捻くれジェノサイド















私は校庭を歩いていた。

いや、正しく訂正すれば、私はセブルスを校庭中あてもなく連れ回していた。


私のやや生々しく冷たい手がセブルスの手首を捉えたままなものだから、

セブルス少年は私の、あてのない、その上理由もない散歩から外れる事が出来ずにいた。


しかし、彼は本当はこの手を振払う事も出来たのだ。

おんなの私では、幾ら彼の手首が私よりも細くて白くて爪が綺麗だったとしても、

(それはそれでくやしい)力の面では到底適うはずもなかった。


手を弾かれたらすぐに離れてしまいそうな危うい関連性を保ちつつ、

結局今まで散々ハグリッドの小屋の近くや、立ち入り禁止の森の前、湖、中庭等、

私は彼に手を離される事なく連れ歩く事に成功していた。


これは一体なんだろう?

彼なりの優しさなのか。それだと私の都合の良さ過ぎる解釈になるかもしれない。

私の真意を図りかねて様子を見ているのか。それは、あり得るかも知れなかった。


私の隣を、私に手首を掴まれたままのセブルスがいつもと同じ不機嫌に眉を顰めた表情で歩いている。

ややゆっくり目の私の足取りにあわせると多少歩きにくいようだった。

そういえば彼はとても歩くのが速かったように思う。


あまり人間の群れた集団体系の行動を好まないセブルスは、多くても2、3人が隣にいるくらいで、

1人でいる事もかなり多かったと、私は確かに記憶している。

その時の彼の歩調といったら、私は早足でようやっと追いつけるようなものだ。


無意識的に視線で追いかけてしまっていると言うのは、できれば黙認して頂きたい。

何故ならば私は、彼、セブルス・スネイプを好いているのだから。

私とてその理由となるべき感情の根拠は何一つ理解できていないし、恋愛感情等そういうものだろう。

・・・・と、自分の内でまとめあげた台詞を、私は内なる私に対して大仰に告げた。


何も言わずにただ黙々と歩き続ける私達は一体何をしているのだろう。

自分でも少し呆れかけながらも、微妙な居心地の良さを感じさせる沈黙と温かいセブルスの手首の感触、

今突然にそれらを失うのはとてもとても惜しい気がして、歩みを止める事は出来なかったのだ。


この途方の無い、むしろ私にとって救い様も無い散歩の始まりは、

早めに終了した授業から戻ってくるセブルスを、人のいないガランとした玄関ホールで見かけた事だった。
















「やぁ、セブルス。」


私がセブルスの行く手を遮るように正面に立ちはだかって、片手を上げたのが珍しかったのか、

彼は私に対して、眉間の皺を少し緩ませた訝しがるような表情を見せた。

片手に抱えた、使い込まれたような教科書やら羊皮紙やらが、彼の手を浮かび上がらせて見せている。


全く何気ない風をした私だったが、それは彼の姿を認めた瞬間に浮かび上がってきた、

とある衝動の為の前置きのようなものだった。

微妙な沈黙の後、セブルスは通常の不機嫌顔に表情を戻して、あぁ、と短く告げただけだった。

その時、彼は私を見もしなかった。


、いった・・・」


だよ。」


「・・・・・。・・・・、一体こんなところで何をしている?」


これほどまでに嫌そうな顔ができるのかと言うくらい顔を顰めて溜め息をつきながら、

セブルスは律儀に私のファミリィ・ネームをファースト・ネームに言い換えてくれた。

彼に名前で呼んで欲しいと告げてから実際に言い換えてもらえるまで、一体何年かかったことか。


しかし、今は強いればようやく呼んでもらえるが、私が訂正するまで絶対に彼は名字を呼ぶのだ。

一体何処まで強情に奇妙な主義を貫くつもりなのだろうと、私は内心苦笑いをした。

いい加減ファースト・ネームに慣れたらどうだい、と私が言うと、彼はちょっと苦々しい顔をしていた。


「別に何もしてないよ。授業終わるの早かったよね。明日は休みだし、楽な事この上ないや。」


「課題があるだろう。」


「ま、何とかなるよ。」


「・・・・・来週の授業でお前が減点される姿が目に浮かぶようだ。」


「減点されない程度に、手を抜いて頑張るよ。

 ただでさえ協調性が無いのに、脚引っ張るような真似したら寮の皆に申し訳ないからね。」


肩を竦ませて戯けたポォズをとってみながら、私は笑って言った。

寮対抗杯とかクィディッチの優勝とか、熱意を燃やす人達には申し訳ないのだが、

私はそういったものにあまり興味も感心も湧かなかったのだ。


時々その周囲との温度差が寂しく感じたけれど、今更温度をあげることもままならない。

熱血な感じが嫌いなのでは無く、それに混じれない自分の本質的冷たさ故に混じりあえないのだ。

どちらかと言えば賑やかなことやらお祭り騒ぎは、好き嫌いの面からすると「好き」な方なのだが。


しかしそれにしても、各々の寮のほとんど全員が頑張っている中で、

私1人脚を引っ張るのは私もいい気分では無いし、迷惑をかけるのは御免だった。

出来うる限り、無駄に長いこんな奇妙な人生で、私は人の迷惑にならないような生き方をしたいものだった。


「何故はそう手を抜いて怠けようとする?

 どう振る舞おうが僕には関係ないが、それ程お前は頭が悪い訳ではないだろう。」


「(・・・それ、褒め言葉だと思っていいのかなぁ?微妙・・・。)

 う〜ん、だってそりゃあ学校にいる事の本分は、学ぶ事なんだけどさ、

 なんて言うのかな、課題を理由に自分で使える少ない時間を無駄にしたく無いと言うか・・・・。」


言い訳がましく聞こえてしまっただろうか、セブルスは少し強めに眉を顰めて私を睨むような目で見ている。

ホグワーツで知り合ってから随分と長い付き合いにもなるのだが、

彼の表情が意図する感情や思考の断片を読み取るのは大変難しい。


「あぁ、いや、課題が無駄だと言ってる訳じゃ無いよ。

 ・・・考えを的確に言い表わす術なんてないよ。全く。」


「ふん、まぁいい。」


納得したのかしてないのか分からないが、どうやら言い逃れしたいが為の弁解ではないのだと、

そう言いたかった事だけは理解してくれたのだと思った。

あぁ、こんなさり気ないあっさりとした「理解」があんまりにも嬉しかったせいで、

私はぐっと胸の奥に何か得体の知れない巨大な感情を詰まらせた。

掻きむしりたくなるような愛しい衝動。


そして、私はつい今まで忘れていた初心を思い出す。

彼を、セブルス・スネイプをわざわざ引き止めた理由である、同種の衝動の一つだ。


「ねぇ、セブルス。これから貴方は何処へ行って何かをする義務をお持ちですか?」


わざとらしいような丁寧口調で訪ねると、彼はあからさまに不機嫌な顔をしながらも、

いいや、とまたしても短く簡潔な返答を述べる。

そんな彼の鋭利なまでの無駄の無さが、どうも全てが無駄だらけの私を拘束する一つの要因らしい。


「じゃあ、」


何が"じゃあ"なのか自分でもよく分からないままにセブルスの手首をぎゅっと掴むと、

玄関扉の隙間をすり抜けて校庭に彼を連れ出して歩き出す。

突然の、突拍子も無い行為に驚き、無駄な事が嫌いな彼は私も無駄な衝動に対して拒絶を表明する。


どういうつもりだ、とか、手を離せ、とか言うセブルスの少し怒気を含んだ声が怖くて、

私はそれを振り切るように、でもセブルスの手首を掴む力を強めて一歩一歩踏み締めて歩いた。

唇を少し噛み締めて、セブルスを捉えているのと反対の手は爪が白くなる程握りしめた。


怒りという感情は、私が生きてきたこの10数年で最も私が怖れた感情だ。

どんなに怒られてもあの鮮烈な、心臓に痛みを走らせた声に慣れる事等出来やしない。

偽善を装おう訳では無くとも、私は誰もがあのひどい感情を持つ事が無ければ言いのにと切に願っていた。


手を振払われたら、潔く諦めようと思った。

そこまで私もしつこくはない。

いつこの彼の手首の温度が消えてしまうだろうかと怯えながら、

そんな感情はちらりとも表情に出さないで私はただもういちど手首を握る手に力を込めた。

精一杯の私の想いを込めて。


彼は、黙り込んだ。


私も、何も言わないで這うような遅い歩みを繰り返すばかり。

校庭の木々はのんびりと陽気に、私とセブルスとを見下ろしてザワリと笑った。















かれこれ小1時間程は歩き回っただろうかという頃、セブルスがこの重い沈黙を遂に破った。

しかし、彼の手首はまだ私の手の内に残されたまま。


冷たかった私の手は、降り注ぐ硝子片のようなサラサラした陽光を浴びながらの散歩のせいで段々温もり、

セブルスの生々しく脈打つ手首との温度差が無くなってしまっていた。


まるで私とセブルスの手は最初から繋がっていたかのような極自然な感覚を私に与える。

不自然さが欠片も無い完璧な征服感。


、いい加減にしないか。」


諌めるような言い方の中にも、やや子供をあやす時に近い感情を読み取る私。

(あぁぁ、やっぱり呆れられている・・・・。まぁ、当たり前か。)

言われた通りに私は立ち止まり、手を捉えたままセブルスと向かい合った。


気がつけばここは湖の畔で、ホグワーツ城と反対側である、奥まった向こう岸。

我ながらどこまで歩き回っているつもりだったのだろうと、自分に呆れて少し溜め息が出た。


「・・・・ごめん。」


「全くだ。」


「ごめん。どうしてもセブルスを連れ回したかったの。」


「・・・・。(どういう理屈なんだ。)

 いつもいつもそうだが、お前の言動は不可解だ。」


「私にも不可解だよ。一体何なのだろうね。」


物凄く不機嫌なセブルスを見て、少し笑って、ようやく彼の手首から私の指を解いた。

離れていく温度が寂しくて名残惜しくて物悲しくて。

温度の下がっていく手の平が切なくて、何か何処かが物足りなくて。

(何が足りないかは、限り無く明白だ。)


私はごめんね、ともう一度謝罪しながら、大木の根元の、表面が風化しかけた根に腰を降ろした。

足がジーンとしていて、皮膚の下の細胞の群れが波打ち、蠢く。

足を投げ出し座り込んで項垂れる自分の姿が、湖の研ぎすまされた水鏡に映り込んだ。


滑稽な私の姿と、周囲を囲む深いミドリイロした木々の鮮やかな陰影。

そのミドリイロの深さと云ったらない。

どこまでも底なしに森の匂いと視覚に巣食うイロに酔い溺れるようなのである。

やけに青いだけの途方も無い空は湖を取り囲む樹の枝の形にくり抜かれて湖面を揺れた。


私と少し離れた処にある樹に凭れ掛かって、腕を組んでいるセブルス。

セブルスの神経質そうに眉を顰めた表情までは、湖面のスクリィンは映し出してくれなかったが、

いつも見なれる程に見ていた彼の表情は容易に瞼の裏に浮かび上がらせることができる。


研ぎすまされた鋭利な湖面に、危うく暗黒色の渦巻く自分の内を見透かされるみたいで、

何故か後ろめたさが額を掠めたので、視線をそっと自分の足下に移す。

踏み慣らされた跡みたいに、芝生が枯れたスペースに晒されている土の色がぼやけて見える。


一本の黒い紐みたいな行列が私のすぐ踵の後ろで蠢きながら、

あたかもそれが世界の、いや、自然界の決まりごとであるかのように動いている。

行き着く先を知らずにただ歩かされるだけの捕虜みたいな行列の一行は、小さな黒蟻の群れであった。


働き蟻と云うものは死ぬまでただ女王蟻の為に存在し続け、働き続けるらしい。

健気だ。非常に健気だ。

彼等の生は、それが健気な事だと云う事を忘れる程にひたすらに惜しみ無い行為の果てるまで。


ただ一心に一つのコトに向かう方向性、それは、私とどこか似ているような気がした。


私が先程まで引っ張り回していたセブルス。

私のその極端で浅はかで迷惑極まりない衝動の根源にあるものはといえば、

彼へのなりふり構わぬ、(それこそ死にものぐるいな)情愛ではなかろうか。


愛想尽かされても嫌われても殺されても。

何度も1人ベッドの中で、私が彼を想う気持ちの持つ願望が叶う望みのなさに、呆れ返ったのに、

それでもまだ止まろうともしない成長し続ける感情。


セブルスは、私の視界の外で腕を組んで、何もかもを諦め切ったような不機嫌な顔をしている。


私の黒い靴のヒールに、漆黒の蟻がひとつ這い上がってきた。

ひとつきりの脱線も、それの空白を埋める夥しい同胞が全てを掻き消した。

今私の靴のヒールに這い上がるひとつの行列の構成物が私に殺されたとしても、

無数の黒点は何一つ滞り無く仕事を果たすだけなのかと思うと肺が焼けるように痛んだ。


まるで私と違わない、靴を這い上がる一点の軋みうごめく蟻。

いなくなっても数で補われるだけの個々では無意味にすら扱われる構成要素。


喉に込み上げる焦がすような熱さと気管の圧迫に耐えかねて、鼻の奥が少し痛む。

頭が認識するよりも前に、私は静かに黒い行列を断絶されて踏みにじった。

ジャリッと足先を水平にずらすと、そこから現われたのは、無様にもがく機械的な黒点の晩年の姿だった。


意味を為さない構成物に意味を為させる為には、それらが構成すべきコミュニティーを壊せばいい。

そして存在を知らしめて意味を攫み取ればいい。


(ひどく捻曲がったやり方で掴み取るものの行方等、考える余裕も無いくらいに切羽詰まっている。

 そもそも余裕とはいったいどのような現象、事物、態度をあらわすのだろう?

 余裕を持てるような恋、愛が成立するとは、必死な私にはとても考えられなかった。)


どれだけの小さな命を消し潰して貶めただろうか。

何度踏んでももがき死ぬ蟻達の列は混乱しながらも、それでも決して途絶えなかった。

後から後から行列が、亡骸を横目に見た事も無いような目的地を目指して。


どんなに足掻いてみても、コミュニティーは壊せないのか。


「さっきから何をしているんだ。。」


彼は私の傍に腕を組んだまま突っ立って、無表情に足下を転がる蟻の行列を踏みにじる私に問いかけた。

問いかけるというよりは、私が何をしているのかがわかっている故に、

多少諌める意味で発せられた言葉だったのかもしれない。


集団虐殺 ( ジェノサイド ) 。」


「・・・・・楽しいか?」


「う〜ん、いい気分では無い事は確かかな。」


「ならば無駄な事は止めておけ。」


セブルスはコミュニティーにおける「あってもなくても一緒」というマンネリズムから抜け出す為の、

存在理由を掴み取る疑似体験を、無駄だと称してただ一言で止めさせてしまった。


私は彼愛しさのあまりに、その瞬間即座に存在理由の確立をも放棄してしまえた。

彼が私の全てであると、彼がその事実を認識した時、きっとその重さに彼は顔を顰めるだろう。


私は足を退かし、しゃがみ込んで無惨な亡骸と化した黒蟻達を、今度は慈しむように見下ろし眺める。


「これね、この蟻の群れ、私なのよ。

 それで私は存在を定義できない大きな異物。

 大きな異物は、ただいてもいなくても同じになってしまった私を殺して、理由をこじつけたりする。」


「馬鹿な事を言ってないで、さっさと城に帰るぞ。

 僕はお前程暇では無いんだからな。」


「うん。わかってる。

 でも、一つだけ聞いていい、セブルス?」


「何だ。」


「セブルスは、私がいなくなる事で何かが変わるのかな?

 例えば私が退学になったりしてもう会えなくなったら、寂しいと思う?

 例えば私が死んだら、悲しいと思う?

 何でもいいんだけど、私が今セブルスの視界の中にいる事で、

 私はセブルスの何に影響出来るっていうの?」


「・・・・一体お前は何を言ってるんだ?」


「いてもいなくても一緒だったら、私、

 もうセブルスとまた前と同じようにお話なんて、きっとできっこないよ。

 昔みたいに君に笑いかける事なんて。

 そんなの、できっこない・・・・。」


「お、おい、・・・・?」


眼球の奥の方が痛くなってきて、私は俯いて、答えを聞くのも怖いような質問を重ねた。

首の後ろの付け根が無闇矢鱈とじんじんして震えてる。


城に帰ろうと歩きかけていたセブルスが立ち止まって困ったようにうろたえていた。

背を向けて俯き、足下の虐殺した蟻の亡骸の群れを見つめている私の表情が、彼からは見えない。

セブルスのその焦り声からして、きっと私が泣いているのかと思ったのだろう。

人前で泣いた事のない私が泣いたとしたら、やはり彼としてはどうすればいいのかわからなくなるのだろう。


少しまだ酷い顔をしているかもしれないが、私は泣いて等いないのだと、大丈夫だと示す為に、

彼を笑顔で振り帰って静かに首を横に振った。


セブルスはチッ、と少し舌打ちをして、私に大股で歩み寄ってくると、

乱暴に私の頭を撫でた。(それはむしろ押さえ付けているような、本当に乱暴でいい加減なものだった。)


「・・・・別に、いてもいなくても同じな訳ではない・・・・!」


押さえ付けるようにしてぐりっと私の頭を一度だけ撫でた一瞬、

聞き取れるか聞き取れないかというくらい小さな、そんな声が聞こえる。


手はすぐに離れ、私の顔も見ずにセブルスはさっさと早足で城に向かって歩いて行ってしまった。

置き去りにされて、頭を押さえてその場に立ち尽くした私。

ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えていても、未だ少し彼の手の感触が残っている。


細くて私より綺麗な白い手は以外と力がある。

温かい手、残る体温と感触、そんなたまらなく愛しい全て。






しばらく立ち尽くしていた私は、また地面にしゃがみ込んだ。

私が殺した多くの蟻の亡骸を越えて、また新たな黒蟻の行列が無心に地面を這っている。

壊せない、抜けだせないコミュニティーの中で、私はずっと彼を愛して彼だけの為に生きるのかも知れない。


踏みにじった黒点の蟻達にそっと、ごめんなさい、と呟いた。


新たに形作られた黒い行列が、まるで私が踏みにじった命を悼む葬列のようだった。

彼等の機械的に這い動くその影に、私は確かな生の実感と個々の所有する存在理由を見た気がする。













Fin.




(02.10.5)

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