酸素が足りなくて、目が醒めて、飛び起きると、躯がやけに悲しいくらい重くて。
















此処では重すぎる血と肉故に















「ケホッ・・・・。」


同室の人間はまだ眠りの奥で、部屋に響くは自分だけが引き起こす生物的な物音、つまりは衣擦れ、息遣い。

薄闇の中で朧げな枕の陶磁器を思わせる真っ白な輪郭を、何故かわずかに滲む視界の中で捉えて、

私は今現在の自分の置かれている状況と、混乱の原因を突き止めたところで、

急に躯の力が抜けるのを感じて、ベッドに静かに倒れ込み、胸を押さえてただ呼吸していた。


私はとにかく、夢をみていたらしかった。

らしい、と憶測を帯びているのは、つい先程までその夢を見ていたにもかかわらず、

曖昧な雰囲気しか思い出すことができなくて、あんなにクリアーな景色に靄が、つまり、

夢の色を決定付ける構成粒子や、あの現実を思わせる程綿密な仮想の感触を忘れてしまったからだ。


僅かばかりまだ寝惚けた頭に残る夢の軌跡は、冷たい青の液体に満たされた広大な世界と、

緩やかな光の帯、浮遊する感覚を捉えながら液体をかき分けるようにしなる私の薄碧い尾ヒレ。


私のこの無駄に伸びた腕も、頼り無い脚も、それはそれは美しい透けたヒレとなり、

全身の皮膚と言う皮膚は、少しキラキラと光を帯びて輝くつるりとした硝子みたいな瑠璃の鱗だった。


私は、その世界の比率から言うととてもちっぽけな、ただの魚だった。

母の羊水にも似た懐かしく冷たい液体を真直ぐに泳いで、

人間であることを忘れ果て、自分は魚であることを信じて、

あんまりにも重力の少ない軽さに溺れて呑み込まれて行く快楽。


底は見えなくて、真っ暗闇だった。

海面らしいゆらゆら揺れている光の波をちろりと窺う。


毀れてきた形のない陽光の欠片が鱗に反射して、魚のフリの私は眩しくて綺麗でとても耐えられない。

だから、深く、深く、何かに似ているような(それが何か思い出せない)闇の底へ下降していった。

目映さから逃げるような、まるで敗走。


底を目指せば目指す程に躯は軽くなったし、液体は冷たくなったし、やけに落ち着く暗さを得た。

どこまでも深く潜れば、何か。

深海に潜む異形の白い魚でもいい。

何かに出会えると期待していた。


だんだんと群れていく闇の中ではもう何も見えなくなり出して、目は存在理由も喪失した。

揺れていたヒレが堅くて、重く、上手く動かなくなって、前へも後ろへも行けなくなった。

暗くて冷たい場所でどんどん酸素が不足し出して、私は酷く喘いでいる。

ああ、もう駄目だ。

私が求めた闇に殺される。


私は消える。



・・・・・・・そんな時、私は突然何かに夢から引きずり出されてベッドから跳ね起きたのだ。


手は相当に冷たくなっている癖に、頭の中は熱を持って、

ヴゥゥゥン、と、真夜中の冷蔵庫よろしくじんわりと脳内を侵した。

背中がイヤな汗でべとついている。

朝の空気が身体を撫でて冷やしたので、私は精一杯呼吸しながら撥ね除けた掛け布団を手繰り寄せる。


気がつけば実は案外と自分は寒かったようで、身体を柔らかでいい匂いのする布に包まれた時の、

無条件の分け隔てない温かさが身に滲みて、無意味に涙がでそうな気分になる。


「ケホッ。」


ニ度目の空虚な咳が、実際の2倍にも3倍にも大きく身体の空洞に響いた気がした。

まだ皆寝ている、そのことをやっと思い出した私は、手の甲で額の汗を拭い、

まだ少し苦しい気がする息を整えながらぎゅっと布団にしがみつくようにして、目を閉じた。


夢なんて此処最近滅多に見たことがなかったのに、まったく、久し振りに見た夢がこれか。

身体の半分が心臓になったみたいに、肺を圧迫する鼓動を押さえ付けながら、

私は私にあの何とも綺麗で心地よくて、でも恐ろしい程苦しい夢を見せた脳の一部分に悪態をついた。


どうせ夢見るんなら、某魔法薬学教授が出てきて欲しかった。


自分の脳に無茶な願望を押し付けているようではあるが、所詮夢とは深層心理と記憶が材料だし、

私が四六時中あの仏頂面の先生の事を考えていれば、いつかはあの人の夢が見れそうだ、と思う。


(夢ならやりたい放題だ。って、私は一体何をする気なんだ。)


どうでもいいような思考回路に切り替えて、私はむやみやたらと息苦しい思いをした夢を記憶に寝付かせる。

少し何かに似ていた海の底の暗さが引っ掛かる気もしたが、もうそれもとりあえず押し込めた。

ちらかった部屋の片付けのように、取り敢えずは見えない所にしまい込む。


こんなに早い時刻に中途半端に目覚めるのも惜しくて、私はもう一度眠りにつきたかった。

その為には、夢を忘れなければならない。

そんな義務感を感じ始めていた時。


「・・・・?」


カーテン越しにくぐもった、音量を絞る為に押し殺したか細い少女の声が聞こえて、

思わず私は身を起こして声の主の名前を掠れて途切れさせながら呼んだ。

声の遠さから、まだ彼女も自分のベッドの中にいるらしい。


「・・・・ハー、マイオニー・・・・。ごめん、起こしちゃった?」


「いいえ、ちょっと目が醒めちゃって。

 こそどうしたの?何だか慌てて飛び起きたみたいな音がしたけれど・・・。」


「ちょっと夢見て寝惚けてただけ。何でもないよ。

 まだ早いし、もう一眠しよっか。

 このままじゃ寝不足で授業に集中できないよね。」


ちょっと軽く戯けるような言い方をして、自分自身の背中の嫌な汗を振り切るように気分を変えた。

ちなみに、私が集中したい授業と言うのは、魔法薬学だけを指す。

間違っても、他の授業で集中したいとは思わない辺り、やけに自分が自分らし過ぎて可笑しい。


そうね、ともぞもぞと布団に潜り込む音が聞こえたかと思うと、おやすみ、と彼女は呟いた。

私もおやすみ、と小さく返して、また目を閉じる。


瞼の裏側で何かがスパァクするみたいに、灰紫の光がひらひら舞っていた。

妙なその光に気が散って眠れずに、居心地の悪さを感じた。

目を開いても閉じても光は変わらずに網膜に焼きつけられたみたいにちらつく。


半ばイライラしてきて、手に掴まえられるはずがない事等とっくにわかりきっているのに、

天蓋を見つめながら光が出現しているであろう空間を手の平で叩き付ける。

空を掻いている私のその姿は、非常に滑稽だっただろうが、本人は真剣そのものだ。


ふと、手を止めた。

硝子みたいに光を反射する瑠璃の鱗もなければ、透き通った薄碧のヒレでもない、この腕。


伸ばした腕が、手首が、手の平が、指が、骨の隅々までが人間であり、

重力に逆らえない地上の生き物なんだなぁと私はしみじみと感じて、

持ち上げて揺らした腕の重みを噛み締めて、この腕でつかみ取りたい大切なモノを数えた。


たくさん、たくさんあるモノの中で、私が一番最初と一番最後に思い浮かべたものは同じ、

ただの黒いシルエットであり、表情ははっきりと浮かべられなくても、まぎれもない愛しい人だった。


少しの安心感が脳内に分泌されて、いつのまにか腕はベッドに戻り、

ちらついた灰紫の光は姿を潜めて、私に訪れた深い眠りを祝福した。












もう夢は見なかった。

しかし、やはり目覚めの瞬間は血と肉と骨の重みがだるくて、

まだ身体のあちこちに水中を泳ぐ時のような、軽やかな感覚を懐かしく思う気持ちが残っている。

綿の海を離れるのがとにかく嫌だった。


欠伸を一つ噛み殺して、いつもの制服の上に漆黒のローブを羽織りながらカーテンを開ければ、

とっくに支度を整えていたハーマイオニ−が私ににこりと笑いかけ、目だけで部屋を出ようか、と促す。

頷くかわりに微笑を返しながらぎこちない足取りで部屋を出て、

談話室にいたハリ−、ロンと合流して、温かな朝食が用意されているであろう大広間に向かった。

廊下で未だ少し眠そうな1年生の少年達がたわいない会話に笑っていた。


何が変わる訳でもない、『ただの』不思議な食卓。

皿に盛られた食事が無くなることなく溢れ、朝食の終了とともに跡形もなく消え失せる。

私は食事もそこそこに、遠く離れた教員席に座っているセブルス・スネイプを観察してみたり、

ふくろう便で届けられた祖国の友人からの手紙を読みふけった。


だんだん疎遠になりつつある旧友とは裏腹に、この学校での友人とは、より仲良くなれた気がする。

何かを手に入れる為には何かを犠牲にしなければならない、それは私の大嫌いな事実かもしれなかった。


どんなに違う事をしていても、頭の中ではずっと今朝の夢の光景や身体に未だ残る水の感触、

デジャヴュのような奇妙な記憶との一致について、そればかり考えていた。

一度気になり出すとなかなか離れられないもので、どうもすっきりしない考え事のせいで頭が冴えない。

寝起きの悪いのはいつもの事なので、気を使って放っておいてくれる友人達にこっそり感謝した。


とうとう、夢とまったく関係のない疑問までもが便乗して鎌首もたげ、ソイツはニヤリと私に笑いかけた。

(ザマァミロ、とでもいっているような嘲笑を感じて、ちょっとムッとする。)












上の空のまま、私は気がつけばもう1時間目の授業を、意志とは無関係に機械的にこなしていた。

どうやって大広間を出たのか、それさえも覚えていないわけで、

授業中先生が何を言っていたのか、何をしていたのか、全く思い出せはしないのも当然だった。


しかしながらとりあえず羊皮紙には確かに自分の筆跡で黒板を写した痕跡が残っているから不思議だ。

まるで自分の中に潜む別人格が授業を受けているみたいで面白おかしい、・・・わけでもなかった。

釈然としない。


今日は午前中にだけ授業があり、その本日ラストを飾る授業が、例の魔法薬学だった。

ハリー達にとってはこの上ない最悪な締めくくりだったが、私は真逆の気分で空気を噛んだ。

スネイプの授業は、はっきり言って違う意味で面白い。(ちょっと失礼な意味だが。)


一日の最後の授業が魔法薬学の日は、授業終了後も自主的居残りをして質問を口実にそのまま教室に残る。

そして何だかんだ言いながらスネイプに無理矢理構ってもらうのを常としていた。

少しでも好きな人と同じ時間に同じ空間を共有したいと願う私にとって、逃せないチャンスである。


最も、スネイプにとって迷惑極まりないことは承知の上だ。

今更嫌がられたからと言って身を引くような私ではない事は彼ももう気付いているだろう。

嫌々ながらも結構居るだけなら許してくれている気がした。


教室移動を終えて、地下牢教室の自分の席について教授の登場を待つ。

鬱陶しい程立ち篭める薬品臭と、湿気と、薄闇と、冷気。

地下牢教室はまるでセブルス・スネイプの為に存在しているかのようだ。


しばらくすると間もなくスネイプが教室を蹴破るようにして颯爽と登場し、

大半の生徒の気まずい沈黙の中で本日の授業が始まった。

私はどちらかといえばスリザリン生に混じって、嬉々として沈黙している者の方だが。

今日もいつもと同じく、実際には絶対に役立たなそうな、使い道不明の魔法薬を作るようだ。


グロデスクな材料も混じりつつも、薬草系中心に細かく切り刻んで教科書通りに作り上げる。

運の良い事に、私はあまりミスもなく作る事が出来そうだった。


何かの根をざくざく切り刻みながら、私はまた今朝の夢を自分的に分析していた。


。」


隣にいたラベンダー・ブラウンが蚊の啼くような小声と共に私の脇腹を小突いた。

はっと気がつくと、そう言えば今は魔法薬学の時間だった。

うっかり考え事の世界に飛んでいたようで、冷たい目で見下ろす真っ黒い人が背後にいた。

向い側にいるハリ−は、そんな私を伺いながら緊張して顔を強張らせていた。


どうせ減点されるんだし、別にもうどうでもいいかなぁなんて不謹慎ながら考えて、

私はスネイプを振り向くとにへらっと笑って、実験の続きに取りかかった。


だてに魔法薬学を一番力を入れて勉強している訳ではない。

手早く的確な作業手順で、私は濃度も色も何もかもが完璧な薬を造り上げ、

満面の笑みでもう一度手元を睨み付けているスネイプを振り返った。


その笑みは、別に完璧に仕上げた薬を誇らしく思ったわけではなくて、

ただ単に今は私だけを見ている背後の気配が、愛しくて愛しくて、愛しくてたまらないからで。


何とも苦々しい顔で悔しそうに私を見たが、踵を返して立ち去りつつも、5点減点を私に言い渡した。

思った通りの減点だったのでまぁいいか、と機嫌良さそうに片付けを始めた私を、

ハリ−はえも言われぬ不審そうな感情と、スネイプへの怒りの入り混じった顔をして見ていた。

思いきり理不尽な減点への怒りよりも、多少私の機嫌の良さへの疑問の方が勝っている気がする。


そんなこんなで授業終了後、ハリ−とロンとハーマイオニ−が真っ先に私に駆け寄ってきた。

スネイプを敵視している(または敵視されている)彼等だからこそ、あの減点が許せなかったのだろう。

しかし、彼等の言いたいことはよくわかったので、ハリ−が真っ先に口を開く前に、

私はその言葉を遮るように笑って言った。


「別に私は気にしてないし、大丈夫。

 あ、私ちょっと残って質問してから帰るから、先に帰っておいてね。

 昼食までには寮に戻るから〜。」


私がマイペースなのは今に始まったことではないとでもいうように、

ハーマイオニ−は仕方なさそうに笑って、まだ何かを言いたそうだったハリーとロンを引っ張って行く。

彼女は、私がスネイプに対して抱いている気持ちを知っているのかもしれない。


女の感は鋭いと言うけれど、彼女もそれは例外ではなかったようだ。

実を言うと私はハリ−達を始め、私の最も愛するひとがセブルス・スネイプだと言う事を、

ただの一度も口にした事がなく、むしろ態度にすら出さないで無関心を装っていた。


趣味が悪いだとか君は正気かいとか言われるような、他人の反応が気にならないと言えば嘘になるが、

私が黙秘を忠実に守り抜く一番の理由は、一生に一度できるかできないかというくらいの、

本当に大事にしたい愛情というものが、つまりはそれに他ならない故。


なりふり構わぬ態度で付きまとったりはしているが、本音を言うといつ嫌われるかと心臓がいつも痛い。

でも妥協ばかりをして怯えているようじゃ大事なものを掴み損ねてしまうので、

無謀でも、それでも後退ではなく前進を選んだのだ。

それが私なりの途方もない想いに対するけじめの付け方で、スネイプへの敬意でもあった。


最後まで地下牢教室に残っていたドラコ・マルフォイが嫌味を含ませて私に何かを言ったが、

また上の空だった私はただにや〜っと気味の悪い笑顔を向けただけだったので、

得体の知れない私を、彼は見たこともないグロデスクな虫と鉢合わせした時のような顔をして去って行った。

彼にあんな顔をさせた私は、今相当に変な人間かも知れない。


誰もいなくなった教室で、自分の席にそのまま突っ伏している私を見兼ねて、

スネイプが重々しく足音を響かせながら机の前方に立った。

ようやく顔を上げて、私は嬉しさを精一杯表現するように自然と頬が緩んでいくのを感じた。


「いつまで執念深く此処に残っているつもりだ。

 そんなに後片付けをしたいのかね。」


「御存じの通り私は執念深いです。

 片付け、手伝いますよ。」


待ってましたと言わんばかりに、私は席を立つと、ふらふらと授業で使ったゴブレットやら、

大鍋やら、硝子棒なんかをひとつひとつ丁寧に、自主的に洗い始めた。

片付けの類いは、放課後にいつも研究室を片付けに通っているくらいなので、造作もなかった。


スネイプは、嫌味のつもりで言ったことを本当にそのまま実行し出した私を見て、

何だか怒っているんだか呆れているんだか、何に対して怒ればいいのかわからないような気配。


「先生。」


巨大な鍋を必死で洗い終えて、ひと息ついた私は改めたように切り出した。


「何でさっき減点したんですか?」


減点自体に怒っている訳じゃないが、何となく理由を聞いてきたくなった。

当然スネイプがその問に答えるはずもなく、あら、八つ当たりだったのね、と、自分だけで納得する。


正直に言ってしまうと、少しマゾヒストの気があるのかと思われてしまいそうなのだが、

八つ当たりの対象になるだけでも私にとっては非常に喜ばしいことだった。

怒りだろうが何だろうが、何らかの感情のあるものが自分を指している幸福感。


愛情の反対語は無関心だと、マグルの学校で、道徳学習のつまらない教本で読んだ事があったが、

まさかあの教本にこれ程納得するだなんていうのはこれがきっと最初で最後だ。


「先生、次は真面目な質問をしてもいいですか?」


「最初から不真面目な質問などするな。

 我輩は君のように暇ではないのだからな。」


不機嫌な表情を隠そうともせず、私を睨み付けている。

スネイプの意志は川を流れる水の如く完全無視を決め込みながら、私は真剣な表情を取り繕って言った。


「海水と母親の羊水は、成分が酷似していると聞いた事があるようなないような気がするのですが、

 果たしてその真偽と言うのは如何なものなんでしょうか。」


「知らん。」


彼はうんざりしながら机の上の羊皮紙を数枚引っ付かんで、私をそれ以上構う事を拒否するように、

地下牢教室の更に奥にある自分の研究室に大股で歩いて行ってしまった。

私は教科書は取り敢えず自分の席に置いたまま、最後の洗い終えたゴブレットを棚に戻して、

急いで歩幅が違い過ぎる後ろ姿を慌てながら走って追いかけた。

机が私の行く手を遮る。

どうしても置き去りにされたくなくて、僅かな距離を何マイルにも感じていた。


静かな地下に足音がやけに響くし、上手く走れなくてなかなか追いつけない気がした。

愛しい後ろ姿が闇の奥に消えて行ってしまうような不安感に肺を握られる。

何だよ、これじゃあ夢と同じだ。

息ができない、手足が重い。


「先生、置いていかないで。」


「置いていくも何も、勝手についてきとるのは君だ。」


正論を捩じ伏せて自分に都合のいいように解釈する私は、そんな冷淡な言葉も気にはしなかった。

勝手についていっているだけでもいいのさ、私は貴方にどこまでもついていくんだからね。

不敵を装ってみても、自分に対する強がりにしかならないけれど。


ふいに妙な既視感に襲われた。

スネイプの暗い底なしの闇色をした目を見ると、何かを思い出しかけた気がして、はっとした。

闇色。闇。底なし。海底の見えない液体を漂うような。溺れる。冷たい。


今朝の夢で覚えたどこかで感じたような感覚、何かに似ているような海底へと誘った闇。

目映い光からの敗走とは、このセブルス・スネイプへの深入りか否か。


「今朝、妙な夢を見たんですけどね。

 それについてのわだかまりと言うか、謎と言うか、今一気に解決した気がします。」


全くいつも彼にとって私の言動は理解し難いものがあるらしいのだが、まさに今そういう状況なようだ。

何だか知らないがまぁよかったな、とでも言うように、諦め混じりの溜め息。

やっと頭が冴え渡るような感覚を得て、冷たい水の感触が消えた。

少し、身体は重いけれど。


「私、魚になる夢を見ました。

 底に潜っていったら身体が動かなくなって、息ができなくなるんですけど・・・。

 目覚めた時、魚じゃない自分とか、重力とか、身体が重くて水が懐かしかった。

 何で人間って海じゃ生きられないんでしょうね。

 此処じゃあ、血も肉も重すぎるのに。」


「そういう進化をしたからだろう。

 つまらない事を考えてないでさっさと次の予習でもしたまえ、。」


「そんな身も蓋もない!哲学ですよ、テツガク。」


えへへ、と俯きながら笑って、ソファーに勝手に座り込んだ。

少し埃っぽいソファー。

何だか睡魔に襲われて、私の意識はそれっきり眠りの淵に招き寄せられていた。


スネイプは机に向かって書物を広げながら羊皮紙を捲っている。

私は黙ったまま、座っている体勢のまま上半身だけをソファーに横たえた。

少しツンとする薬品の匂いがした。


目を閉じて、もう身体の自由を眠気に奪われた私は抵抗をすみやかに止め、

そのまま意識を手放した。


「・・・・いつか先生を好きなあまりこの身を滅ぼす事になっても、私は何も怖くない。」


捨て台詞代わりに眠りに落ちる直前に呟いた小さな言葉が、

スネイプの耳に届いたか届いていないか、確認する術はなかった。








夢を見た。

先生が、複雑そうな顔をしながら、私の頭を一度だけ撫でた。

それっきりの、多分、夢。


















Fin.




海から生まれて、海に還る

なんて素敵なのだろう

(02.9.19)

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