至高の孤独
向けられたのは、波一つ無い海のような瞳だった。それはまるで、光を殺して闇を踏みにじる、暴力的な平穏の色をしている。
「俺は今、笑えているか?」
やおらこちらを振り返った陛下は、形だけ微笑んで穏やかに問い掛けてくる。
感情の起伏さえも平らに均したその様相にやや不穏を感じながらも、
暫し含みを持つ沈黙を落とした末に、私はただ、はい、と静かに肯定の言葉だけを紡ぎ捧げる。
私に、それ以外の一体何ができただろう。
私が、それ以外に何も云うはずはないと解っておられるだろうに。
陛下は歪な苦笑をこぼして肩を竦めて見せ、気の利いたこと一つ云えない、云わない、
人間の形骸を取るだけの極めて機械的な私を、小さなアイロニーを含めて詰る。
けれど彼の御方は、私を責めていると云う体裁をとりながら、その実、自らの御心を切り刻んでいるのだった。
自嘲に歪むその口元を見れば、厭でも其の事に気付いてしまう。
陛下が私に何を求めておられるのかを漠然と理解しながらも、
とても忠実で残酷な臣下たる私は、ただただ何も知らぬふりをする。
私は御前に跪いたまま頭を垂れ、決して顔を上げようとはせず、次の命令が下るまで身じろぐことさえしない。
こうする事が、臣下として最も相応しい態度であり、
そうある事が、今の陛下に対して最も残酷な仕打ちであったとしても。
私は陛下を崇拝している。信仰していると云ってもいい。
ローレライなどと云う得体の知れぬものよりも、ユリアなどと云う大昔に死んだ女よりも、よほど確かな信仰対象だろう、
と、自嘲混じりに吐き出せば、其れを聞いた同僚は異端者を見るような眼で私を見たものだった。
所詮その程度の事なのだ。
彼の同僚は、皇帝だから陛下に従っているだけだ。
私は他の何よりもピオニー陛下自身に執着して隷属を誓い、
その結果、陛下をより孤独の淵に追い込もうとも構いやしないで、
馬鹿の一つ覚えのように頭を垂れて、飼い馴らされた犬のように命令を待ち続けるのだ。
所詮はその程度なのだ、誰も彼も。
こんな私も。
統治者はいつだって孤独だ。
その孤独を理解してなお一層の孤独を強いる私を、陛下は、恨んでくださるだろうか。
fin.
(11.7.9)
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