フールズ・メイト














思わず口をついて出た言葉がとんでもない大失態であったこと、それに気付いた頃にはもう遅かった。

しまった、と、云う事すら忘れる程に私は焦っていた。

本当に、焦っていた。


目の前で見てはいけないものを見てしまったかのような、訝し気とも不可思議ともとれる表情のセブルス。

彼が私に突き刺すその視線はまったくもって恐ろしい程に痛かった。

こんなに痛い視線は産まれてこの方浴びた事がないんじゃないかと考えながら、私もまた微妙な表情で凍り付いていた。


今の無し、今のは無しだよ。

そう云ってイヒヒ、と、この時点で笑えていたら彼はまだ嘲笑一つで「いつも」の冷徹なツッコミを入れてくれたはずだ。

それだけの代償で事は成り立ち、私は、酷いね、オイ!と戯けるだけで何処へでも行けたのだ。

そういう、腐れ縁で、馬鹿馬鹿しくて、浅くて、希薄な、友情らしき関係だった。


「いつも」なら彼はこんな事を云えば鼻で笑い嘲笑する癖に、

なのに、なのに、こんなとき、嗚呼、君は何故そうしない。


嗚呼、今日はきっと厄日だ。



「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」



「いつも」なら、どうにかなることなのに、自分で自分の「いつも」を乱してしまった。
















私とセブルスの関係は、本当、率直に云ってしまえばいい意味での莫迦仲間だ。

某悪戯仕掛人達のようなソレとはまた種類的にも異なるのだが、大方似ている気もしないではない。

私はいかにも脳天気なことを云い、セブルスがそれに鋭利なツッコミを入れて、私が肩を竦めて笑いながら戯ける。


彼のツッコミは笑いを取ろうとするような生半可なものではなくて、血が吹き出しそうな程辛辣なものだ。

それを気にもしないで私は笑い飛ばして、彼の眉間の皺が深く深くなる。私はもっと笑い出す。


そんなどうしようもなく軽くて下らなくて、救い様のない馬鹿馬鹿しさで、私が彼の苦悩を深めるだけの関係。

私が一方的に友達友達しつつ、彼を突っ突いて遊んで怒られて逃げて追いかけられて、と。


ってば、よくそこまで笑い飛ばせるよね。」


セブルスから逃げてきて、腹を抱えて笑いながら談話室に駆け込んだ途端、ソファーに座るリーマスがそう云った。

逃げてきたというのは、理由さえ走っている間に忘れる程つまらないことで追いかけられたからだった。

このような鬼ごっこは毎日のように繰り広げられていたし、すでに周囲から公認されているも同然だった。


「わはは、だって、セブルス、ってば、もう、面、白いの、なんのって・・・!」


全速力で逃げおおせてきた私は、ぜぇぜぇ肩で大きく息をしながら、途切れ途切れに笑って答えた。

満面の笑みには、リーマスにさえ苦笑される始末だというのだから、全くもって救いようもない。


大きく何度も何度も息を吸いながら呼吸と整えていると、まるで肋骨の内部の全てが心臓になったみたいに、

身体の内側が大きく脈打ち、視界迄脈と共に小刻みに揺れているかのように思えた。

大袈裟ではなく、こんな死にそうな程響く心音に侵される感覚が、酷く苦しいのだけれど、好きだった。

ささやかな陶酔を感じ、私は心臓の辺りでぐっと手を握りしめていた。


息がようやく整ってきたので、私はリーマスの座っているソファーに向かい、彼の隣に腰掛けた。

疲れの為に少し痺れている躯はソファーの柔らかさに呑み込まれてひんやり心地よい。

このままソファーに喰われてもいいと思う。


「ま、お疲れ様、とでも云っておこうかな。チョコレィト、食べるかい?」


「い、いい。チョコはもういいよ。その甘い匂いだけでお腹いっぱいだってば。

 あ、ねぇ、リリーは?」


「このチョコレィトはお勧めなんだけどな・・・。

 リリー?リリーなら寮に戻ってるんじゃないかな。

 もし君達の部屋にいなかったらきっとジェームズの部屋だよ。」


「そっか、ありがと。じゃあ私も寮に戻るわ。」


立ち上がってリーマスに手を降りながら、女子寮への階段を上った。

リーマスはふっと穏やかに笑みをたたえ、静かに片手を挙げて私を見送っていた。


私はそのリーマスの笑みがお気に入りなのだ。

ニコニコと擬音語が溢れだしそうな有り触れた満面の笑みはそんなに私の心に触れたりはしないのだけれど、

時折見せる、酷く大人びている儚くて寂し気で、でも情愛に満ちた顔。


あからさまな「笑顔」ではないけれど、例えて云うならじゃれつく子猫を見つめて、平穏に包まれている母猫のような、

ゆっくりと時が流れるがごとき彼の微笑を見ると、私はどうしようもなく落ち着いて呼吸ができる気がするのだ。

同い年のこの少年が、大人びていて、凛として美しい、そう思えて私は彼をひそりと羨む。




気まぐれに動くこの魔法の階段は何時迄経っても苦手だ。

アトランダムな移動に翻弄されつつも、暫くしてようやく自室へと辿り着く事が出来た。


落ちたらきっと最下層の冷たい床に叩き付けられ、潰れて即死なんだろうな、と思うが、強がりでなく不思議と怖くない。

怖いと云うより、一度この高さを落下してみたい。(自殺願望や破滅願望、もちろんそういったものではないのである。)


魔法使いも帚を使わなければ、普通空は飛べないと知った11の秋。

どんな特別なものをも用いず、私は私の躯唯一つで、宙を駆けてみたかったのだ。

その夢が夢で終わってしまうくらいなら、死期を迎える前に自分で選択し、ダイヴしてみたいというのが私の持論だ。


つい数年前迄魔法というものに全く親しみの無かった私が夢見ていたこと。

小さな頃に書いた七夕の短冊、辿々しい平仮名は確かに「とりになりたい」とチープな色画用紙に綴った。

幼かった私は、幼かった友人に、その叶うはずもないロマンティスト的願望を笑われて、

それ以来、私は夢物語を望んでいると人前で意思表示してはならないのだという事を憶えた。

最初に作り笑いをしたのは、それよりももっと昔の話。


今ではつまらないことだが、その時悲嘆に暮れて絶望したのはどれほどの月日を経ても、忘れ切れなかったのだ。

だからこそ、私は夢物語の象徴とも云うべき魔法の存在を知り、どこか救われた気がしていたのだ。

歓びでは無い、自分を守ってくれるだろう安堵だった。


しかしながら、現実は甘くはないもので、この躯一つでは、結局は飛べなかった。

まったく、笑い話にしかならない。



「あら、お帰りなさい。今日もセブルスと鬼ごっこかしら?」


考え事をしながら無意識的に扉を開けていたらしい私は、リリーの柔らかい声にはっと我に返った。

瞬時に出てくる笑顔が、変に機械的だったせいか、リリーが顔をちょっとだけ顰めた。


「うん、まぁね、何で追いかけられたのか忘れたけど、追いかけられちゃったよ。

 談話室に息切らして滑り込んだら、リーマスに笑われたし!(そんでまたチョコ勧められたし!)

 まぁ、さ、毎日やってたらいい加減もう呆れられるっつーかね!」


「ふふ、自覚はあるのね?」


「うわっ、リリーまで!酷いなー!」


言葉は非難的ながら、私の顔はしっかり笑顔だった。

こういうテンポは温かくてわくわくどきどきする。だからついセブルスにも軽口をふっかけてしまうのだ。

(そのせいで非常に手痛いツッコミが返ってくる。が、それさえ好きだと云ってしまう、とか。)


「ねぇ、、」


ベッドで大の字に横になっていると、リリーが妙に改めて私に向き直り、真剣そうな顔をして話し掛けてくる。

いつものふわふわとした可愛く明るい彼女の雰囲気とは少し違う、真剣な表情に気押されて、

私は、何?と返事をしつつ起き上がって居住まいを正し、ベッドの上で正座してみた。


「この際率直に聞くけれど、あなた、セブルスの事が好きなの?」


あまりに突然、真剣にそんな事を聞くので、どうしたらいいのかわからなくなった私は取り敢えず笑った。


「ぎゃはは、何を云うかと思えばいきなり、どうしたのさリリー!」


「真面目に聞いているの、はぐらかさないでね。」


鋭い彼女のその言葉は、ある種セブルスの鋭利な言い方と雰囲気が似ているなぁとぼんやり思った。

はぐらかすな、と、云われても、私はどうするべきか分からずにただまじまじとリリーの眼を見るくらいしか出来ない。

彼女の意図がわからない。

答えるべき言葉もわからない。

いったいどういう状況なのか、私はほんの少し名残りの笑顔を残しながら困惑するしかできなかった。


「あのね、、皆にとってはあなたとセブルスは普通の遊び友達にしか見えないけれど、

 私にはセブルスと一緒にじゃれている時のあなたが、見ていて少し痛々しいとさえ思えるのよ。」


「はぁ・・・」


我ながら間抜けな返答だった。

私には彼女が私を見ていて痛々しいと云った理由がわからない。

セブルスと莫迦な言い合いをしている時、私は別に何も考えちゃいないのだが、とにかくとても楽しくしているつもりだ。

キツい言葉でつっこまれた時はちょっと怯む事はあっても、すぐに機転を利かせて笑いに変えることもできたし、

そんな莫迦な毎日も日常茶飯事で、別段それを辛く思う事等、ありえないのに。


自身気付いてないのね、でも、私には確信みたいなものがあるの。

 どうしてもが無理をしている気がするの。

 私が、貴方の本当の笑顔と造り笑顔がちゃんと見分けられること、それはも認めてくれたわよね。」


それは確かに私は認めていた。リリーは私の表情の僅かな変化からいつもすぐに本当の思いを汲み取ってくれていた。

私の幼い頃修得し、周囲の人々全てを騙してきた御得意の作り笑いさえ、見破ってしまったのだ。

彼女がその時云った言葉は、それはそれは印象深かった。

『無理に笑うのは、もう辛くなくなってしまったの?』

その言葉がリリーと交友関係を持つようになったきっかけでもあった。


辛いのと、迷いと、なんだか色々複雑な感情が絡みあっていて重そうだと、彼女は云った。

少し心配そうに眉を顰めた彼女に、私は動揺を隠しきれないまま、薄く笑うと、

宿題しなくちゃいけないから、図書室に行ってくるね、と一言残して部屋を出た。

背中に刺さるリリーの視線を、私は後ろめたさも罪悪感も無しで、ただありのままに受け止めた。

(それが私の返答に、なりはしないだろうか。)












リリーの云う事は何にも間違っていなかった。

しかしセブルスの事は確かに恋愛感情として大好きだけれど、それをあの気難しい少年に吐露するつもりは一切無い。

第一、愛だの恋だのと甘いことを寵愛する女らしい自分は、気持ち悪いだろうとやはり思ってしまうのだ。


この自分の今迄積み重ねてきたスタイルと信念を壊すつもりは全く無い私は、少年にも周囲にも、そうだ、自分にも、

何故か間違って産み出されたこの感情を一切告げないし、承認しないつもりだった。

それは全くこれからも変わらない私の真理だった。

凛と強くありたいというのが、一見ただケラケラと笑ってばかりな私の唯一の理想なのである。


(っつーことは、これからも私とセブルスとはもう(一方的に)莫迦友なのか!)


廊下を歩きながら、心なしか自分の真理と意志の再確認をして早くもふっきれた私は、にやりと笑った。

すれ違ったハッフルパフの下級生らしき少女に、心なしか避けられた。

(明らかに不審である自分がなんとも悲しい。そして、でも何故かいっその事清々しい。)


図書館に着いた私はまずいつもの席を眼で探し、案の定そこに座るセブルス・スネイプ少年を発見した。

彼は私の立っている入り口に背を向けて、奥まった所に座っているのだが、

そんな景色はすっかり見慣れていた為微かな後ろ姿でもすぐに彼だと判別できた。

見た目通り、彼はとても読書家だ。(読む本の種類には若干偏りがあるが。)


「さっきの追いかけっこ、ものすごい疲れたよねー。」


背後から出し抜けに声を掛けると、彼はさっと振り向き、少し驚いたようだったがすぐに眉間に皺を寄せて私を睨む。

もう私とこれ以上喋って余計な体力と時間を使うつもりはさらさらない、と、顔に書いてあった。

実に彼は分かりやすい表情をしてくれる。


「なんだよーもー。つれないなぁ少年!」


ケラケラ笑い、彼の正面に陣取って机にべたりと張り付いた。

マダム・ピンズのブラックリストにはきっと私の名前がでっかく記されていることだろう。

注意されたのは、もう回数を思い出すのも不可能だ。

しかし、今日は生徒がとても少なく、マダム・ピンズも奥で書籍整理をしているらしく、

そんな閑散とした中で私の少し押さえたひそひそ声が響くともこもるともなく中途半端に流れて行く。


「そんなに呪をかけられたいか、。」


だってば。そういう風に名字で呼ばれんの嫌いなんだけど。」


。」


「うわー!何それ、嫌味!

 でも今どきそんな(低レベルな)こと胎児でも云わないよ!」


「胎児は喋らない。」


「細かい事云ってるとダンブルドアに"スペシャル・愛のデコピン"をお見舞いされるよー。

 相変わらず鋭利なツッコミだなもう、あっはは!」


私の声を頭から遮断して、本を読もうとして必死に私を無視しようとするセブルスに、次から次へと話し掛けた。

「たわいない」という言葉が最も似合うような、世間話の中にどうでもいい疑問を織り交ぜて、

いちいち自分が何を云っているかを認識せずに唇からこぼれるままに任せていた。


そして、私のマシンガン・トォクに対して遂に我慢の限界を迎えたセブルスは、

手元に積み上げていた本を1冊、優雅な手つきで掴み上げると、それを使用して私の額を殴った。

一応性別上の問題で力の差が在る事は気にしておいてくれたらしく、手加減はされたのだが、

強かに角で殴るのは、確かにお約束ながら、反則である。


「っ・・・・・〜〜〜っっ!!!〜〜!!ぐ、痛ったー!」


「おや、どうかなさったのですかな、ミス?」


彼はわざとらしくそう云い、私を殴った本をまだ片手に持ったまま腕を組んで苛つきを押し殺した微妙な笑顔をしていた。

額を押さえたまま声になっていない声で悶絶して、痛いのとセブルスを非難するのとで頭の中はごちゃごちゃしながら、

何だかもうあほらしくなってきた。もうどうしようもなく情けないのだが面白いような。


「い、っ、角、か、角で・・・!」


朦朧とするような情けない代償の痛みを堪えていると、全てがどうでもよくなってきた気がしたのだ。

そんな急くような目まぐるしい頭の渦の中で、私はそうして、まさか口が滑ったとしても云うはずがないと思っていた事を、

明かしてしまうと云う大失態を犯した。


「煩い。これでちょっとは頭の回転が良くなったんじゃないのか。

 大体、いつもいつも何故いちいち僕につっかかるんだ、構うんだ!

 いい加減しろ!」


「失敬だなもう、もういい加減にしたいのはこっちだってやまやまなんだよ!

 君が好きだなんてもう自分でも呆れてしまってるんだ、そんな云ってもどうしようもない、

 馬鹿馬鹿しいことがわざわざ云えるはずもないだろう!」


「・・・・?」


「・・・・・・・・・・?」














どうしようもない沈黙に焦った私が凍り付いていると、先に口を開いたのはセブルスの方だった。

このまま黙っていても私が一切正気に戻りそうもないと踏んだのだろう、少し冷静に彼は腕を組み直し、

疑り深そうに云った。


「新手の、ジョーク、か?」


「おうともよ!」


私は云ったその直後、図書室を出て全力疾走でセブルスから逃げ出した。

後ろの方から、急いで私の後を追い、図書室の扉を乱暴に開く音が聞こえた。


意志は、私の再確認した自分の気持ちは、揺るがず、しっかりとまっすぐに私の中心を支えたのだ。

私はただもう、それはどうだろうと思うような自分の妙な返事に自ら呆れてみる事も忘れて、反射神経に感謝する。


斯くして、本日何度目かの鬼ごっこが再び開幕される。

いいんだ、ずっとこんな友達がいいんだよ、と、呟いた私の声は彼に届かないまま、私はただ闇雲に疾走する。




「わはは、素晴らしきかなFool`s Mateー!」


「くそっ、待てっ、!」
















Fin.




 

未熟な情念 頑な固執

そして愚か者の恋

(03.6.12)

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