宵蟷螂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、定まった顔と名を持たぬ彼が「ヤマト」と云う名を与えられて仕事をしていた、帰り際の出来事だった。

 

 

此の度の彼の任務は、彼が本来所属している暗殺戦術特殊部隊としてのものではなく、正規部隊としての其れで、

平生暗部として動物を模した面を着用している時とはまた違った感覚がするものだと考えながら、

何喰わぬ顔で雑踏の中を人混みに紛れて闊歩する。けれど所詮は面をしていようがいまいが、

感情を表に出さぬ事を常とする忍にとって、己の顔すら仮面とそう変わりはしない、と、彼は内心嘯いた。

 

当初は七日程掛かる予定だった単独潜入任務も、優秀な彼には些か役不足である事には相違無い。

彼らしい几帳面で慎重な動きでじっくりと行われたそれは、それでも完遂される迄に四日も掛からなかった。

手応えが無いと云ってしまえばそれまでだが、しかし彼は仕事にスリルや楽しみを求めるような人物ではなく、

結果を事実として受け止め合理的判断をするのみ、ただそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 

彼のそう云った辺りの融通の利かない部分を指摘し、揶揄するようにからかわれる事もしばしばであった。

(最も、そんな下らない言葉遊びに彼を巻き込もうとするのは、彼が「先輩」と呼ぶ銀髪の上忍くらいではあったが。)

 

 

そんな余談はさておき、彼は昨日の内に請け負った任務の後始末を終えてしまったので、

他の諜報に回っていた別の部隊員達と隣の街で明日の昼に合流し、後はそのまま里に帰還する予定だった。

隣町迄は彼の脚なら走って半時間も掛からない、どうせ明日の昼にならなければ他の部隊員達も来ないのだからと、

今日は此のまま、此の街に一泊だけ滞在することにしたのだった。

 

 

 

 

雨の匂いの漂う宵の口、街は昼間の活気とは裏腹に、ひそひそと気配を鎮めて口数少なく闇に踞る。

此処は村よりは大きくて、街と呼ぶにはやや小さい。元々観光地として開拓された訳では無いので、

大通りに面する飲食店以外は早々に店終いしており、住宅群は静かに住人が寝入るのを見守るばかりだ。

 

厚い黒鼠の雲が夜天をしっとりと覆い尽くし、湿気を含んだ空気は重くやや冷たい。

此の様子だと夜半あたり雨が降るかもしれない、と、ヤマトは月も見えない真っ黒な夜空をちろりと見遣る。

彼はそこらの店で適当に夕食を済ませ、街灯もまばらな薄暗い通りを、宿へ向かって足早に歩いていた。

 

窓から明かりのこぼれる住宅の中を突っ切った所で、とうとう、ぽつりとやや大粒の雫が頬に落ちたのを感じた。

ああ、せめて宿迄保ってくれはしないだろうか、と彼が苦笑したのにも構わず、

重く垂れ込めた雨雲は、堰を切ったように抱きかかえていた雨飛礫を地上へ向けて解き放つ。

 

 

ヤマトが取った宿は街外れに近い場所にあり、此処からでは少し遠い。

彼が本気を出して走ればなんてことはない距離ではあるが、この大雨では濡れる事は免れないだろう。

どうしたものか、と彼が足を速めた其の時、突き当たりに古い寺院の立派な門構えが眼に入った。

取り敢えずは屋根のある所で雨宿りをしようと算段をつけ、ぱしゃりとぬかるみ始めた地面を蹴る。

 

門の屋根の下、無駄とは知りながらも濡れた肩や袖の水滴をはたはたと申し訳程度に払い、いよいよ勢いを増し始める雨空を見上げる。

彼は其の雲の様子から長雨にはなるまいと察しをつけ、ひとまず雨脚が弱まる頃合い迄はと雨宿りを続けることにした。

 

改めて自分が屋根を借りている門をまじまじと見れば、黒く燻した木板を組んで作られた分厚い扉には、

それとはまた別の素材の板が、扉を閉ざすように釘で乱雑に打ち付けられていた。

その様子や門構えの風化の具合から、此の寺院が廃寺になって久しいことが見て取れた。

所有者不在であれば屋根を借りる事を咎められる事もあるまいと、ヤマトは己の不運に呆れながら小さく溜め息を吐いた。

 

 

扉に凭れて腕を組みながら、どうすることもできずにじっと佇んでいると、ふと人間の気配が近付いて来るのに気付いた。

其の人物がぱしゃりと水たまりを跳ね上げながら軽い足音とともに走って来るのがわかる。

ヤマトは、其の感覚からまず相手は忍ではないようだ、と無意識に尖らせていた自らの神経を少し宥めた。

 

既に習い性となってしまったその無意識の行動に、忍とはつくづく厭な生き物だなと彼は小さく苦笑し、

それでも扉に凭れた体勢はそのままに、近付いて来る気配の主に意識だけはしかと向けていた。

 

少し息を切らせながら、ぱっとヤマトがいるのと同じ屋根の下に慌てて飛び込んで来たのは、まだ年端も行かない小柄な少女だった。

彼は「先輩」が今担当している下忍の子供達と歳の頃はあまり変わらないぐらいだろうか、と無意識に思いを巡らせる。

そう遅い時間ではないとは云え、彼女が一人でこんな寂しい夜道を歩いている事を少し不可解に思いながらも、

呼吸を必死で整えながら片手で胸元を抑え、扉にもう片手を付いて縋るように立つ、その酷く頼りない姿を彼は横目で見下ろしていた。

 

少女は濡れた髪からぽたりぽたりと水を滴らせており、ヤマトよりも随分と雨に濡れてしまっているようだった。

身体を撃つ飛礫に体温を奪われたのか、剥き出しの肩も腕も、俯いた髪の隙間から覗く頬も、血の気が引いているように見えた。

少女の着ている白いワンピースはすっかり濡れて、象牙色の皮膚にひたりと張り付いている。

 

その、布一枚隔てた向こう側にある、少女の肌の色が僅かに透けて見える事に気付き、

彼は一瞬己の胸の内でぐらりと動揺が走ったのを無理矢理に打ち消して、彼女を観察していた視線を慌てて引き剥がした。

馬鹿馬鹿しい、と自嘲し、彼は常にそうあるように極めて冷静に、少女が何らかの不審な行動をとりはしないかと一挙一動に気を配った。

一般人であることは分かっているにしろ、こんな時間に此の幼い少女が此処に居る事には、やはり少し違和感を禁じ得ない。

 

少女はようやく荒い呼吸の収まった身体を起こし、冷えて強張った指で額に張り付いた髪筋を払い、はぁ、と小さく息を吐いた。

そうして一息ついて、ようやく門に凭れて立つヤマトに気付いたらしく、くるりと眼を一際見開いて彼を見上げ、

けれど直ぐにゆるりと其の眼を細めて、小さくあまやかに微笑んだ。

曇り無い眼で真直ぐにこちらを見つめられれば、無視するのも不自然になるかと思い、ヤマトもまた何気ない動作で彼女を見下ろした。

 

こちらを見上げる血の気の引いた小さなかんばせの中で、きゅうと弧を描いた彼女の真朱の唇が、

ヤマトには何故か妙に眼を引かれるように思われて、何となく意味も無い後ろめたさに視線を逸らしたくなった。

けれど、何も疚しい事など無いのに視線を逸らすのも又、彼の矜持を傷付ける事のように思われて、そのまま少女と暫し視線を交わす。

彼に奇妙な緊張感を感じさせたその沈黙を先に破ったのは、あどけなく微笑む少女の方だった。

 

「ねぇ、お兄さん。

 わたしもここで雨宿りしていい?」

 

彼女は小首を傾げながら、ひそりとした声でヤマトに一言問い掛ける。其れと同時に、またぽたりと彼女の髪先から雫が落ちた。

昼間の街中ならきっと聞き取れなかっただろう声量だが、雨音を背景にしてはやけにくっきりと彼の耳に届いた。

 

甲高いと云う訳でも無く、けれど低くもない。

特別印象に残るような声ではない筈なのに、其の声は既に耳から離れなくなっていた。

ヤマトは喉の奥で滲む焦燥に似た狼狽を押し殺しながら、何でも無いようににこりと笑みを取り繕って頷いた。

 

「ああ、もちろん構わないよ。

 ボクも雨宿りで軒先を借りているだけだからね。」

 

「そう、ありがとう。」

 

そう云ってただ無邪気に微笑んだ少女に少し安堵を覚えながら、ヤマトはそれとなく彼女に会話を持ち掛けた。

何かあるという証拠を探る為ではなく、何も無いという確認をする為である。

 

「君も災難だったね。随分濡れてしまっているようだけど、」

 

「そうなの、お家に戻る迄は、保つと思ったのに。

 早く止んでくれるといいんだけど。」

 

「ああ、多分、これは通り雨のようなものだから、すぐに止むと思うよ。」

 

「ほんとう?よかった。

 …お兄さんって、物知りなんだね。」

 

少女は心底感心したふうにそう云って、まっすぐに曇りの無い眼をヤマトに向ける。

彼は其の稚い表情にすっかり毒気を抜かれてしまい、こっそりと苦笑する。

 

「君は、此の街の子かい?」

 

「ええ、そうよ。お兄さんは違うの?」

 

「ボクはただの旅行者だよ。

 それにしても、こんな時間に一人で出歩くのは感心しないな。」

 

「ふふ、心配してくれるの?

 ありがとう。お兄さんはやさしいね。」

 

ゆるり、と、少女がまた眼を細めて微笑んだ。

其の笑みがやけに艶めいて見えたのを、ヤマトははっとして、すぐさま気のせいだと自分に云い聞かせながら何気なく視線を逸らした。

先程から自分はどうかしている、と緩く頭を振って余計な思考を振り払っていると、不意に隣から小さなくしゃみが聞こえて来た。

 

見れば少女はふるりと肩をひとつ震わせ、身を縮めながら自分を抱き締めるように両腕を擦っていた。

伏せた睫毛の先を、また髪筋を伝ってこぼれ落ちて来る雫が濡らしている。

 

特別見目が美しいと云う訳でも無く、見る限りごくごく平凡な少女だと云うのに、

其の容貌は不思議に印象深く、ともすれば蠱惑的にさえ思われて、どうしたことか気付けば眼を奪われていた。

彼は胸の内に蟠った得体の知れない感覚を唾液とともに云い掛けた言葉ごと飲み込んだ。

 

しかし其処は彼も一流の忍なので、一瞬で気持ちを切り替えると、困ったように少し眉を下げてみせた。

 

「ごめんね、上着でも持っていればよかったんだけど…。」

 

濡れたせいですっかり冷えきってしまったその小さな身体を震わせていた少女は、

そう云った彼をきょとんと見上げ、にこりとしてから気にしないでとばかりに首を横に振る。

其の弾みでまたぽたりぽたりと滴る雫が彼女の服を濡らした。

其れを見ないようにするヤマトの少々不自然な様子には、少女は気付かなかったようだった。

 

「ねぇ、もう少し、傍に行ってもいい?」

 

「え?…あ、ああ、いいよ。」

 

彼は、少女の言葉に何ら他意が無い事が分かっていながらも、思わず動揺してしまった己が情けなかった。

人間一人が近くに居るだけで、暖かさは随分と違って来る。

少し言葉を詰まらせた事には構わず、少女はヤマトの言葉にまたにこりと嬉しそうに微笑んで彼に歩み寄る。

腕が辛うじて触れない程度の、ほんの僅かな距離を開けたその隣で、彼と同じようにそっと扉に背をくっつけた。

 

彼の「先輩」の受け持つ子供達と同じくらいの歳だとは云ってみたが、其れにしても、少女は彼らよりも幾分幼く見える。

忍としての厳しい教育を受けて来たか、一般家庭でごく普通に育てられて来たかの違いではないだろうか、と彼は考えた。

 

何より、少女にはまるで警戒心と云うようなものが、ごっそりと抜け落ちてしまっているような気がしてならなかったのだ。

幾らヤマトの対応から、彼が人当たりの良さそうな人物に見えたからと云って、

見ず知らずの男にこうも無防備に近寄って来ると云うことが、彼にしては信じられない事のように思われた。

余計なお世話だとは自覚しつつも、彼は少し此の少女の幼すぎる性質が心配になる。

 

「あのね、わたし、っていうの。

 ね、お兄さんの名前は?」

 

「ボクは、  ヤマト、だよ。」

 

ヤマトの心配を他所に、彼女はそう云ってあどけなく彼に笑いかけた。

そんな少女に対して名を教えることを拒否するのも奇妙であるし、けれど少し躊躇しないでも無い。

結局彼は、どうせ此の任務におけるコードネームであって本名では無いのだから、と思い、ヤマトと云う名を名乗ることにした。

 

「…ちゃん、ボクが云うのもなんだけど、

 あんまり見ず知らずの人間を信用しすぎるのは、危ないと思うよ。」

 

「どうして?」

 

「いや、あの、どうしてって…、」

 

純粋に疑問だけを浮かべるその無垢な視線が痛く、また、少女の其のあんまりな切り返しに、ヤマトは思わず言葉に詰まる。

世の中には悪い人もいるのだと云うような事をしどろもどろに呟く彼に、は首を傾げながらまっすぐに彼を見上げていた。

彼女は凭れ掛かっていた門から背中を離し、ヤマトを下から覗き込むようにしてずいと身を乗り出してくる。

 

「ヤマトさんは、悪いひとなの?」

 

「えー、いや、そういう訳じゃないけど、ね…。」

 

近過ぎるその距離に彼らしくもなく動揺し、覗き込んで来るから身を引こうとしたが、

背中を門扉に預けていた体勢上、それ以上逃げる事も叶わず、焦燥だけがじわりじわりと彼の鼓動を蹴り上げた。

 

はたりと瞬きながらヤマトを覗き込む彼女のその眼から、ヤマトは逃げるように視線を逸らしたが、

少し力を入れただけで簡単に折れてしまいそうな細い首と、雨に濡れて雫の這う滑らかな肌、

そして未発達な乳房の小さな膨らみが視界を掠めた為、彼はますます意図しなかったはずの疚しさに駆られる。

 

表情だけはあまり変わらずに、落ち着きを保っているかのように取り繕っていたが、

平生のペースを取り戻せない自分がひどく落ち着かず、彼はやや居心地の悪い思いをしていた。

 

はただ、無垢な眼でゆるりと微笑んでいる。

ならいいじゃない、と頑是無くそう云う彼女の真朱の唇の隙間からちらりと覗く舌を見て、ヤマトはまた云い掛けた言葉を飲み込んだ。

 

やがては一頻りにこにこして満足したらしく、また門扉に背中を預けた元の体勢に戻り、ヤマトは内心ほっと息を吐いた。

まだ止まないね、と呟きながら空を見上げる彼女に習い、彼もまた何気なく空を見上げる。

雨脚は相変わらず弱まる気配を見せず、まだ暫くは此処から身動きが取れそうにない。

心無しか雨音に混じって僅かに雷鳴さえ聞こえて来た。全く付いてない、と彼は少し肩を落とした。

 

「あまり遅くなったら、親御さんが心配してしまうんじゃないのかい。」

 

「うん。でも、こんな急な大雨だもの。

 大体こうなってるんじゃないかって、きっとわかってると思うの。」

 

それよりも無理して濡れ鼠になって帰った方が、きっとよっぽど心配されちゃうわ、と彼女はそう云って悪戯っぽく肩を竦めた。

そりゃそうか、と彼もまた少し困ったように笑って見せる。

 

「あ、」

 

奇妙に途切れた声を上げ、がふと弾かれたようにぱっと空を見上げた。

其の瞬間、ぱっと一瞬空が白く光る。

雨の飛礫がきらきらと其の光を含んだまま地上に降り注ぐのを二人で眺めていた其の直後、

鼓膜を突き破らんばかりの雷鳴が、わっと大気を劈くようにおどろおどろしく鳴り響いた。

 

「っ、」

 

ヤマトは声にならない少女の悲鳴が聞こえたと認識するのと同時に、彼女と隣り合った自らの腕に柔らかい何かが縋り付いたのを感じた。

 

情けないことに、彼は大気を震わせた雷鳴よりも、彼の腕に思わず掴まってきたに驚いていた。

彼は動揺のあまり一瞬言葉を見失ったが、僅かな沈黙の後、ようやく此の場に相応しい言葉を探り当てて口にする。

 

「…ちゃん、大丈夫かい?」

 

自分はともかくとして、彼女は一般人であり、しかもまだ子供なのだ、雷を怖がったとしても不思議ではない。

そう思い至ったヤマトは、身体を強張らせたを落ち着かせるように、幾分声を柔らかくして尋ねる。

むしろ落ち着くべきなのは自分の方か、と内心自嘲を噛み殺しながら。

畢竟、暗部一の使い手と称された自分が、少女に腕を掴まれたくらいでぴしりと固まって身動きがとれなくなっていたのだから。

 

そんな彼の内心の動揺など知る由もないは、伏せていた顔をぱっと上げるやいなや、

丸く見開いた眼ではたりと瞬き、びっくりした、と、気の抜けたような声で小さく呟いた。

片手はまだヤマトの着物の袖をゆるく掴みつつも、もう片手で跳ねる心臓を宥めるように小さな胸に手を当てている。

 

奇しくも雨宿りの為に此の屋根の下に飛び込んで来た直後と同じような彼女の仕草を、ヤマトは無意識の内にじっと見つめていた。

ふと見上げて来ると眼が合った事で、初めて其の事に気付いた彼は、其れを誤魔化すようにもう一度大丈夫かと問う。

 

「ごめんね、ヤマトさん。

 大丈夫、ちょっとびっくりしただけ。」

 

「雷が苦手なのかい?」

 

「ううん、そういう訳じゃないの。でも、あんまり突然大きな音がしたから。」

 

確かには怯えているような様子ではない。

彼女が云った通り、ただ本当に不意を突かれて驚いただけのようだ。

その事に安堵しつつも、ヤマトは自分の着物の袖を掴む、彼女の冷たく柔らかい手の感触に、気が気ではなかった。

 

彼女が、自分に触れている。

そんな有り様がひどく艶かしく感じられて、彼は鼓動が不規則に歪むのを自覚した。

 

 

けれど同時に、彼女の稚い仕草や無垢な表情を見れば見る程に、

其れは触れることさえ躊躇わせる、清らかなものであるかのように思えてならなかったのだ。

 

 

 

 

触れる事其れ自体がまるで、知恵の実よりも馨しい、甘美な背徳であるかのように。

 

 

 

 

「…」

 

「ねぇ、ヤマトさん、どうかしたの?」

 

ちゃん…、」

 

突然黙り込んでしまったヤマトに気付いて、はそっと小さな両手で彼の腕へとしなやかに寄り掛かり、

先程と同じように彼の顔を覗き込みながら、無邪気に小首を傾げて不思議そうな顔をする。

 

じっと、食い入るようにを見つめてくるヤマトの視線を受けて、

彼女は何を思ったのか、ついと眼を細め、真朱の濡れた唇は緩やかに弧を描いて、

少女らしからぬ、ぞっとする程にあまやかな蠱惑の笑みを浮かべた。

 

ちゃん、と、もう一度譫言のように呟いたヤマトは、

自由な方の手を、ゆっくりと彼女へと伸ばす。

 

 

 

其の手が彼女の柔らかな肌に触れてしまえば、

 

彼は、もう戻れないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやもういろんないみでほんとごめんなさい

(10.4.10)

 

 

 

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