ピストル













ピストルを拾った。

其れはずっしりと重く、掌にひやりと馴染んで私の熱い指の熱を沈静させた。

頭の芯の方が少し温度を下げて、三本程の絡まった撚り糸をほぐし、規則的に再度結い上げられる。

外れ掛かっていた安全装置を外し、ハンマーを降ろし、引き金にきりきりと機械的に動く指を掛けた。


ピストルの扱い方なんて私は知らない。

しかし其処迄なら何となく理解出来た。

そうして私は本来なら其の銃口を銜えて引き金を引けば良かった。

私には其れが出来た。


、何をしているの、行くわよ。」


蛇の這う音でゆるりと笑い、大蛇丸は私を其の冷たくあまやかな指先で手招いた。

それ程低い訳でも無いのに、何処か其の声は地を這い私の足先から絡み付いて理解を得る。

思えば其れは確かに不思議な音色だと思う。


初めてこのひとに会った時から、私はこのひとの手に落ちる事がきっと決まっていたのだろう。

木の葉の里を潰す事とか人を殺す事とかに私は興味も何も無かったけれど、

私はこのひとの為に、このひとが私に命じればそうするしかなかった。


このひとの手足になり駒になりそして塵になり打ち捨てられる。

そう云った一連の終幕への経過さえ私には分っていたし、

スパイとして潜入していた、里のかりそめの友人にもそう云われ、里を出る際引き止められた。


でも私は先程も云ったように、最初からこのひとの手の中にあり、其処で初めて「存在」を得る。

それだけはもう覆す事ができなかった。

決められたさだめなど私は知らないが、このひとの為に死ぬ事だけは最初から当たり前のものだった。

それを私は肯定も否定もなく、ただの一つの個体として認知した。


「はい、大蛇丸さま。今行きます。」


静かに大蛇丸を振り返ると、もう彼は歩み始めており、

其の少し手前で薬師カブトが腰に手を当てて、私を温度も無く其の視線に晒していた。


私がこそりとピストルを懐に忍ばせて、大蛇丸の向かった方へ歩き出すと、彼も踵を返して大蛇丸を追った。

私が歩み出すのを見届ける為だけに彼は立ち止まっていたようなので、

後はもう私等構わずにさっさと大蛇丸の背を追い、姿を消した。


さくりさくりと落ち葉を退廃的に虚ろな眼で見下ろしながら踏み付け、ゆるりと歩く私には天も地もなかった。

じんと耳を済まして自分の歩く音と遠く聞こえる大蛇丸と薬師カブトの微かな足音だけを追ってそちらへ歩んだ。

脚が動くのももうどうだっていいような気がして、私は意識を遮断し、ただ足音を追うことだけをした。









私は大蛇丸の住まいを秘密基地と呼んでいた。

大蛇丸は其れを聞いて静かに笑ったが、禁止はしなかったので、其れ以降もそう呼んでいる。

別段秘密な訳でも、確かに大きな屋敷だったが別に基地と呼ぶような住まいではなかった、

けれど何となく其の名称が妙にそぐわないのにしっくりくる。


そんな「秘密基地」の小さな一室で、私はくらしている。

木の葉の里に潜伏していた時はこぢんまりとした一軒家を与えられていたが、

其処ももう戻る必要性が無くなり、私はあやふやに寝る場所を失って此処に住処を分け与えられた。


空いている部屋を何処でも使いなさいと云われて、私は一番小さな部屋を選んだ。

私にとって此の小さな空間が私のすべてだと良いと思った。

一種の退廃的箱庭願望なのかもしれなかった。

そうだとしても、もう私はどうでもよかった。


質素な真白いベッドに横たわり、懐にずしりと重いピストルを摘み上げるように取り出した。

薄暗い視界でよくよく矯めつ眇めつ其れを眺めてみれば、どうやら随分と風雨に晒されていたもののようで、

硬質な木材の嵌め込まれた柄が少しざらりと皮膚を掻く。


銃弾は無かった。

からっぽなピストルは私と類似する存在で、引き金を引いても其れはあまりに不毛でナンセンスな行為に成り得る。

まるで私がナンセンスな生き物であることと相違ない。

ベッドに身体を投げ出して仰向けに横たわったまま、からっぽで役立たずな玩具の銃口を額に向けて、

引き金に指を掛けてみると、最期の疑似体験をしているような気分だ。


今引き金に掛けた指に力を込めても何も起きはしないが、

きっと大蛇丸に捨てられて死ぬ間際もこんなふうに馬鹿馬鹿しく済し崩しで事は済んでしまうのだろう。

例えば其れが大蛇丸自身の手によらずとも、其れがかりそめとはいえ友人であったことには変わりの無い、

あの木の葉の忍達の手によったとしても、其れが薬師カブトが笑いながら伸ばした右手によってでも。

疑似体験も何もそう変わるものではないのかもしれない。


「そんなに死にたいなら殺してあげましょうか、さん。」


気付けば何時の間にか薬師カブトが扉に凭れて腕を組み、嘘くさく微笑みながら立っていた。

冗談ぽく云われた其の言葉が惜しいなと思った。


「薬師さん、私あなたの冗談嫌いです。

 どうせなら本気で云って欲しかった。」


其の言葉におやと眉を上げた薬師カブトは戯けるポーズで肩を竦め、

本当に死にたかったんですか、そりゃ失礼、と云って私を嘲笑した。

死にたい訳ではないのだけれど、彼が狂気の中に陶酔しながら笑みを浮かべて私を嬲り殺す様を見てみたいのだ、

と、そういう意味の事を説明するのが億劫だったので、

死にたいのではないとだけ無気力に呟いてからっぽな引き金を引いた。


「ねぇ、薬師さんは銃弾なんて持って無いかしら。」


「其れの?」


「うん。」


「残念ながら。」


口端だけで笑いながら尚も視線は私を嘲っていた。

彼の嘲笑はひどくいやらしい方法で人にひたりと纏わりつくのだけれど、

そういう気持ちの悪さが嫌いでも無かった。

むしろ不快感に眉根を寄せる事が心地よいと感じるようになった。

其れはマゾヒズムとはまた違った次元の話だ。


「君は大蛇丸様に死ねと云われたら死ぬのかい?」


腕を組んで彼らしい微笑を浮かべながら突飛な質問をする。

其の質問だけが彼らしからぬものであり、私は手にしていたピストルをごとりと床に落とし、

手脚を投げ出して少しだけ彼の方を向いた。

無視してもさして支障の無いようなどうでもよい質問だったが、

何となく返事を返す気になったのは本当に気紛れに他ならない。


「でも、方法を指示してくれないとどうやって死ねば良いのか途方に暮れてしまうよ。」


「はは、そういう意味で云ったんじゃないんだけどね。」


ではどういう意味なのかとはあまりに馬鹿馬鹿しくて問うつもりも無い。

どうせ意味等すぐに上の空で霧散してしまう。所詮は全て事実と実行だけが意味を成すものだ。


「薬師くんは私が死ねばいいと思う?」


「さぁね」


「死ねば良い、って、云っちゃえばいいよ。

 でもどうせ私のすべては大蛇丸さまに収束するから、君にはどうしようもないんだ。」


別に薬師カブトが私を殺しても大蛇丸は眉一つ動かさず声一つ荒げることはないだろう。

私は使い捨ての効く駒だから、そんなものが一つ減ってももっと使い勝手の良い駒は他にもたくさんあるのだから。


それを彼も私も知りながらも口先だけでは如何にも自己を取り繕っているように偽装する。

此の無意味な行為は無意味である事に何らかの意味を見い出そうとする行為であり、

其れ自体がまた無意味になるループなのだ。

薬師カブトは其れを全て承知して私を指先で弄んで暇潰しをしている。

そして私はそんなことどうでもよくて取り敢えず薬師に対応する事だけを考えていた。


さんのそういうところ、僕はとても好きだね。」


「光栄だよ薬師くん。」


つまらなそうに瞬きをしてゆっくりと息を吐いた。

頭の芯の方の熱が緩慢に膨張している。


「なぁ、薬師くん、私の首を絞めてみないか。」


彼は不可解そうに眼を細め、其れをして僕に何か利害があるのかと問う。

常識的で無い人間が常識的な事を問う。


「わたしもきみも、ナンセンスだな。」


溜め息を吐いて、頭の芯の熱に浮かされながらベッドで手脚を縮めて踞る。


「約束しなくていいけれど、いつか、もしきみに頼むことがあったら、

 其の時は私を殺してくれるかな? 薬師くん。」


薬師カブトは一寸黙って、音も無く部屋を出て行った。

全ては崩れて行く方へ、流れて行く方へ向かって行く。

多分彼はそう遠くない時間のベクトルの先で私を手に掛けるだろう。


約束はなくとも彼はそういうおとこなのだと私は思い、

明日銃弾を買いに行こうと思いながら頭の芯の熱に押し潰されて眠りに就いた。












fin.




つまるところ

わたしは矛盾を内包したいきものなのである

(04.8.24)


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