中毒夕顔















夏期休暇を迎える前日の夜、荷物をとっくに総て纏め終えた几帳面なは、

学校を離れる用意も全てを整えた後、ひそりと寮を抜け出し、真夜中の城内を経て、

この地下にある私の私室を訪ね来ては、ある一つの、まったく我が儘極まりない懇願をしてくる。


「先生、スネイプ先生。此処で先生と一緒に眠ってもよろしいでしょうか。」


この彼女の非常識ともとれる懇願は、毎年毎年このような夏期休暇を迎える前日の夜に何度も繰り返されており、

1年に1度の事とは云え、私はもういい加減その懇願の台詞を聞き飽きていた。

そして私は1年周期で繰り返される同じ懇願を同じ皮肉で返すのだが、彼女は普段は従順なふりをする癖に、

こんな時に限って断固として私の拒絶を聞き入れようともせず、静かに、強かに私を制しようとするのである。


もう夏を迎えるこの季節、夜の地下室がいくら涼しいとはいえ、一緒に眠るのは些か暑苦しい。

否、本来問題にするべきはそんな下らない事では無く、むしろ彼女の非常識さ。


寮へ戻り給え。減点だ。

辛辣で冷淡な皮肉をどれほど返しても、しかし、結局は毎年毎年彼女の望み通りに事が運ばれてしまう。

そうして強引に押し切られ、彼女への苦々しさと憎らしさ、忌々しさ、そんな感情から私は思いきり眉を顰める。


(そうして私はふと思う。)

(教師と云う地位などの持つ権力により、幾らでも彼女を追い返す方法はあっただろう)

(なぜその権力を行使しないのか)

(そんなもの、知るか。)


私の、2人眠るには少し狭いベッドで、精一杯に彼女と距離を開けようとするのだが、

そんな私の努力を踏みにじるように、は私に寄り添うように近付き、(しかし少しだけ距離を開け、)

小さな躯を精一杯に丸め、まるで雨風や飢えを必死で凌いでいるかのように硬く眼を閉じていた。

少女というよりは、その姿は何かに怯える小さな動物のようだ。


独り眠るいつもとは違い、自分とは異なる生き物が隣にいる感覚が私の常の安定を奪い、非常に寝苦しい夜だった。

内心舌打ちをする。


「明日から、夏期休暇が始まりますね。」


すっかり眠ったと思っていたが、傍らで眼を閉じたまま静かに私に語り掛けてきた。

虫の音一つ聞こえないこの広い地下室で、呟くような彼女のくぐもった声は、やけに大きく聞こえる。

僅かな反響がその声の透明感を増し、夜の闇がその声を研いでは鋭利にする。


「先生、は、休暇中もお忙しいのですか?」


「貴様に関係ない。」


「そうですね。」


吐き捨てるように云ったが、は案の定さらりと受け流して、気を悪くした素振りも見せない。

つくづく気味の悪い子娘だ、と、無意識の内に顔を顰めていた。


「先生、」


「何だね、先程から煩い奴だ!

 我輩は明日も早い、邪魔するつもりならばさっさと出ていけ!」


「・・・・・ごめんなさい。」


いやに素直にが謝罪の言葉を口にするものだから、私は少々拍子抜けした。

平生の彼女は私がこうして怒鳴ればにやりと厭な笑顔を浮かべて口答えをする癖に、まったくどうして調子が狂う。

怒る気も失せた私はもう彼女の存在を無視して眠りに就こうとした。


「・・・・でも、ひとつだけ、」


「・・・・。」


「先生に会えないおよそ60日もの日々が、苦しいほどに辛いと思うのは、普通なのでしょうか。」


「・・・知らん。」


もう返事をしてやるつもりもなかったが、あまりにも彼女の声音が消え入りそうで、仕方なく言葉を返した。

自分の斯様な愚かさがまったくもって苦々しい。


相変わらずは身動き一つしないで丸まり眼を閉じる。

私は私で、眠れず、仰向けに横たわったまま曖昧な闇の粒子が漂う天井を睨むばかりである。

客観的に視ればなんと奇妙な光景に映るのだろう。


「変ですよね、先生に出会ってからというもの、いつもいつも夏期休暇が来るのが怖かった。

 先生のいない日々は、毎日が先の見えない恐怖との戦いのようでした。

 先生のいない日々は、毎日が焼け跡を独りきりで歩くような孤独との戦いでした。

 およそ60日もの日々、食事をしていても眠っていても何をしていても、そんな気分で、ずっといたんです。

 いたたまれなくて、あんまりにも身を引き裂くような痛みが限界を示唆するので、

 私、いっそ、消えたかったのです。」


まるで偽りのような、らしくもない悲痛な言の葉が、広く硬質な部屋の中で異常な程生々しく谺していた。

彼女は、彼女が吐露した程、こんなにも弱かったのだろうか。


私が認識するは、何時だって人を小馬鹿にしたように無邪気を装い笑い、時に残酷な迄に私に執着し、

かと思えばふらふら私を振払ってどこかへ彷徨をするような、まったく不可思議で面妖な少女である。

弱味を見せはしなかった。強がりに取れなくも無い虚勢を張り、私と対等である事を望んでいたのではないか。

(尤も、私はそんな彼女に何一つ譲歩し、赦したりはしなかったが。)


暑いながら、地下の独特の涼風が膚を舐めた。

(閉ざされた部屋なのだが、何処からともなく時折そんな風が吹いた。何処かに隙間が出来ているのだろうか。)


静かすぎた。

そうでなければしっかりとした、しかし、掻き消えてしまいそうな、彼女の声が聞こえる。


私は無意味に苛立ちを覚えるばかりで、彼女の声に耳を塞ぎたかった。


「今年、夏が終わった時、私はもう、今度こそ死んでしまうかもしれません。」


ぐっと丸めて横たわっていた躯を起こしながら、彼女は云う。

仰向けに横たわり、彼女を見もしないで天井を睨み付ける私の傍らにぎこちなく座っていた。

視界の端で密やかに見上げた彼女は、心なしか薄闇の中に浮かび上がっている。




静かすぎるこの部屋の中、彼女は俯き、

小さな白い両の手で顔をかくして、さめざめと泣いた。



















Fin.




夏が終わる

花は枯れる

(03.3.27)

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