In The Formalin Bottle
大広間での不可思議な、まるで宴のように華やかで賑やかな朝食にも随分と慣れきってしまった。
私がこのホグワーツという一般人では想像も及ばぬ、素敵で奇妙な学校に入学して、
もう数年が経ったのだからそれは当然と言えば当然だった。
それでも、夢みたいに楽しく目まぐるしいスピィドで駆け抜ける時間が幸せすぎて、
時折これが夢で、十余りの幼い私はまだ温かな寝床の中に踞り、
真綿の夢から醒められずにいるだけなのではないかと、ふいに不安に思う事があった。
得体の知れない不安を感じられるのも、今が信じられない程幸せなせいだ。
結局私は不安をもって、奥底で怯える自閉症気味の『私』に対して幸せ自慢しているだけなのかもしれない。
自己満足な自己完結に少し機嫌よく、まだ眠気が尾を引く頭で広間の賑わいを遠く聞いていた。
朝はあまり食欲の無い私はオートミールの深皿にスプゥンを突っ込んで、持て余し気味に欠伸を一つ。
明後日の方向を眺める、端から見ればまるで無表情の私を心配してか、隣の少女に声をかけられる。
「、どうしたの?ぼーっとして・・・・。」
「何でもないよ。大丈夫。
ハーマイオニ−も知ってると思うけど、私すごく朝弱いのよ。」
苦笑しつつ、酷く心配そうに眉を潜める彼女に向かって手をぱたぱた振りながら、
如何にも眠そうな声音で私はできる限り元気に聞こえるように答えた。
そう?と、まだ少し心配そうな表情の名残りを残しつつも少し笑って、彼女は食事に、会話に戻っていった。
ハーマイオニ−とはよく一緒にいるし、気心も知れているので、
こういう、まだ少し寝ぼけている時、私を放っておくのが一番いいという事を彼女は知っているのだ。
私がその方が気が楽だという事も。
(朝は非常に機嫌が悪いのだ。声も低くなるのでよく怒っているのかと聞かれる。)
眠い頭に、元気のよい爽やかな少年少女の雑談と、静寂を帯びたざわめきがパラパラと降ってきて、
少しずつ覚醒へと向かって行くのが自分自身よくわかった。
この時間のこの感覚と雰囲気が私は好きだった。
寒すぎるくらいに涼しい空気に、温かな食事、たくさんの重なる体温。
それらを何処か遠くで感じている、隔絶された自分の存在を噛み締めるような。
自分から抜け出して、天井から広間を見回し眺めているみたいでくすぐったく楽しい。
やがて、食事を終えた生徒達がぱらぱらと席を立ち始め、少しざわめきが大きくなって、消えていった。
私はほとんど食事を食べる事もせずに、食べ終わったハリ−やロン、ハーマイオニー達につられ、
大広間の巨大な扉をくぐりぬけて寮の談話室へと戻る事にした。
新鮮な朝の冷たい空気に、やや白い息を吐きながら今日の事を話した。
「ねぇ、も今日こそはホグズミードに行くよね?」
ハリ−が生き生きとした瞳で私に同意を求めているかのように訊ねた。
しかし、申し訳ないが私の答えは彼の期待通りにはならないのだけれど。
「うーん、残念でした。」
私の返答にハーマイオニ−は少し不思議そうに私の目をまじまじと見ただけだった。
さも意外だ、と言わんばかりに目を見開いたハリ−の隣から、同じく目を丸くしたロンが言った。
「えぇ?またここに残るのかい?
君は数回行った事があるだけじゃないか!
ってば本当変わってるよなー。
あんなに楽しい所へ行かないで、こんな何もない学校に残るって言うんだもの。」
今日は日曜日だったのだ。
1、2年以外の生徒のほぼ全員が、授業がない事より何よりこの週末の1日を楽しみにする理由、
それが魔法使いの村、ホグズミードへ行くのを許されることだった。
そんな生徒の楽しみを凝縮したような魅惑的な場所に特別執着を持つ様子もなく、
あまつさえ学校に残ると言い出した私を、彼等、特にハリ−とロンは理解し難いと言った目をしている。
訪問の許可証ももちろん何不自由なくちゃんと所持している私がホグズミードに行かないのを、
恐らく一番不思議に思っているのはハリ−かもしれない、と私は何とはなしに思った。
「まぁ、ね。
今週は行かないけど、よければまた来週に一緒に行ってもいいかな?」
「それはもちろん構わないわよ。
私、と一緒にいけるのがとっても楽しみだわ。」
少しの間何も言わずに会話を聞いていたハーマイオニ−がにっこりと可愛らしく笑って言うので、
思わず、私も無性に楽しくなってふっと表情を崩してしまった。
それをきっかけに、会話の糸の先はフレッドとジョージの悪戯話に話題が流れ、
月曜の授業や宿題の話、談話室に辿り着くまでに随分と様々に話は変わっていった。
「じゃあ、行ってくるね。」
「お土産買ってくるから楽しみにしててくれよな!」
「も気をつけてね。」
これから向かう場所が如何に彼等を楽しませようとしているのかが手に取るようにわかる表情で、
三人は私に手を振ってから出発する生徒達の列に混じってやがて見えなくなった。
私は少しはにかんで、大きな玄関扉の脇から三人の姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
楽しんできてね〜、と心の中で呟きながら、私もまた楽しみでたまらなかった。
私が学校へ残った理由、もちろんそれは、言う間でもなく、彼の人の地下研究室への訪問だった。
(訪問というよりはむしろ侵入に近いようだが、まぁ気にしない事にしておく。)
暫くの間黒いローブの集団が学校を離れて行くのを立ち尽くして見送っていたが、
賑やかな生徒達の声が遠くになっていくと、私は踵を返して校内に戻った。
実の所、見送りよりも何よりも早く目的とする場所へ急ぎたかったのだが、
自分を落ち着かせる意味でもなるべく行動に余裕を持たそうとする、自分なりの考えがあったのだ。
談話室へは戻らず、そのまま階段を下るのみ。
必ずと言っていい程これから私が会いに行く人物、セブルス・スネイプは地下の自分の研究室にいる。
もう階段を上るよりも下る事が癖になってきたことを自覚しつつ、
一歩降りるごとに薄暗くなる、気紛れな階段を気をつけて降りた。
ただでさえ城内に生徒は少なくなっているのに、まして地下へ行こう等という物好きは他にいない。
ぽっかりと穴が空いたような人気のない空間を行き、私はやがて行き着いたいつもの扉の前に立った。
「スネイプ先生、です。少し質問があるのですが。」
三回のノックは、あまりの扉の冷たさと堅さと重さにいつも骨に響いて仕方ない。
それでも習慣を変えられずに扉を叩いて、中から低い声が聞こえるのを待つ間、
手をさすりさすりしながらちょっと眉を顰めた。
嫌そうな、入って来るなと脅すような声で、それとは矛盾した入室許可を得ると、
重い扉を両手で精一杯の力を込めて押し開けた。
蝶番が軋む。中から流れ出すひんやりと無機質な薬品臭。独特の静寂。
「おはようございます、先生。
・・・・バレバレだと思いますが、質問は嘘です。遊びに来ました。」
にやりと不敵を装って唇の端を少し引き上げて呟きながら、室内に入って扉を閉めた。
今気付いたのだが、この扉、開ける時は非常に重いのに何故か閉めるのは容易い。
・・・・何かの嫌がらせのつもりだろうか。
「ミス、君はホグズミードには行かないのかね。」
邪魔だから行ってこい、スネイプの闇みたいな目がそう私に訴えかけた。
同じく私の黒い目はと言えば、あっさりとその訴えを却下して無意味に微笑んだ。
毎回同じような態度と会話が繰り広げられているので、嫌がられても大分気になら無くなってきた。
少し、悲しいと感じる事もあるけれど。
「あそこはとても楽しい場所です。
でも、私には少し賑やかすぎます。」
少し苦く笑って、私はそう言った。
ホグズミードが嫌いな訳ではないのだが、かといってあの華やかで賑やかで不可思議な魔法の町は、
静けさを好み、大勢の人がいる場所が苦手な私とは少し相性がそんなによくないと思う。
そわそわして、楽しい反面少し落ち着かない気持ちになるし、
眼前にこれでもかと言う程のローブを纏った筒状の人の群れを見ていると、
気分が悪くなりそうで「叫びの屋敷」の辺りまで、人の波を振り切るように逃げた事も何度かあった。
「どちらかというと、先生のこの研究室は好きなんです。
同級生達に言わせれば、どうも私は趣味が悪いらしいですからね。」
「それはどういう意味だ・・・?」
「さぁ?」
スネイプの睨むような恨みがましい視線を楽しく受け止めながら、私は部屋をゆっくりと見回した。
少し、違和感があった。
首を少し傾げて考えてみると、その違和感の正体とは簡単、部屋が片付いているというだけだった。
しかし、私は少し困ってしまった。
この部屋を訪れて、部屋を片付けることを日課としていた為、
片付ける必要がないと私のすることが本当に少なくなってしまうのだった。
「今日はお部屋が片付いてるんですね。」
「いくら何でも一晩で散らかったりせん。」
「あ、そういえばそうですね。
今日は日曜だったか・・・・。
授業も何もないですしね、そういえばまだ朝でしたか。」
全く持ってその通りだった。
昨晩私が文句のつけようがないくらいに完璧に片付けて、消灯時刻ギリギリに意気揚々と寮に戻った。
寝て起きただけでそんなに散らかせる人間がいるならそれはそれで偉大な人物かな。
戯けて肩を竦ませながら、いつも私が使用している丸椅子を引っぱり出して取り敢えず座ってみた。
片付けを少し完璧にしすぎたかもしれない。
嬉しい事に最近先生が、本棚の高い所に手が届かない私の為に脚立を用意してくれたのが嬉しくて、
高い棚はより綺麗に、丁寧に片付けるようになった所だった。
「何か、私やる事ないですね。」
「だったらさっさと帰りたまえ!我輩の邪魔をするな!」
額に青筋を立てそうな勢いで言うスネイプを無視して、今日は何をしようかなぁ〜と独り言。
こういうやり取りは飽きるくらい繰り返したが、やっぱり何故か楽しくて飽きないものだ。
スネイプはと言うと、いい加減うんざりとした様子だった。
無視される事をわかっていても怒鳴らずにはいられない、彼のやや愚かで律儀なところがやはり愛おしい。
えへへ、と曖昧に笑って丸椅子から立ち上がり、すでに呆れ顔のスネイプを横目に見ながら室内を観察する。
いつもいつも来ているし、いつもいつも片付けているが、
そういえばこの部屋に有るものをじっくりと観察して何があるのかを見極めた事がなかった。
ちょうどいい機会なので、どんな本が並んでいるのか、どんなものが置かれているのか、
少し興味があったので、今日はいろいろ探索してみる事にしよう。
1人で勝手に納得して、勝手に本棚を覗き込んだり、色々な物が放置されている硝子戸棚を覗き込んだ。
諦め気味のスネイプ教授は休日もお仕事で忙しいらしく、羽ペン片手に羊皮紙と睨めっこ。
漆黒のインクをたっぷりと含んだ羽ペンがするりと動く度に、彼の眉間の皺が深くなる。
恐らくはレポートか何かの採点ではないだろうか。
きっとたくさん再提出を要求したり、めちゃくちゃな苦し紛れの事を書き連ねたレポートを、
楽しく大きなバツ印を描いて駄目だという明確な意思表示を行っているかも知れない。
(陰険・・・・。ああ、でもそんな貴方が何故か素敵に好きだわ、セブルス・スネイプ。)
笑いを堪えてきっちりと整った本棚の中から興味を引く書物を手に取り、パラパラとめくる。
難しくてまったく何を書いているか理解の範囲を超えた難解な本の文字列を辿って、
難しい本の解読は苦手だったが、眺めるのは好きで、未知の文字を喰らうような感覚を欲した。
理解不能の扉の向こう側を窺うように、奇妙な感慨にふけってみるのだ。
古びた本の変色しかけたページを捲る度に漂う、この部屋独特の薬品の匂いにくらりとした。
いい意味での目眩というべきか。
心底陶酔することへの蟲惑的快楽にうっとりと目を細める。
奇妙に楽し気な私を少しスネイプが視線だけで窺い、
不機嫌でも非難でもない不可思議さを意味するように眉を顰めて不思議そうな顔をした。
私はその視線にも気付かずに、ゆっくりと一定のペースで本を捲っていた。
やがて本に飽きてきて、元通りに並んだ背表紙の中へと持っていた書物をもどしてやると、
今度は硝子戸棚をゆっくりと閲覧して行く。
私が歩く度に小さく踵で声をあげる靴音と、羽ペンの滑る音だけがひんやりとした空気を震えさせていた。
しっかりと頑丈に施錠された硝子戸はちっとも動きそうにもない。
よっぽどこの中に整然と並ぶ色とりどりの奇怪な瓶の中身は、
大変貴重なものだったり、大変危険なものだったり、取扱いに注意すべきものなのだろう。
こういうものを無性に手に取りたいという衝動にかられて、自分の悪質な癖を内心自嘲した。
いくつかある戸棚の中で、施錠されていない棚もあった。硝子戸もはめられておらず、
木製の棚の奥の方には薄汚れたような灰色の埃が溜まっていた。
(一回大掃除とかしてみたい、この部屋。
いったいどんな奇怪なモノを発掘してしまうんだろう、怖いなぁ。
見た事もない虫とかが出てきたら、もう見なかった事にするしかないけどね。)
大半の女子生徒がそうであるように、私も虫の類いは是非とも御遠慮したいと思う人間だ。
思考の糸の先が少し最初の戸棚への興味を脱線してしまったが、
気を取り直してその棚にびっしりと並んだモノの数々をはしっこから眺めていった。
円筒状のくすんだ透明硝子瓶を満たす薄黄色とも薄緑色とも見える液体に浮かぶ、
これまた正体不明のなにかドロッとしたものとか、ぐにゃっとしたものとか。
本当に正体不明だ。(色々な意味で。)
これだけたくさんあると余計に気持ち悪いといえば少々小気味悪いモノ達だが、
私はこういう保存液で満たされた不自然で異常な瓶詰め達の事は、嫌いではない。
ずっと腐る事もなく、同じ姿でこの無常の世界に存在し続ける彼等を憎めない。
むしろどれほど無気味なものでも、どこか愛おしいとすら思えるのは何故だろうか。
私という人間は、変わらないものなど有り得ない事を知っていながら、
どこかで変わらないものの1つや2つの存在を少し待ちわびている気がした。
(形のあるものしか瓶詰め出来ないのが一番残念だな。)
頭をくらくらさせる刺激臭を放つこの液体が言葉をも永遠保存してくれるなら、
ひっそりと先生を好きだという言葉を何度も何度も気が済むまで吐き出して、瓶に詰めて密封しておきたい。
きっと醜い程に異常な輝きをいつまでも希望なき世界に残してくれる事だろう。
私の中の愛を飛び越えた狂気の存在を証明する異形物として。
「そんなに珍しいかね。」
「うわっ。」
じーっとおぞましい瓶詰めを我を忘れたように眺めて妄想にトリップしていた私の背後に、
いきなり音もなく現われたセブルス・スネイプその人が冷たく言った。
突然の鼓膜への音の侵入がらしくもなく私を驚かせた為、思わず小さく声を上げてしまった。
「突然背後に立たないでください。驚くじゃないですか。」
「・・・・気付かん君が悪い。」
「あぁ、それはそうだ。」
あっさりと認めてしまった私を、彼は苦虫を思う存分噛み潰したような顔で見下ろす。
どうも彼は、私のこういうあっさりと嫌味を受け入れてしまう性質に、未だ慣れる事が出来ないようだ。
ふっと微かに笑って、また謎色をした瓶詰めの中身に目を向けて呟く。
「まぁ、珍しい、ですけど。
先生、こういう不気味ちゃんな物体集めて眺めるのが好きなんですか?」
「趣味が悪いと言いたいのかね?」
「どちらかと言えば私とお揃いだね、と言いたいんですけど。」
見下ろされる視線から感じるスネイプの感情は、やはり私を不可思議なものだと認識する類いのものだけだ。
少しは本心を決して言わぬ彼の言いたい事が分かるようになっても来たが、やはり謎はまだまだ多い。
何も言わずに私の言葉の続きを促すような沈黙に誘われるままに、私は静かに言葉を続ける。
いつだって会話を成り立たせるのは自分だった。
おしゃべりな教授、というのもそれはそれで恐ろしいので、あんまり見たくない。
これでいいと思う。
私の話を、一応はちゃんと聞いていてくれているのがわかっていたから。
「別に瓶詰めの中身の摩訶不思議な物体が好きな訳じゃなくてですね、
こう、何て言うのかな、腐敗を拒絶して自然の摂理に逆らい、
奇怪な『不変』を形作る処とか、素敵じゃないですか。
脆く儚いお気に入りのモノとか、全部こうやって瓶詰めにしてお部屋に飾っておけたら、
なんて素敵な永遠が手に入ると、そう思うのですよ。」
やや夢見心地で言うと、スネイプは以外にも軽蔑や嫌悪やらとはまた違う、
哀れみに近いものが混じった、まるで眼前で死んで逝く血塗れの小動物を看取るような眼で、私を見ていた。
その眼の奥が意図を隠しているので、私には彼がどういった気分で、
私の拙く異常な話を聞いていたのか検討がつかなかった。
「別に、本当に寮の部屋に瓶詰めを並べる気はないですよ。」
「・・・・そんなことはわかっている。」
溜め息混じりの、スネイプ独特の低く囁くような声。
閑散とした地下に響くような響かないような、不思議な感覚を呼び起こす。
「先生と、私。どっちが先に死ぬと思います?」
唐突に不謹慎な問いをかけると、たちまちスネイプの眉間に深い皺が寄る。
私の経験からして、これは、" 一体こいつは何を言っているんだ。 "と言いたい時の表情だ。
覚える程私はこの表情を彼に繰り返させてばかりだから、何となくわかった。
「年齢的に言えば先生が先かな、でも、私はいつ世の中に飽きて勝手に逝っちゃうかわかんないし。
もし私の方が先に死んだら、お願いがあるんです。
私をホルマリンに漬けて保存して先生の手元に置いてくださいよ。
全身じゃなくてもいいから、手首だけとか足だけとか、肝臓だけとか、
脾臓だけでもいいし、舌でも、眼球でも、脳でも、脊髄を標本にしても・・・」
「・・・・もういい。」
「あら、そうですか。残念。
とにかく、私の一部を先生の手元に置いてくださいよ。
常に見える場所じゃなくてもいいから、時々私の一部がそこに存在すると言う事を、
時々思い出してくれるだけで私はそれはもう十分に満たされると思います。」
「もういいと言っとるだろう、いい加減にしたまえ!
我輩はそんなものを手元に残したりは絶対にせん!」
「燃え残った骨だけじゃ、嫌なんです。
あれは、いづれ、風化してしまう。」
怒りを露にして怒鳴り付けるスネイプと、恐ろしいくらいに静かに微笑み話す私は対照的で、
でも、心なしかどこか似通っているのではないかと言う幻想が消えない。
先生に私の言いたい事が伝わるかどうかはわからないし、
伝わる可能性は、セブルス・スネイプがハリ−・ポッターににこやかに挨拶する確率くらい低いものだろう。
でも、言いたい事は言っておかねばならない気がしていた。
言葉を自分の内に溜め込むと、抱え切れなくなってしまうという悲しい事実を私はよく知っている。
「私は似非永遠の一つや二つの存在は許されると思ってるんですよ。」
「・・・・ふん、くだらん持論だな、ミス。」
「世界は変わるから美しいのだけれど、変わらない異物も素敵です。
そのくだらなさもまた素敵です。」
「君の美的感覚は少々歪んでいるのではないかね。」
「自覚はありますよ。そんな頭の可笑しい自分もいいじゃないですか。」
「・・・・・君との会話はまったく時間の無駄だな・・・・・。」
埒のあかない低レヴェルな論議に疲れてかスネイプは溜め息と睨むような視線を残して、
さっさともといた机に向かって、私の存在を敢えて無視するようにまた別の羊皮紙の束を引っぱり出した。
私はそれ以上深入りして主張する気もなかったので、何事もない風を装って瓶詰めをまた眺めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
予想通りの沈黙が彩る地下室、特にその静かさを苦痛に思う事はなかったが、
見るものは全て見てしまい、手持ち無沙汰になって私は困り始めた。
仕方なく、私はスネイプの机に接近して歩いていった。
彼は相変わらずこちらの存在を無視してひたすら乱暴に羽ペンで何事かを書き殴っていたが、
気にしていない振りをしながらも僅かに私の気配に神経を向けていた。
それでも、まったく平常を装おう。
それは私も同じように。
まったく交差しない平行線を辿る関係のまま、スネイプが座っている椅子の傍らにしゃがむと、
机の引き出しを背もたれにしながら、膝を抱えてただ眼を閉じてじっとしていた。
すぐ傍を見上げるとスネイプの気難しい顔が見える位置。
最初は神経を集中させていたが、やがてただ何もしないで踞って眠るようにしている私への集中を解き、
諦めたようにまた羊皮紙の群れを相手に黙々と羽ペンを滑らせていた。
湿っぽくて埃っぽくてうんざりする程薄暗い地下室で、机の傍は余計に薄闇が濃厚だった。
その気が可笑しくなる程の陰鬱な退廃的空間の隅っこはとりわけ居心地がよかった。
(此処がスネイプの傍らである事も重大な意味を示しているのではないだろうか。)
ここにいる事を許されては決していないのに、禁止されてもいない、曖昧な自分の在り方等。
結構じゃないか。
結構じゃないか。
それも、素敵だ。
「ねぇ、先生。」
「・・・・・質問なら手短に願おう。」
「形の無いものを瓶詰めに出来ない事が、私とってもくやしいんですよ。」
「まだそんなことを言っておるのかね。君もしつこいぞ。」
全くだ。
相当にしつこいようだが、私は一つ言いたい事を言い忘れていたのだから仕方ない。
「『ソレ』は先生が信じていないものなんですけど、
だって『ソレ』と見分けられる然るべき形があって、つかまえて密閉できたら、
先生にそれを眼前に突き付けてどうだって、証明できるのに。」
私が好きだっていう言葉をつかまえて閉じ込められたらいいのにな。
そう言って、私は膝の間に埋めていた顔を上げて情けなく、力なく微笑んだ。
そしたら先生は渋い顔して、眼に見えるものだけしか君は信じないのか、と、私の顔も見ずに訊ねた。
私はこう言った。
さぁね、先生が与えてくれるものは少なくとも疑いなく信じてますよ。と。
スネイプが笑うような泣くような困ったような怒ったような、本当に奇妙な顔をした。
「!ただいま!」
「おー。お帰り、ハリ−、ロン、ハーマイオニ−。」
既に時は夕暮れ、私は皆が帰ってくる頃にはとっくに寮の談話室に戻り、
読みかけの本を、読むつもりもない私は気もそぞろに弄んでいた。
あの人の事で頭が一杯だった。
1、2年生だけがいる談話室とは違って、大勢の生徒達が帰ってきた時のざわめきは格段に賑やかだった。
興奮も覚めやらぬまま、ハリ−達は出発前の宣言通り、お菓子やら何やら様々なお土産を机にばらまいた。
瞳をきらきらさせて、それぞれを指差し、手に取り、どういったものだとか、
どんな味がするとかを丁寧に楽し気に説明してくれるのを、私は機嫌よく頷きながら黙って聞いていた。
一通りの説明が終わったところで、少し頬を赤くしたハーマイオニ−が、
ふと私の両手にひどく愛おしげに包み込まれた、深い色の小さな瓶を見て、首を傾げた。
「あら、それは何?」
訊ねられても、私はただ微笑みを崩さずにこりとしていた。
するとロンが苦笑いしながら、何にも入っていないようにしか見えないけど、と、
少し恥ずかしそうに言葉を濁した。
「えぇ、そうね、でも、私は盲目的に与えられたこの瓶の中身の存在を信じているのよ。
何一つ、疑う余地も無い程にね。」
Fin.
(02.9.12)
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