、したりもする。
命令しか出来ない老人達に媚び諂うのも厭きてきた。
血だって屍体だって焼け跡だって。
もういいんだ。
指先からぷつりと溢れ出した血に、平生の感覚を思い出す此の身体の恨めしさよ。
(04.2.8)
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