灯台を呼ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピオニー陛下が倒れた、と死霊使いから内密に伝えられた時は、まさか、嘘だろう、と鼻で笑ったものだった。

しかし振り返って見上げた彼の眼が常よりも些か暗いものであった為、思わず顔を顰める。

厭な予感に突き動かされるまま其の襟首を掴み上げ問い詰めると、私は直ぐさま陛下の私室に飛び込んだ。

 

横たわって目蓋を閉じた姿がまず眼に入り、血の気の引く音が波のようにざらざらと耳に障る。

陛下がゆっくりと目蓋を開き、私を視界に入れたその事実を認識して、不規則に脈打つ心臓が歪に跳ねた。

 

血相を変えて不敬にもノックすらせずに部屋に飛び込んだ私の顔色を見遣り、

ただの過労だ大袈裟な、と身を起こしながら陛下が笑う。

平生通りの、何一つ変わる事の無いその笑みを茫然と見つめながら、生温い涙が流れる感触を頬に感じた。

 

「結局…同じことではないのか、」

 

私は表情の欠けたままの涙を嗚咽も無しで垂れ流しながら、低く小さく呟いた。

少々騒がしい場所では聞き取れないようなぼそぼそした私のこんな小さな声を、

何故か絶対に拾って聞き取ってしまうのは、ピオニー陛下だけであった。

地獄耳の死霊使いでさえ時折聞き洩らすと云うのに、まこと奇妙な話だ。

 

ベッドに半身を起こして座る陛下を、少しだけ離れた場所から見下ろす。

存外元気そうに見えるが、此の男はちょっとした事を大袈裟に見せるのが頓に巧いし、

その逆も、厭になるほど巧く装ってみせる。

そう云う意味では、心底信用できない男なのだ。

 

「何が同じなんだ?」

 

「…貴方はかつて何も持たぬ私を弱いと云った。

 そして、貴方と云う存在に固執しはじめた私を、強くなったと云う。

 しかしどうだ、貴方を守る為に心の強さと云うやつを得たのと同じくして、

 失う怖さをも覚えてしまった私は、こんなにも弱くなったではないか。

 …これでは何も変わらない。私はくるしいばかりだ。」

 

「俺の傍にいるのは厭か?」

 

一見ニュートラルに見えるその嘘で塗り固めた笑顔を、ほんの少し睨みつける。

笑顔の割に、お前の返事がどうあれお前を手放す気は一切無い、と言いたげな検呑な眼が隠し切れていない。

まるで私情まみれな皇帝陛下の様子を見るに、最早溜め息さえ吐き出すのが億劫だった。

 

此の男に絆された自分も奇特だが、一体なんだってこいつは此処まで私に固執するのだろう。

それは、小さな狂気さえ伺える程の執着だった。

 

「…貴方のことだ、分かっているんでしょうに。

 私はね、厭ではない自分があまりに奇特だと、そう云っているのですよ。」

 

立てた片膝の上に頬杖をつきながら、陛下は愉快そうに朗らかな笑い声をあげる。

何処までが本気で何処までが演技なのか。

いや、あるいは、演じることさえ含めて、全て本気でしかないのかもしれない。

 

けれど、此の男が真実どれほど私への執着に狂気を孕もうとも構うまい。

私は既に此の男なくしては存在することも侭ならない。

陛下が、私の存在理由のすべてだった。

 

「…貴方は私の光だ。 貴方だけが、」

 

そう、貴方だけが、私の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 

(13.6.9)

 

 

 

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