血雪












ホグワ−ツの冬。

それは大抵身を切るような寒さとかじかむ指、赤い頬、白い息、そして純白を装おう雪の銀世界。

私はそんなイギリスの冬を愛した。


祖国、日本の私の故里では滅多に雪が降らなかった。

雪が全てを覆い隠して、冷たく暖かくその中に埋もれて消えてしまう事に憧れていた私は、

もちろん故郷も好きだけれど、雪がたくさん降るこの国も、それはそれは、とても愛していたのだ。


授業中に窓から雪が見えるなんてなかなか風流じゃ無いか。

そんなことを考えて、寒さに震えてローブの前を必至に掻き合わせながら、

まるで眠りを誘うような魔法史の授業を受けていた。

すでに冷えきって、感覚も何も無くなってしまったような指が申し訳程度に薄茶色の羽ペンを握り、

力の入らないへろへろとした癖のある文字を、寝ぼけ眼で羊皮紙に必至に書き留めていた。


「では、今日はここまで。」


先生の声が遠くの方で聞こえたので、生徒達が一斉に教科書やら羊皮紙やらを片付けるせわしない音が響く。

いくら暖炉に火を入れても、芯から冷えるような冷気は拭い切れずに、

張り詰めた冷たい空気がざわめきにくらくらと惑う。

明りである蝋燭の小さな火すらも暖かそうに、気侭にゆぅらりと揺れている。


教室から出て、途端に今までよりももっと冷えた空気が首筋に巻き付いたので、

私とハリ−とロンとハーマイオニ−は思わず揃って身震いをした。

マフラーを肌にぴたりと密着させて巻直しながら、ロンが髪に負けない程赤い頬をして言った。


「今日はこれでもう授業は全部終わったよね。それにしても寒いな。

 早く談話室に戻って暖炉の前で爆発ゲームでもしないかい?」


「いいね、ロン。ハーマイオニーとはどうする?」


「私、談話室には行くけど、ゲームは結構よ。宿題をしなくちゃ!

 ?」


「私も一旦寮へ戻る。でも、ちょっと先生に質問しに行かないと。

 ・・・ああっ、本当に寒い!

 イギリスの冬って案外寒いのね。もっと暖かいのかと思ってた。」


は本当に寒がりね。

 日本の冬もそんなにかわらないんじゃないのかしら?」


「ま、ね。ただ、雪が降る分、なんかこっちの方が寒い気がする・・・。」


「日本って、雪ふらないの?」


ハリ−が不思議そうに私の顔を覗き込んで言う。


「いいえ。降らないわけじゃないんだけど、たまたま私の住んでいた所は降らなかったのよ。

 でも、私、寒いのは苦手だけど雪はとても大好きよ。

 雪の降るこのイギリスも大好き。」


寒さで強張る頬を溶かすように笑いながら、またはたわい無い雑談を交えながら、

暖炉が音を立ててはぜる寮の談話室へと私達は向かって行った。

「太った婦人」の肖像画の穴を抜けて、私は女子寮に戻って、魔法薬学の教科書を適当に攫み取り、

ハリ−達に行き先も告げずに急いで肖像画の穴を抜けて廊下を、階段を走って行った。


先生に質問に行く、というのは半ば嘘だった。

もちろん、私はいつものように魔法薬学教授、セブルス・スネイプに会いに行くだけだ。

質問はただの口実に過ぎない。

大好きな先生の近くへ行く為なら、勉強でも何でもしてやる、という気にすらなってくる。


あんまりに寒い廊下を全力疾走して地下室へ向かうものだから、

廊下で出くわしたマクゴナガル先生に廊下を走るなと注意されてしまった。

私がへらりと少し笑って誤魔化すと、マクゴナガル先生も少し苦笑いをした。

彼女はとても厳しい先生だが、学校の為や生徒の為に一生懸命な所は、とても素敵な先生だと私は思った。


長く続く階段は、一段一段降りていたのでは時間がかかり過ぎてしまうので、

マクゴナガル先生と別れてから先生が見えなくなるのを確認すると、私は手摺を勢いよく滑り降りた。

着地を上手く決めて、その勢いづいたまま、また目当ての人のいるはずである研究室に向かった。


暖炉のある室内でも寒いのに、あんなに雪で綺麗に覆い尽くされた外はもっと寒いのだろう。

地下への下り階段の前で一旦立ち止まり、息を整えながら廊下の窓の外を眺めた。

まだ明るい雪景色の校庭と、大きなかまくらみたいなハグリッドの小屋が見えた。


踏み締めるように、地下への階段を降りて行くと、私の足音だけがカツーン、カツーン、と、

硬質な響きを天井や壁に反響させて、その度に臆病で尊大な私の心臓の鼓動を怯えさせた。


(全く、いつもの事ながら、あの研究室の扉を叩くのは緊張する。)


走って来たせいと、その緊張とで、心音は耳の奥でドクリと鳴り止まない。

全身がその鼓動を受けて揺れてしまいそうになる。

感覚の無くなった指が、気がつけばしっかりと教科書を握りしめていた。


「スネイプ先生、です。です。」


3回冷たく重い扉をノックして、手の骨が軋みそうになるのを我慢した。

ちょっと掠れかけた声を震わせて呼び掛けたのだが、何故か一向に返事がなかった。


「先生ー、スネイプ先生−。

 いるんですか、いないんですか、どっちですか?

 返事が無かったら勝手に入りますよ〜。いいんですか〜。

 というかいつも勝手に侵入してるんですけどね。」


最後の方はもはやただの独り言に過ぎなくなっていた。

試しに扉を開けようと力を込めたが、鍵がかかっているらしくまったくびくともしない。


「何でいないのさ。

 こうなったら魔法で鍵開けて侵入してやろうかな・・・・・・。」


独り言で扉に向かってさりげなく悪態をついて、はぁっと真っ白になった溜め息を吐いた。

昨日帰り際に、また明日も来る、と宣言しておいたのがいけなかったのであろうか。


私の訪問が嫌で逃げ回ってるとか。

しかし、いくら鬱陶しがられていてもそれはないだろうと思い直し、首をふるふると横に振る。

どうして自分の研究室から、あの先生が逃げる事があるだろうか。

彼のことだから、本当に嫌なら私を追い出す方を選ぶだろう。


少し項垂れて、諦め切れない足を引き摺って、仕方なく冷たい階段を上って行った。

名残惜しくて振り返り振り返りして、ゆっくり足を動かす。

歯切れの悪い足音を響かせながら階段をのぼり、何となく寮に戻る気にもなれなくて、

正面玄関の扉の脇に、持っていた教科書を適当に放置して外へと足を踏み出した。


いつのまにか風が止み、少し薄暗くなり始めた鈍い青灰色の空。

厚い雲は何処までも途切れない。

さすがにこんな寒い中、校庭で遊ぶ生徒などいるわけも無く、

1人っきりで私は白銀の中をキュ、キュ、と踏み締めながら足跡を一対残して前進した。


心地よい「孤独」だった。

校舎内のざわめきが一切聞こえなくて、無音の領域となったただの白。

耳が痛くなるくらいの静寂なんてそうそう出会える機会は無く、私はこの、

世界で存在している生き物が自分ただ1人であるような、寂し気で美しい薄闇の空白を噛み締める。


空気が張り詰めている。

まるで殴りつけたらパキリと音を立てて崩れそうな凛と凍てつく空気。


なんて綺麗な世界なんだ。

そう思いながらも、私は少し残念に思えた。


私がいなければ、もっと静かだ。

私がこの純白の世界に一点の黒い点となって存在している。

私がいなければ、ここは純白の絶対的無音領域としてただ張り詰めるばかりで存在していただろうに。


やや森に近付き、城から私が見えにくい場所で、

どんよりとした重々しく厳粛な空を見上げて、私は立ち尽くす。

歩けば無音でなくなる。

呼吸をも少し控えめにして、息苦しさとどうしようもなく厳しい寒さで頭がぼーっとした。


あ、貧血っぽい。


思ったが早かったか倒れるが早かったか、少しの衝撃を受けながら雪の上にボスっと仰向けに倒れた。

ずっと上を向いていたのが悪かったのだろうかと、何だか可笑しくなって少し笑い、

厚めに降り積もった雪にぎゅぅっと沈み込んで呑み込まれそうだった。


横目に雪原の果てを探してみると、真っ白な世界が灰色を帯びた銀色に鈍く輝いて、私の視界を覆った。

雪に埋もれるのはとても気分がいい。


このまま死んでしまえるのではないかという安らかさと冷たい暖かさがじんわりと髪に溶けて、

熱を持つ頭がすっと冴え渡り、それからだんだんと麻痺して夢見心地になる。

そこまでしか体験した事がなかったが、きっとその先にあるものは、

とても安らかで穏やかで優しく、美しい最期かもしれない。


死体は凍りついて、そのままの姿で、私はこの星の深くで眠れるのだろうか。

雪に埋もれていると、こんなにも安らかに死んでしまいたくなるのは何故なのだろう。

眠気を誘う軽やかな麻痺。


とても私は眠くなって来た。

そろそろ、死ねるだろうか?

そう思うと、瞼の裏に浮かんだのは、大好きな人の影だった。


「ミス。」


「あはは、学校内で死なれると困るんでしょう?

 大丈夫です。もうちょっとで寝てしまいそうでしたけどね・・・。」


私は眠気のせいで、とろりとした声で笑った。

深い夢に落ちようとしたその時に、スネイプの苛ついた声音が降ったのだ。


ああ、何でこの人こんなにいいタイミングでいつもあらわれるのかしら。


目を閉じて苦笑いしていると、乱暴に腕を掴まれて無理矢理立ち上がらされた。

少し掴まれた腕が痛い。

でも、腕を掴むスネイプの手は暖かかった、気がする。


「先生、痛い。」


そう言うとすぐに腕を離してくれた。

急に立ち上がった為に、立ち眩みで目の前が一瞬真っ黒になった。

奇妙な液体が目の前を流れているようなチカチカする視界に、

私は思わず目をぎゅっと閉じて両手で額を押さえて俯いた。


「どうした。」


大丈夫か、と素直に問わないあたりいかにも彼らしい。

横柄に囁くような言い方だった。


「大丈夫です。ただの立ち眩みです。

 ・・・それはそうと、先生、何で研究室にいなかったんですか?

 私もうよっぽど魔法で勝手に鍵を開けて侵入してやろうかと思いましたよ。

 てっきり、昨日私が『明日も来る』って宣言したから逃げられたかと。」


「ほほぅ、その手もあったな。」


「まぁ、どこまで逃げても絶対に、むしろ執念で見つけますけどね。」


「・・・・。」


「無言で怒らないでください。怖いから。」


軽い会話が楽しくてたまらなくて、「怖いから」と言った私のその顔は、ちっとも怖がっていなかった。

私は雪まみれのローブを少し払って髪の毛を整え、城とは反対の方向へ、森の方へ歩き出した。

歩く度に鳴る雪と、踏み締める感覚が楽しい。


「何処へ行く気だ。さっさと寮へ帰れ。

 遭難したところで誰も助けに来てはくれんぞ。」


「え、先生が助けに来てくれるじゃないですか。」


「何故我輩が!」


「何故も如何してもないですよぉ。

 というより、先生じゃなきゃ意味が無い。

 助けに来てくれるのが先生じゃなかったら、私はそのまま雪に埋もれて眠ってしまいますよ?

 生徒見殺しにしてもいいんですかぁ〜?」


何でそうなるんだ、というスネイプの心情が眉間の皺の深さにありありと現われていた。

スネイプは確かに意地悪でスリザリン贔屓の生徒の評判最悪な先生だが、

以外とその感情はストレートに顔にあらわれているあたり、素直な人だなぁと思う。


「先生って、大きな子供みたいだね。」


思っていた事が図らずとも口から零れ落ちてしまい、スネイプが私を睨んだ。

この睨みで大半の生徒達は逃げる。

私は、・・・・楽しんで追い掛けるので、逃げられる。


悪態をつきながらも、スネイプはどんどん森に添って歩いて行く私の後ろをちゃんとついて来てくれた。

両手を広げて、バランスを取りながら雪を踏み締めて、冷たさを噛み締めて。

この雪の道がどこまでも続けばいいのに。

スネイプと私との愛すべき、そして憎むべき、この微妙な距離のままでいい。


森と少しの距離をおいてぽつんと植えられている、冬でもなお濃い緑色の葉をつけた樹があった。

その樹もやはり、昨晩から今日の昼頃まで降り続いた雪にすっぽりと覆い隠されて、

細く丸いモニュメントみたいに不自然な自然さで、静寂の守人であるかのように黙りこくっている。


色を無くして、感覚を無くして、真っ白になってしまった冷たい手でその葉に積もった雪を払った。

後ろで腕を組んで見下したように私を観察するスネイプににんまりと笑いかけて、

葉を撫でて、千切って、雪を払って。。。


「そうする事になんの意味があるのだ。

 全く、君のしている事ははっきり言って理解出来ないな。

 馬鹿馬鹿しい。我輩は帰るぞ。」


「駄目。」


言いながら私はスネイプに背を向けて、樹の前にぺたりと座り込んだ。

防寒用のローブを着てマフラーを巻いているとは言え、かなりの寒さに骨まで凍りそうだった。

しかも、タイツを着用していると言ってもスカートである。


それでも、此処を離れたくなかったし、スネイプに帰って欲しくもない。

理解出来ない行動をしている事は私も十分に自覚があったわけだし、馬鹿馬鹿しいことも知っていた。


それでも、理解等いらなくて、ただ一緒にこの静寂を破って、此処に一緒に存在していて欲しかった。

白銀世界の中の一点の黒い異物じゃなくて、2点の全く不自然でない当たり前の存在物になりたい。

2つじゃなきゃ、意味が無くなってしまう。

私1人じゃ存在を知らしめる事等とても出来ない。


背後で、溜め息が聞こえた。


ああ、また私の勝ちね。


すでに負けている私のちょっとした勝利。

座り込んだ私を放っておくことも出来たスネイプが(教師としては出来ないだろうが)、

ちゃんとここに、私の後ろで呆れながらも私を見ていてくれている。

少しは、自惚れてもいいかな?


ゆっくりと、かじかんで言う事をきかない手足で立ち上がって振り向き、私がひどく嬉しそうな顔をすると、

寒さのせいでいつもよりも顔色の悪いスネイプが、疲れ切ったように深い溜め息をついた。


「痛。」


また樹の葉に触れていて、私は感覚が無くなったはずの人指し指の指先で、

じんわりと温く広がる痛みを感じて思わず小さく声をあげた。

鮮烈な赤を宿す偽者みたいな血液が、葉で切れてしまった皮膚の亀裂からぽたりと溢れた。

雪が一滴の血液で赤い染みを作った。

やはり、血の赤と、雪の白とは、不似合いな程に似合い過ぎて美しいものだ。


不審そうにスネイプが近付いて、指を押さえている私に、手を差し伸べた。


「傷を見せてみろ。」


私は、その差し出された大きな手を見て、スネイプの顔を見上げて、少し黙った。

その時の私の顔は、きっと驚いたような、奇妙な表情だったかも知れない。


しばしの沈黙の後、私は血の出ていない方の手で、差し出されたスネイプの手の人指し指に、

爪を思いきり立てて、同じような小さな皮膚の裂け目を作った。

滴り落ちたスネイプの血も、やっぱり私と同じく赤色だった。


ちょっとだけ、青色とかだったらどうしよう、と思ったのは、内緒だ。


そんな傷をつけた途端に、差し出された手は私の手を勢いよく振り払ってしまった。

怒りに任せて、スネイプが私を睨み付けた。


「傷を見せてみろと言ったのだ!

 誰が同じ傷を作れと言った、この忌々しい子娘め!」


怒鳴り付けられても、私はただ無表情にまっすぐとスネイプの暗い目を見据えて、一歩だけ近付いた。


振払われた方の彼の手を無理矢理掴み、私は、私の傷と、私の創ったスネイプの傷を合わせた。

滴り落ちる血は、私のものであり、スネイプのものでもあった。

どういうつもりだ、と苛々したような、虚を突かれて戸惑うような表情で、言おうとしたスネイプを、

私は自分の言葉で遮って、傷をより強くおしつけていた。


「血の誓い、かな?」


あくまでも私は真顔のままで、ふざけて言う方が相応しいような言葉を投げかけた。

一点で交わる私とスネイプの体温は、随分と違っていた。

私はまるで雪になってしまったように冷たくて、先生はそんな私よりもはるかに「人間」のように暖かい。

私はもう「人間」ではなくなってしまったかもしれない。

雪になって、いずれ溶けてしまうのか。


「何を誓う必要がある。」


「何も?」


スネイプは、私がまた笑いながらからかうような事を言うと思っていたらしく、

相変わらず表情を無くしたまま何もない、と繰り返し呟く私にかける言葉が思い付かない。

それでいい。

何も言わなくても。


私は少し嘘をついた。冷たくささやかな嘘をついた。

何も誓わなかったというのは、嘘なのだ。

ただ、この血の共有によって、私が先生の側にずっといることと、

私が何があっても先生を守ると、そう心の奥底で誓った。

ああ、でも、溢れ出してとても貴方に嘘等つききれない。


「・・・・少し、嘘です。

 私、誓いました。

 先生がずっとずっと好きだって事と、私が先生を守るって事。

 私なんかに守られなくても先生は大丈夫だろうけど、

 私は、いつも先生に守られてばかりだ。

 困らせてばかりだよ。

 私は子供だけど、先生は大人だけど、それでも対等でいたいんだ。

 貴方を守れるくらいに、対等でいようと。」


喘ぐように、息苦しい言葉だった。

きっと、寒さのせいで、喉の奥まで凍ってしまった。

上手く唇が動かない。

綺麗な言葉を装えない。

生々しくて、重い本心を隠し切れなかったのは、この雪があんまりにも綺麗なせいだ。


私は俯いて、スネイプの顔が見れなかった。

やっと接触していた傷口を離すと、すでにその血は止まってしまっていた。

白雪に落ちた赤い染みを見つめて、目を閉じた。

一滴だけ、私の右目から透明な暖かい雫が落ちた。


私は雪にはなれない。

そんなことわかってた。

だって、ただほんの一滴だけしか流れなかった涙が、やけに温かすぎて。


「私が雪に埋もれて、死んでしまって、冷たくなったら、

 先生、貴方は、私を思って、悲しんでくれるのですか?」


冷たい空気で肺を満たし切れずに、私は俯いてまだ喘いでいる。

上手く言えない空白の言葉の群れ。

声が詰まるのは、凍ってしまったわけじゃなくて、本当は、喉が熱くてたまらない。


「・・・・わからん。」


迷うような低い声が空気を伝って、私の耳に届いて、たまらなく悲しくて狂おしくて、

たとえ私が死んでも私の為に悲しんでくれないようなどんなに酷いひとでも、

どうしようもなく愛しくて、私はその冷えきった黒いローブに縋り付いた。


「私は、先生が死ねと言ったら死ぬし、先生が生きろと言ったら生きるわ。

 先生は、私に悲しんで欲しい?」


答えは返ってこなかった。

本当を言うと、所詮恐がりで弱虫な私は、答えを返して欲しくなかった。

私を絶望に突き落とすかも知れない言葉を、聞きたくなくて。


本当に欲しいものは絶対にくれない先生だけれど、私の望む事を無為に与えてくれる先生。

遠くて近くて、私の前を揺らいで惑わすひどい人。


ずっと縋り付いて俯いていた私にはスネイプの表情は見えなくて、想像もつかなかった。

もう涙もでなくて、(きっと泣いた方が楽になれたのに)

声もでなくて、(何か先生に言わなきゃいけないと思ったのに)

どうすることもできなかった。(情けないからどうにかしたかった)


「・・・、城へ戻ろう。

 君はすっかり身体が冷えてしまっている。

 風邪をひかれては困る。」


幾分、声音が優しかった。

だからなのかわからないが、もう胸に込み上げて込み上げてどんなに力一杯に押し込んでも張り裂けそう。

何度も、何度もおもむろに頷いて、スネイプに掴まりながら、

ふらつく足で城へ戻る真っ白な雪原のような闇と銀色だけが散らばる校庭を、歩いて行った。


来る時につけた足跡はもう消えていた。

辺りはほとんど闇が溶けかけていた。

地面の白銀だけが、行く手を明るくした。


縋り付いて、無意識に繋いだ手はオカシクなる程切なくて、冷たくて、柔らかで、

でも、なのに、何故か酷く温かかった。









あの指の一点で交わった貴方と私の血を、

あの白い雪を点々と滲ませた2人の混ざりあった赤色を、

私は、絶対に忘れない。











Fin.







 

白銀の中での痛みの露呈。

(02.9.3)

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