完璧なる敗北














「・・・・・・悪口しか思い付かない。」


頬杖をついてぼーっとある人物の特徴と私的分析結果を私の中に並べ立ててみると、

笑ってしまうくらいに悪口にしかならない言葉ばかりが列挙されていた。


無愛想。

冷血。

贔屓。

根性悪。

陰湿。

地下室。(?)

意地悪。


こんなにもパーフェクトに悪口しか思い付かない人もある意味貴重な程珍しいかも知れない。

しかしながら、そんな一般的に嫌な人間であるその人物が好きだという私は、更に珍しいかも知れない。


(仕方ないじゃないか・・・・気がついたら好きだったんだからさ。)


そんな一体何への言い訳かも分からないような苦しい言い訳をしてみても少し切なくなるだけで、

自分へは決して向けられる事のないその人の特別感情を、ただ無様に本能が求めるばかりだ。

一体いつからこんなに情けない自分になってしまったんだろう、弱くなってしまったんだろう。

私はもっと自分は強い人間で在り続けられると自負していたのに。


私はセブルス・スネイプに出会う前までは決して人前で泣いたりしなかった。

常に自分が自分で在り続ける為に、弱さを押さえ付けて、たとえ傷ついても、

この頼り無い足は、それでも独りで歩いて行けた。


ところが、今はどうだ。

このざまは何だ。


惚れた弱味か何なのか、私の愛したセブルス・スネイプの前で、ぼろぼろ泣くこともしょっちゅうで、

手に入らないもどかしさに焦って不可解極まりない幼稚且つ身勝手な行動をとる。

そして困らせて、呆れさせる。

愛想を尽かされても、諦め切れないだろう事は目に見えて明らかで。


最近の彼は私を明らかに適当にあしらおうとして相手にもしてくれていないようで、

さすがに継続されるそんな無慈悲な態度には、怒りよりももどかしさよりも正直に悲しかった。

はっきり言って、相手にしてくれないから、と怒るような子供らしくて生易しい恋愛感情ではなかった。


一方的に自分を押し付けるだけのあまっちょろくてくだらない恋愛をしたいわけではない、

あくまでもお互いに幸せになるという、そう在りたい事を前提で愛し、愛される関係になる事がベスト。


イカれるほどの愛しさで互いを充たせるような。

無理強いをして同情で付き合わせる事程痛いことはない。

私のプライドがそれを決して許さない。

しかしそんな決意があれども、行く先の見えない全力疾走に喘いでしまうのは事実。

どうしようもない思いと適わぬ欲求にたえるだけしかできない。

それだけがただ素直に悲しかった。


そこまで必死に鈍く走るシナプスの電気信号を駆使して考え込んでいたが、

私はその結果として一つの回答を導きだして溜め息を一つついた。


少し、頭を冷やそう。


心身の冷却期間とでも言うべきだろうか、そんな時間が欲しかった。

もう一度、愛しい人に近付いて頭を真っ白にするのでは無くて、

愛しい人を想いながら、自分の現在の状況とこれからの行動と、考えうる行く末について、

今まで残酷に思えて考えないようにしていた事も(たとえばそれは『拒絶』)含めて考えたかった。


そうして、私は会いたいと泣叫ぶ本能を縛り上げ、

しばらくは愛しい愛しいセブルス・スネイプから泣く泣く離れてみる事にした。














、最近あんまり質問に行かないよね。」


談話室でぼーっと斜め上を凝視していた私にふいにハリ−が声をかけた。

なかなか鋭い所をお突きなさる、恐るべしハリ−・ポッタ−。

内心全身を心臓にしながら、そうでもないよ、と気のない返事を返した。


いつもなら私は夕食後のこのゆっくりと流れる時間を、

スネイプの薄暗くて妙な薬の匂いのする研究室に入り浸っていたのだ。

よって、私がこの時間帯だけではなく、ずっと質問にも行かずに談話室に入り浸りながら、

心此処にあらずと言った様子で考え事をしている私を妙に思ったらしい。


今まで鬱陶しい程近付いて行っていたスネイプから離れてみる、と、

人知れず決意をしてからすでに4日が経過していた。

我ながらよく頑張っている。


しかし、その決意の原因となった思考するべき事の半分以上がまだ消化し切れずに、

もやもやと私の胸の内を漂って、スネイプに会いに行きたくなる本能の暴走に拍車をかけようとしていた。

これはもう少し私の決意が弱まったら、すぐにでもあの通いなれた地下室に飛んで行きそうだった。


「もともとは頭がいいし、質問なんてしなくても十分じゃない。」


「いやぁ、ハーマイオニー、頭のよさで君には誰も適うまいよ。」


戯けて私がそう言うと、ハーマイオニ−は少し顔を赤くして困ったように笑った。

ふわふわの髪の毛が揺れて、明りに透かした。

金髪の彼女のビスクド−ルみたいな髪が少しうらやましかった。

自分の真直ぐな黒髪も気に入ってはいるのだが、まさに『女の子』を凝縮したような可愛さには憧れる。


「でもさぁ、質問に行かないのは別にしても、最近元気ないんじゃない?

 食事だって全然手もつけないでぼーっとしてるだけだし、顔色悪いよ。

 どこか具合でも悪いの?」


「全然私は元気よ、ロン。

 もう、君は心配しすぎだよ。」


薄く笑いながらまたしても戯けるように方を竦ませる私の言動は、

一見普通にも見えるが、私の自分に対する認識からすればかなり不自然で歪な言動だった。

あまり鋭いとは言えないロンにまで気付かれるとは、(失敬、)不覚だった。


まいっている。正直言って。

こんがらがった糸の先が見えず、思考の渦はどんどん深く暗く先を見えなくしているようで、

まったく求めている結論と言うものがこの先何年飲まず食わずで考えたって導き出せそうになかった。


それ以前に、飲むやら食うやらなんてつまらないことじゃなくて、

スネイプに会いに行くにも会いに行けないということの方がよっぽど私を死に至らしめるだろう。


「あ、そういえば、君スネイプに呼び出されてたんじゃなかったっけ?」


ハリ−が地獄の門を開いた・・・・ように思えた。

私は頬の引き攣りを隠し切れずに歪な微笑のまま動きを止めた。

意図的に忘れていたのに、ハリーの親切心が仇となったのか、嫌でも思い出さざるを得なくなり、

もうただただひたすらに溜め息が洩れでるばかりだった。


「御愁傷様だね。」


「頑張ってね、。」


「健闘を祈るよ。」


ハリ−、ハーマイオニ−、ロンが順に少しの勘違いをしながら私を慰めてくれた。

哀れみと私の酷い動揺への困惑が入り混じる視線に少し苦笑いだった。

彼等は自分達と一緒で、私がスネイプを嫌っていると思い込んでいる。


スネイプに会うのが嫌だとか、そうではなくて私は自分の決意が揺らぐのを怖れているだけだった。

むしろ会いに行きたいのは4日前からずっとのことで、正直願ってもない嬉しい呼び出しでもあった。

だが、今会ってしまうと、あの居心地のいいのかわるいのかわからない地下室に行くと、

折角整理し終えた思考回路までもが乱れてもつれて白紙になり、ただの愛しい思いだけが先走りそうだ。


「シカトしたりとか。」


「止めといた方がいいよ。後で何されるかわからないからね。」


「減点だけで済むかしら?」


「命が危なそうじゃない?」


「・・・・。行ってきます。」


「「「いってらっしゃい。」」」


足取りが重くて肖像画の穴をくぐり抜けるだけでも相当な時間がかかったように思えた。

しかし、一体なんだって私が呼び出されなければならないのだろうか。

いや、決意の融解は非常に困るのだが、嬉しかったりもした事は否定出来ない。

終わりのない溜め息を打ち消しながら地下へと向かう通いなれた道のりを歩いていた。


『夕食後、我輩の部屋へ来るように。』という、無情なる宣告がなされたのは、

本日の最終授業であった魔法薬学終了直後の事であった。

生徒一般に向けるものと同じ冷たく暗い目で私を見据えて、

急いで教室から逃げ出そうとする背中に投げ付けられた言葉が聞こえてしまって、

私は即忘れる事を決意した。その結果、ハリーに言われるまでは本当に忘れていた。


例の授業では呼び出しを受けるような失敗も何一つしておらず、

むしろ私は「決意」の後からはずっと失敗一つなく授業を終えていたというのに。

呼び出しで2人きりになって、緩むのを怖れたのだ。


何十回という溜め息をこぼしながらも、嫌味なくらいに無意識に足取りが弾む。

これではもう嫌なのか嬉しいのかわからないではないか。

そんな自分に呆れたと言う意味合いを込めてもう一つ特別に深い溜め息をついた。


ああ、頑張るつもりだけど、多分あの地下室に入ってしまえば、これまでの努力は無に帰す。

そんな予感だけが頭の中に諦めとして漂った。


そうこうしているうちに、私はもう地下室の扉の前にたち、ゆっくり呼吸をして、扉を叩こうとしていた。

ああ、懐かしい感じがする。

毎日していた行為の感覚が数日ぶりに甦ってたまらない気持ちになった。

この重々しい扉を3回ノックして、私が名前を名乗って、

中からしばらくすると不機嫌そうな愛しい声が無愛想に聞こえてくる。

温かな記憶を辿りながら、慣れた動作がやけに辿々しくなってしまう。


「スネイプ先生、です。先生ー。入りますよ〜?せーんーせー。」


ちょっとした照れ隠しも兼ねてしつこい程に呼ぶと、案の定久し振りに聞く低い声が聞こえる。

扉越しにくぐもる低音が耳に心地よくて、その動揺のせいか押してはいる扉を間違えて引いてしまい、

余計に入室がなんだか恥ずかしくなってしまったのは言うまでもない。


「・・・・何をしているのだ。」


怪訝そうに、というかむしろ呆れた表情で奥に設置された机の向こうでスネイプがこちらを見ていた。

久し振りに受ける視線がもどかしくて、何故かまともに顔を見たら笑い出してしまいそうだった。

視線を合わせないように俯きながら笑って言う。


「ま、間違えただけです。全くもって気にしないで下さい。」


「・・・・何故、ここに呼ばれたか、君はわかっているかね?」


「いいえ、さっぱり分かりません。

 呼ばれる理由なんて私には何一つありませんから。」


満面の笑みで私はきっぱりと断言した。
自分の決意を守る為にも、そうしなければならなかった。


心当たりはあるにはあるが、私がスネイプの所に質問を口実に遊びに来なくなったくらいで、

この教授が私を呼び出してその理由を聞き出したりするだろうか?


少なくとも私の訪問を迷惑そうにしていた彼のことである、来なくなったらそれはそれで清々するはずだ。

まさか避けられている事を気に病んでいるはずは有るまい。

(私は中途半端に期待を持たされるのは少々嫌だ。)


「本当にそう思っているのかね?」


じろりと睨み付けるように暗い目が私を見据えている。

私は全くそれを怖いとも思えず、好きな人の目に自分が映っていると確信できる瞬間が、

どれ程幸せな事かということについて考えていた。

彼の月のない夜の底なし沼の水面みたいな目に映る自分を覗き込んで見てみたい衝動に駆られた。


「え?あ、はい。もちろんですよ。

 授業でも失敗してないし。

 先生の悪口も言ってないし。

 双子と一緒に悪戯も仕掛けてないし。

 規則違反もしてないし。

 迷惑もかけてないし。」


「その、迷惑を最近被っていないので、少々君が企み事でもしているのではないかと思ったのだが?」


「ああは、嫌だな、迷惑かけられたかったんですか?

 先生も物好きだなぁ。」


「・・・いい加減にしたまえ、誰が物好きだ!」


「短気ですねぇ。そんなことで怒らないで下さい。

 でも、本当に何もないので。

 一体何を企まなければならない事が?

 無駄な心配は不要です。

 私はそんな暇人じゃありません。

 用はそれだけですか?

 それでは、失礼致します。

 宿題が残っていますので。」


ローブを翻して、いつも通りを演じ切った私はさっさと出て行こうとした。

しかし、少し苛ついたように呼び止められてそれも適わなかった。

無視して行ってもよかったのだが、何故か私の中の本能がそれを許さずに、

スネイプに背を向けて扉の把手に手をかけたまま私は立ち止まる。


「その、なんだ・・・・何か気に病んでいることでもあるのか・・・?」


「は?」


意外すぎる言葉に思わず私は振り返って首を傾げた。

スネイプはといえばバツが悪そうに苦々しい顔をしているばかりだった。


「何故そう思うのですか?

 心配してくださっているのですか?

 何故?」


「・・・・・。」


「・・・・黙り込むのは卑怯です・・・・。

 貴方が、私を、今引き止めたのですよ。」


誤魔化し茶化すのを一切止めて、真剣に私はスネイプを真直ぐに見た。

おかしくなりそうだった。

自分を心配してくれた?


邪険に扱われて迷惑がられるような態度しかとられていなくて、

望んでも手に入れられないと思っていた私に向けられる何かしらの『感情』。

私の推測が間違いならば、それを期待させないで欲しかった。

勘違いして先走って1人で傷つくことを怖れていた。


なおもただ黙り込むスネイプに私は哀願するように、

怒りとやりきれない悲しさと形を持たぬ愛情とを掴んで投げ付けるように言った。


「一体先生はどうなさりたいのです?

 言ってくれなくては、私には、何もわかりません。

 一体私をなんだと思っているんですか?

 何も思っていないのなら、・・・・中途半端に期待させるのは止めて下さい!」


私の振り絞る声が途切れて、一瞬の静寂の後、スネイプの溜め息が聞こえた。

眉間の皺が深くなっている気がした。

ああ、また困らせたかな。


決意も何も全部、もうすでに解放されてしまった本能が喰い尽くしてしまったらしかった。

怖れていた通り、私が考えたことはすべて白紙になって、それらを満たすのは途方もない愛しさ。


「我輩が何を期待させたというのだ?」


「いろいろですね。

 おんなの自意識過剰をなめちゃいけませんよ。

 例えば、私の大好きな人は私の事を少しは考えてくれているのだろうか、とかね。

 期待してしまうのはまぁ私が多少突っ走ってしまうきらいがあるせいでもあるんですけどね。」


さっきとはうって変わって自分が冷静になったのを感じた。

言うだけ言えばすっきりしたとでもいうのだろうか、私の口調は少しのんびりとした普段通りになっている。


「我輩の事を好きだとか言っていた訳の分からない小娘の事を、全く考えておらんわけではない。」


「・・・・・そういうのが・・・・やっぱり期待させてるじゃないですか!!!」


「少しは期待してもいいと言ったのだ!!!」


売り言葉に買い言葉。(ちょっと意味が違うがこの際気にしない事にしておく。)

しまった、と言うスネイプが彼的に失態をおかした事を物語る、えもいわれぬ表情を見た。

ああ、これは初めて見る表情だわ。

奇妙に沸々と沸き上がる愛しさ。


いいんですね、もう聞こえてしまった言葉は取り消せないですよ、期待してもいいんですね、先生。

それが、どういう意味であるかも、わかっているのですね。


「冗談ではないんですね。

 ・・・・ああ、すみません、今、私、死にたいくらい嬉しいです。

 ヴォルテ−ヂの限界点突破しそうです。」


「・・・・・・。」


「まぁ素直じゃないスネイプ先生が珍しく珍しい事を言ってくださったので、私も正直に話しましょう。

 御存じの通り、私は此処最近おもいっきり先生のことを避けてましたよ。

 質問を口実に遊びに来る事もわざと止めていました。」


「・・・何故、」


「考えたかったんです。

 だって、先生の側にいると先生の事しか考えられなくなっちゃうんですよ。

 もちろん考えたかったのは先生の事以外の何ものでもないんですけど、

 でも盲目的に直接的に先生のことだけを考えるんじゃなくて、

 もっと広い範囲で、自分のほしいものとか行き着く先の予測であるとか、客観的に、と。」


恥ずかし気もなくそんな事を言う私に、先生は少し目を丸くして私を奇特なものを見る目で見ていた。

えぇい、もうどうとでも見やがれ。

開き直りつつ、私は言葉を続けた。拙い私の説明で果たしてわかってもらえるのか、不安になりながらも。


「私、私すごく頑張って我慢したんですよ?

 もういつもみたいに会いに来たくて、でもちゃんと冷静に考えるって覚悟したから。

 それでも考える事は果てしなく膨大で、どんどん泥沼にはまっていくし、

 考えれば考える程、先生の何一つ手に入らない無力な自分に苛ついて、悲しくて。

 たとえ拒絶されても、私は先生を愛する以外にどうしようもないんですよ?」


「そんな事を考えていたせいで、ろくに食事もとらなかったと・・・?」


「あれ、やだ、見てらしたんですか。恥ずかしいなぁ。

 だって食べる事より寝る事より大事な事でしょう?

 私にとって呼吸する事よりも先生が好きだと言う事の方がよっぽど当たり前なのに。」


断言する私は、何でもない風を装いながらも、酷い何かへの衝動に駆られていた。

ああ、もう、どうしようもない。そんな思いに呑み込まれて溺れかけの私。

どれ程恥ずかしい事を言っているのか、茫洋と弛んだ脳神経のせいであまり自覚もなかった。

ただ言えるのは、私は本当の事しか言っていない。


「まだ君は我輩を好き等と言っておるのかね・・・。」


うんざりとしたような、奇妙な表情でスネイプが言った。

私は当たり前の事のように軽く頷く。もちろん、とでも言わんばかりだ。


「しかし、君はいつも泣くではないか。」


「ええ、ぼろぼろ情けない程に泣いてますね。

 先生、まさか先生のせいで私が泣いてると思ったんですか。」


「・・・・・では一体誰のせいだというんだ。

 ・・・・君が此処を敬遠していた理由だが、てっきり我輩は・・・・。」


スネイプが言葉を切って、私は続きを待ったが、その言葉が続けられる事はなかった。

ただ正面でぶつかる視線は彼の苦々しいものと、私の無感情なものだけだ。

許可がおりたので私は期待してみるのだが、もし事実に期待が相違ないのなら、

彼の続くはずだった呑み込んだ言葉はとても、とても私を幸せに引きずり込むはずだ。

私が予想した言葉はこうだ。


  『 嫌ワレタノカト 思ッタ。 』


私が?

有り得ないですよ、先生。


「言葉は重いのです。

 呑み込んだらいつか抱え切れなくなりますよ。

 先生、私にだけは何でも言って下さいよ、なんて、ちょっと傲慢ですけど。」


しばらくの間、地下室の冷たく重々しい空気にじわりと溶ける幻のような沈黙を経て、

会話がもう続きそうもないと思い、無表情にスネイプを凝視していた視線をふっと下ろし、

笑いながら私はそう言った。

俯いて、身体の奥の仄かな流動で笑みを合成して、指先の暖かさに少し震えた。

スネイプの表情は窺っていなかったので、どんな奇妙な表情をしているのだろうかと思った。


「確かに泣くのは先生のことを考えてるからですが、本当の理由はもっとつまらない嫉妬とか焦燥です。

 だって、先生、私なんてまったく見ていないとしか思えなかったから。

 ねぇ、本当に、さっき言った事、取り消せないですよ。

 私、もうすでに期待しちゃってるんですよ。」


「・・・・・もう勝手にしたまえ。」


「えぇ、勝手にします。

 また此処に遊びに来ることに致します。

 ああ、また明日から此処に来れるんだと思うと嬉しい。

 やっぱり我慢して考えたって、無駄なんですね。

 思考のしっぽも全部もう何処かに飛んで行ってしまいました。

 ・・・それでは、そろそろ寮に戻りますね。失礼しました。」


「気をつけて帰りたまえ。」


「・・・・・・・・・・。」


「・・・?」


思わず目を丸くして呆然とスネイプを見てしまった。

初めて言われた言葉に、私はあんまりにもありふれたことなのに、

戸惑い、どうすればいいのかわからなくなってしまったのだ。


『気をつけて帰れ』?

いつもはさっさと帰れだの何だの、追い出されるような、だるそうな言葉だったのに、不意打ちは卑怯だ。

突然優しくされても、どうしたらいいのかわからなくなるじゃないですか。


「今日は、負けっぱなしですよ、全く。

 不意打ちばっかり!

 先生、貴方の勝ちです。

 ああもう、私は完敗です。」


「何が勝ちだか負けだか知らんが、さっさと帰らんと減点だ。」


「そりゃあ困りますね。

 では、おやすみなさい、先生。」


逃げるように地下室研究室を飛び出て、やや緩む口元を押さえて寮へと飛んで戻る事にした。

悠長に歩いていたら、私の中の何かがプツリと切れてしまいそうだ。


少し顔が熱いのは気のせいで、スネイプが意地悪く私をからかうように見ていたのも、気のせいだ。


妙な所で負けず嫌いな私が潔く敗北宣言をしたのだから、これくらいの意地は多めに見て欲しい。


私は闇を蹴散らしながらいつものように上り階段を駈ける。















Fin.




 

初めて認めてしまわざるを得ない程 完璧なる敗北。

悔しいけれど こんなにも胸の奥が柔らかに疼くよ。

(02.9.9)

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