水月の狂














自分で招待しておいてなんだが、何故本当に彼がこんなところへ来る気になったのかは知らない。

セブルスはただ無表情に、私から微妙に離れたところで椅子に座り、足を組んでいる。

相も変わらず黒い衣服に身を包んだままで、

よくまぁ一応はめでたい場であるここに堂々と来れたものだと思う。


彼とは対照的に、私の纏う布地は恐ろしい程に白い。

きつと締め上げられたコルセット。引き摺る程の長い裾のドレス。

他人めいたにおいの染み付いたドレスと化粧とがいちいち私を刺激する。


艶を帯びる純白の真珠や、プラスティックビィズ、硝子玉がこれでもかとばかりに縫い付けられている。

ごてごてと華美なばかりのドレスの醜悪さに踊らされているような気がしてくるのは、

私の気ののらないせいばかりではないはずだ。

大仰に結い上げられた髪を強引に解かせた私は、着付け係の女性に苦い顔をされた。


「セブルスくん、よく此処に通してもらえたね。」


サイズが合い過ぎてかえって気持ちの悪い純白の絹の手袋を気にしながら、私はぽつりと云う。

特に他意はなかった。

あまりにも場違いなこの男を、晴れやかな空気を満たした教会が歓迎するとは思えなかったからだ。


「勘違いするな。ルーピンが無理矢理引っ張ってきただけだ。

 別に貴様に会おうとした訳では無い。」


「でも、来てくれて嬉しい。

 きっとセブルスくんには、結婚式になんて、来て貰えないと思ってたから。」


「・・・・・・煩い、黙れ」


「・・・なんて、云うとでも思った?この私が」


私がそう吐き捨てるように毒を込めてやれば、

忌々しそうに険しい表情をして私の言葉を止めようとした彼は、

怪訝な顔をして少し眼を見開き、私をまじまじと見遣る。

彼の思惑を裏切ったことがとても愉しくて、私はただ無言の内に笑んだ。


此処は、云うなれば花嫁の控え室だった。それも、滑稽なことに、その花嫁役は私である。

どういう経緯で誰と結婚するのかは、私はとうに忘れた。(さして重要でも無かった。)

憶えていることは、そういえば私が心底殺してやりたい程愛しているのは、

セブルス・スネイプただ一人だったということ。


「6月の花嫁、ジューンブライドですって?

 まったく、『あの男』、ロマンティスト過ぎて反吐が出る。

 祖国では長雨の降るこの時期が、私はね、一番嫌いなのよ。」


「・・・・。」


『あの男』とは、顔さえ憶えていない『花婿役』のことだ。

笑って吐く私の言葉に含み込まれた毒に、セブルスは閉口したようだった。

しかしながら、彼が平生口にする、辛辣な迄の皮肉に比べれば、私等可愛いものだろう。


彼が決して言葉にしなくとも、皮肉ることも忘れる程動揺している原因が、私にはわかっている。

そう、散々追いかけ回して愛していると云って、跪き、追い縋り、狂信的に彼を愛し続けた私が、

突然に彼の見知らぬ男と婚姻の式を上げようと云う。

私の愛情に対する未練では無く、彼は私の一連の言動が不可解でならないのだ。


彼は彼の意地故か、花婿が誰なのか、とも、自分への言動は何だったのか、とも、

何ひとつ私に訊ねようとはしなかった。代わりに、物言いた気な鋭い眼で私を睨み、

ただ足を組んで無表情にそこにいるばかりだった。


聞かれなくば、何も説明などするまい。

幾ら私が彼を愛しているとて、一から十迄説明してやる程私は親切では無い。


私は彼が知っている通り、彼だけを唯一愛し、自らの全てを彼に対して捧げていることも事実であれば、

知りもしない得体の知れない男と式をあげようとしていることもまた事実。

セブルスにとって真実とは、彼の知ることが全てなのだ。


「リーマスくんは、どんな顔をしてた?」


も会ったんだろう。」


「会って無いよ。確かに一応形式上の招待状を出してはみたけど、別に来てもらいたいわけでもなかったし。

 今日はこの部屋には着付け係以外は誰も入れて無いんだから。そう、『花婿』さえ、ね。」


花婿と、云った私の声音には明らかな揶揄があった。

それに気付かないふりをしながら、彼はそれでも舌打ちをして眉間に皺を寄せた。


「ルーピンの思惑等、知ったことか。」


「・・・・そうか、うん、まぁ、大体予想はついたよ。うん。ありがとう。

 どうせリーマスくんのことだもの。

 全部お見通しなのか、半分だけ理解して戸惑っているかだろうね。

 あるいは、ジェームズとリリーが亡くなったことで自棄になっていると思っているとか。」


でも残念ながらリーマスくんのこういう時の予想って悉く外れるんだよ、と、

私がセブルスにしか見せない笑みで笑って云った。

彼はとても苦々しそうだった。


彼の戸惑いが、手に取るようにわかる、この至福。


散々愛を叫び続けていた私に、気持ちを一夜にして裏切られた愕然とする気分と、

愛されていることに何時の間にか奢っていた低俗な自分自身への嫌悪と叱咤。

関係ないと思い込むにつれ、彼の中の奥深く迄広がっていく不可解な暗黒色の染み。


彼は決して私を愛している訳では無いが、今迄当たり前に向けられていた愛情を偽りだと知り、

当たり前のように愛されることに慣れ、その注がれる気持ちを決して悪いように感じていなかった自分自身に、

彼は恐ろしい想いがしているに相違なかった。


それでも、彼は強がるように絶望に見間違う思いを冷静さで処理している。

彼が「自分の姿」を明らかにしている確信を持てた私は、傲慢な迄に彼を愛しく思った。


私は自分でも何処迄が確信犯だったのか、どこまでが重なりあう幸運な偶然だったのか、

それすらわからないでいた。(そんなことはさしたる問題では無かったのだ。)


絹の手袋の下では、指の先迄惜しみ無く流れる血流と思惑が、

今にも絹を焼き尽くさんばかりに、抱え切れない程の熱を持つ。

手袋を引き剥がして、愛しいセブルスの頸に、熱を持った血流が溢れ出す程、この指を激しく絡めたかった。


「聞かないんだね。」


「何がだ。」


「そりゃあ、いろいろ。たくさんの理由とかさ、ほら、いろいろあるでしょう。」


何故挙式などあげるのか。

花婿はいったい誰なのか。

セブルスに叫び付けた私の愛は本当に偽りだったのか。


「本当は、セブルスくん、たくさん聞きたいことと云いたいことがあったのでしょう?」


「そんなもの、ない、」


(ほら、ほら、ほら。)

(早く自分から手を出してしまいなさいな。)

(行くな、と云ってしまいなさい。)

(自分はお前を愛さないけど、お前は自分だけを愛していろ、と、自分勝手に、云っておしまい。)


子供じみたその愛らしい独占欲で私を奪うか、殺すか、どうにかしてしまいなさいと、そう思いながら、

私は、闇色に揺らぐセブルスの見開かれた眼を優しく見守った。



滑稽な儀式の開幕迄あと数分だと、扉を叩く音が聞こえた。

はぁいと嘘でぎらぎら飾り立てた声で返事を返した私は、もう一度セブルスを見て、

彼にしか見せない笑みで微笑んだ。

(それは、セブルスにとってさぞや忌々しく、恐ろしく見えただろう。)


「サァ、私はもうそろそろ行くよ。

 その前に、『花婿役』の顔と名前を思い出さなくちゃ。

 折角此処迄来たんだもの、式の最後の最後迄、ちゃあんと見ていてね。」


うざったいヴェ−ルを降ろして、化粧道具の散らばる橋台に無造作に放り投げてあった白い花束を掴んだ。

橋台に接していた部分の花が少し傷み、変色しかけていた。

どうせなら見るも無残に腐り果ててしまえばよかったものを、と、苦笑いを噛み殺す。


(花束には、小さな百合の花が混じっていて、それがとても苛立たしかった。

 百合の花の神聖性を穢された気がしていたのだ。)



部屋を出て行こうとした私の、花束を手にした方の手首を掴み、

険しい顔のセブルスは、けれど酷い困惑と動揺を少し滲ませて、

ヴェ−ルの向こうから私を凝視して言葉を失っている。


あぁ、何だ、彼の手、痛いくらいに熱いんぢゃないか。


私はセブルスに、ただひたすら愛しさに満ちあふれただけの笑顔を向けて、

自由な方の手で、袖口から細長い銀色を摘んで少し彼に見せてやった。

その鋭い銀色のナイフを。


セブルスは、私の手首を半ば叩き付けるようにして離すと、

血の気を失くしながら、健気にも厳しい表情を浮かべている。


「細長い銀色」を袖口にもう一度きちんとしまいなおした私は、小さく彼に手を振って背を向け、

小さく呟いた。それはセブルスにもきっと十分に聞こえたはずだ。


「セブルスくん、君なら、私のことがとてもよくわかるはずでしょう?」


後ろ手に閉めた扉が、手袋に邪魔されて今はまだ動けない手の熱には冷たくて、心地よかった。

袖口に忍ばせた銀色の冷たさも、心地よかった。


たとえセブルスが私を奪うか殺すか、どうにかしてしまわなくとも、

最後には恐らく私が奪うか殺すか、どうにかしてしまうんだわ。


奪う相手も、殺す相手も、私には未だ見当もつかないけれど、

セブルスならきっと私に後付けの理由くらいくれるはずだと確信していた。


滑稽な儀式は、きっと必然的に恍惚の海に飲み込まれるだろう。




















Fin.




(03.6.22)

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