※刃物や流血等、痛い表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クオリア

 

 

 

 

 

 

時々、私は食物を摂取するという行為が厭で厭でたまらなくなります。

食物を口に入れて咀嚼して呑み込んで分解して消化して吸収して排泄して、

そんな生命維持の為の生物にとって本能的で普遍的なことが、酷く醜く、身体を汚す行為であるように思えてならないのです。

生物の体裁を保つ為の革、その内側に体積し続ける穢れが、私に堪え切れない屈辱と嫌悪を想起させるのです。

 

此れ以上、身体の内側を汚したくない。

食事を拒否してそう云った私を、貴方がその温度の無い眼で、硝子越しの赤い色で、実験動物を観る眼で、

そんな、眼で、見るから。

私は貴方の与える心地よい羞恥と不愉快な安堵と吐き気のする自己嫌悪に押し潰されそうになります。

いえ、いっそ押し潰されてちいさな肉片になるまで解体されて、

わたしという個体ではなく、人間と云う生物のただの部品と成り果てた方が、

余程世界に対してすばらしい貢献をしていると云えるのではないでしょうか。

 

ああ、話が逸れてしまいましたね。

ともかく、私は以前もこんなふうに思い悩み、

食事することを拒んで、少しでも身体の内側の汚濁を濯ぎたいと考えたのです。

私はとても追い詰められていました。

生物としては何の罪もない、生存本能のプログラムに忠実な脳髄。

その浅ましさに、憎悪さえ抱くほどに。

 

私は羞恥と拒絶と絶望と狂気の混ぜ合わさった混沌の中で、ふと考えました。

食物摂取することで汚濁して行く器官そのものを取り除いてしまえば、

もうこれほどの苦悩と苦痛と屈辱を味わうこともないのではないかと。

 

苦しみに半ば発狂しかけた私にとって、それはとても良いアイデアであるように思われました。

そして私は、その素晴らしいアイデアを実行に移したのです。

 

自分の腹にナイフを当て、真直ぐに引いて、わたしを覆う人間の革を切り開き、

その穴を押し広げて穢れを孕んだ臓器を取り出そうとしました。

けれど実際は、そうすることはかないませんでした。

 

自らの腹にするりと差し入れたナイフを動かそうとしたその時、

短く鋭い声をぴしゃりと浴びせられると同時に、何者かの手によって、

差し入れたばかりのナイフを腹から引き抜かれてしまいました。

私の手の届かないところ、そう、部屋の隅っこあたりでしょうか、

乱暴に振り上げた刃先から赤い飛沫を跳ね上げながら、ナイフを投げ捨てられてしまったのです。

 

体温とともに、どくりと革の切り目から血液が流れ出すのを必死で阻止するかの様に、

ナイフを投げ捨てたその人物は、大きな暖かい掌を私の傷口にぎゅうぎゅうと力任せに押し当てて、

人形のようにぐにゃりと力の抜けた私の身体を、きつく抱きとめていました。

 

そして、耳鳴りの向こうから、私の名前を呼ぶのです。

叱責や、懇願や、動揺や、悲憤や、そのどれともつかないような声で、

何度も何度も、私の名前を呼ぶのです。

 

体液が流れ出るのと呼応するように視界が少しずつ霞んで行くので、

見上げたその人物の顔はよく見えませんでしたが、

切実な、それでいて怒りを滲ませる美しい瞳の色は、はっきりと識別できました。

 

其の瞳は、私の切れ目から流れる液体と、同じ色をしています。

その冷たくも苛烈な一対の赤は、この世のものとは思えない美しさを讃えていました。

 

微笑んだ私を、あなたはきっと、軽蔑するのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 

(11.6.11)

 

 

 

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