執行人の夜

 

 

 

 

 

 

 

うつらうつらと睡眠と覚醒の狭間を彷徨う丑三つ時。

とある小さな街の小さな宿、身じろぐ度にぎしぎしと音を立てる粗末な寝台の上に仰向けに横たわる。

ごわごわした、肌触りのいい、とはとても云えない毛布でも、まだ清潔感があるだけマシと云うものだ。

 

旅にも野宿にも慣れたとは言え、やはり見知らぬ場所では眠り難いようで、私は大抵寝付きが悪い。

妙な所で繊細さを発揮する自分に呆れながら、漸く辿り着いた眠りの淵に身を委ねる。

 

今日は人数と部屋の関係上、私に一人部屋が宛てがわれる事になった。

いくら少しは気心が知れてきたとは言え、たかだか出会って数ヶ月の他人である旅の同行者達と、

四六時中一緒にいるのは、個人主義の私には少々息が詰まる。

最も、そんな本心はおくびにも出さず、ただにこにこしているのが私の現在の立ち位置だったが。

 

他人の気配のない小さな部屋は静かで、穏やかな死にも似た温い安堵を覚えながら、

ふわふわと沈み行く意識に身を任せる。

そんな時、ふと木板の軋む様なかすかな音が、

眠りの水面の上から聞こえてきた様な気がして、沈み切らない意識が引っかかる。

何だろう、と覚醒に充たないままの状態でぼんやりと考えていると、

気配と足音を殺しながら、静かに誰かが私の眠る寝台へと近付いて来るのがわかった。

 

危険は不思議と感じない。

幾ら私でも殺意や悪意と、そうでないものの区別くらいは付くようになった。

同行者のうちの誰かだろうと予想しながら、夢うつつのまま覚束無い瞼をゆるりと持ち上げる。

 

カーテンの隙間からこぼれ落ちるルナのささやかな灯りに照らされて、

闇の中にうっすらと見えたのは、私を見下ろす一対の赤い眼だった。

 

赤い眼の持ち主であるその男は、ぼんやりと見上げる私をただじっと見据え、黙り込む。

やがて僅かな衣擦れの音と共に滑る様になめらかな動作で、冷ややかな其の指を私の首にひたりと巻き付けた。

骨張った大きな手は私の首を容易くすっかり包み込み、そうかと思えば徐々に力が込められていく。

 

常より、(それも強ち比喩でもなく、)自分の身体の一部であるかの様に鉄の槍を使いこなしている男であるから、

本気で力を込めれば、きっと私の頼りない頸骨などあっという間に折れてしまうだろう。

それなのに、じわじわと嬲るように緩やかに力を込めていくこの有り様は、

此の男のする事とは云えど、些か悪趣味が過ぎるのではないだろうか。

 

徐々に苦しくなり、気付けば私は喘ぐように唇を開いてかすかに呻き声をあげていた。

酸欠で意識が遠のきそうになった時、突然私の首を締め付けていた手から力が緩められた。

反射的に私は咳き込みながら、身体をくの字に折り曲げてぐったりとシーツに顔を伏せる。

 

ひゅうひゅうと奇妙な呼吸を宥めながら、私は乱れた髪の隙間から何気なく男を見上げた。

彼は身じろぎもせず、ただ先程と同じようにじっと私を赤い眼で、無表情に、無感情に見下ろしたまま。

先程迄私の首を締め付けていた手を、不自然に虚空で強張らせたまま。

 

表情も感情も感じられないその上っ面が、如何にも男の内面の動揺を如実に表している様な気がして、

私はそんな男の存在の仕方そのものが、大層滑稽に思われた。

 

息苦しさと乱れた呼吸と僅かな吐き気を堪えながら、私は、ははっ、と小さく掠れ嗤う。

声も無く、ただただ嗤い続ける。

 

気が違ってしまったかのように嗤う私を、それでも男はただ見下ろしていた。

ああ、なんて哀れで滑稽なひとだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 

(11.6.11)

 

 

 

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