春の匂いのデイドリィム













哀しいのは彼だけでは無くて、その彼を傍観することしか出来ない私だってそうなのだ。




ホグワーツ在学当時の学生時代、悪戯4人組として彼等はその名を上げ、

有名であることは誰かに聞かずとも校内隅々迄に知れていた。


ただ、その彼等と面識があったかどうか、つまりお互いが知り合いだったかと問われると、

顔を幾ら見合わせてもNOと答える人間の方が多いのは当たり前だ。

彼等とて全ての人間と話をすることなんて、そんな途方も無いこと、できるわけがない。


そういったわけで私も例外なく、同じ学年でありながら、

有名な彼等を見かけることしか無かったのだが、

リーマス・J・ルーピンだけは、何故かお互いにお互いを見知っていた。


何かきっかけがあって知り合いになったわけでもなく、何時の間にか認識だけはあった。

それでもどうしてリーマス以外の仕掛人達(リリー・エヴァンスも含めて)とは、

卒業した後も、その存在が交わることはついぞなかった。


巡り合わせに縁がなかったのだろう。

出会うことの理由なんてそんなもので片付けられるくらいにいい加減で希薄なものだ。

出会いが重要視されるのは、大抵親しくなってから運命的な意味を後付けされるせいに過ぎない。


「私は目立つ人達とはどうも気が合わないと思うのよ。」


頬杖を付いて、目立つことが苦手な私は、無気力にそうこぼしたことがあった。

リーマスはそれを聞いて笑った。

悪意の無い言葉だったことを察した上で、私らしいと笑った。


私はただ悪戯仕掛人が嫌いなのでは無く、自分が彼等のようにはなれないことを知っている。

J・PやS・BやP・Pや、無邪気に笑いあうのを見ればこそ、彼等との相違点を感じる。

素直に笑うことが、私は何時から苦手になったのだろうか。


だから。」


長い睫毛を伏せて微笑むリーマスは、少し異質な気がしたし、大人びた子供だった。

何処がどう違うだなんてわかりもしないのに、けれど確かに彼は何処かが少しだけ違うのだ。

リーマスは少し違うね、という言葉を、私は声にしなかった。


彼は子供なりに理解して、私を赦してくれるような素振りを見せていた。

精神の幼さは自己本意を基本とし、他人の理解より先に自分の理解を求めるものだ。

彼も私も、もちろんそんな子供の法則の中にいるのだけれど、

彼はその法則から少し、ほんの少しだけだが、足を踏み出し始めていたように思う。

そうせざるを得ない環境と体質を有していたことに気付いたのは、随分と後の事だったけれど。











ホグワーツ卒業の年から何年後のことだったか、

世界は大きな変化期を迎える。

その変化の波は良かれ悪しかれ、私を飲み込みもしたし、

リーマスと、彼のかつての無二の親友達も飲み込んだ。

私にとってはそれほどの重要性を持たなかったが、彼には少し酷すぎた。



リーマスは泣かなかった。

訃報に酷く驚き、居ても立ってもいられないふうで、

でもあまりに突然のひどい知らせに、動けないで口元を覆って言葉を失った。

親友3人の訃報と、一人の裏切りの報せはそれほどに重かった。


見ているこちらが死にたくなるような青褪めた絶望の顔で涙を出さずに肩を震わせるものだから、

私は彼が相当の軋みに喘いでいることだけははっきりと感じられる。


彼の元を訪れた私を構う余裕が無い程、痛みを受けた彼の、真っ白な痩せた手は、

闇が明けたことを祝う明るい夜の灯火とは、ひどくそぐわない。


私は其れ以上彼と同じような心情を理解出来ないままその場にいることができなくて、

皮肉な程美しい夜の中、家路を辿った。

道中、たくさんの魔法使い達に盃を向けられたし、祝いの言葉を差し出された。

それにひとつひとつ小さな笑顔を返して、他人事のように返答の祝辞を述べた。


私は酷く中途半端で、リーマスの側に立って哀しめなかったし、民衆の側に立って喜べなかった。


どちらに行けば良いのか分からなかったのだが、考えたところでどちらにも行けないのを知る。

悪戯仕掛人と他人である民衆の一人の私と、彼等と切れぬ縁を持つリーマスを知る私。

地に付かない心地は私に絶望することも歓喜することも赦さず、途方に暮れることだけを赦した。


数日経って、釈然としない困惑を未だ抱えたままの私は、再びリーマスを訪れた。


「やぁ、。」


彼はまた少し痩せたように見える身体で、曇った優しい笑顔を向ける。

いっそ彼と同じ悲しみを知れたら、何か彼と共有できただろうかと考えて、

その不幸を羨むような自らの気持ちの醜さに、言い様の無い苦味がある。

私は聖人では無いのだから。


彼は無言のままココアの入った洋盃を差し出した。

私も云うべき言葉が思い当たらない。

静かなリーマスの家の中に虫の聲が入り込んでくるだけだった。


「この間は、取り乱して、悪かったね。」


辿々しく謝罪するくらいなら何も云わないで欲しかったなどと勝手なことを考えながら、

ココアを少しだけ飲み込んで、頸を横に振った。


「貴方、そりゃ取り乱さなかったら可笑しいわよ。」


甘くなった唇を一嘗めして、洋盃を机に置いた。

喉に纏わりつく甘さが今は何となくそぐわなくて、其れ以上飲みたく無かった。


学生時代に一度彼が入れてくれた、ミルクがたっぷり入ったココアの味を思い出していた。

確かあれは体調が悪かった私に、リーマスが気を使って入れてくれたのだったと思う。

彼は、私がミルクが苦手なことを知らなかった。

それでも彼が親切心で折角入れてくれたものを飲まないではいられなくて、

無理して飲んだせいで余計に体調が悪化したという情けない思い出だ。


そう云えば、此のココアはミルクが殆ど入っていない。

彼はまだ私の嗜好だなんてつまらないものを憶えていてくれたのだと思うと、

そのささやかさ故に、どうしようもなく泣きたくなった。舌に残る味が尚更強くなる。


どうしようもない。

衝動が納まらなくて、リーマスの顔をまともに見ることが出来なくなった。

歓びと悲しみのどちらにも所属出来なかった孤立心は、

傷つき痩せた彼に付け込んで、救いを演じてみせたくなってしまう。


紛い物じみた愛しさと所有欲を満足させる為だけに、哀しさを偽るのを願うことは、

彼に対してだけでなく私自身にとってもまた裏切りの行為だった。


そうと知っていたとしても、悲しみと絶望と疑問と、

渦巻く感情の群れを見つめるリーマスをただ傍観していることは、限り無い痛みを伴う。

辛いのは彼だけではない、何処へも気持ちを遣れずに傍観するしかない私もそうなのだ。


「リーマス」


呼び掛けると同時に、リーマスの背後から静かに彼の首をするりと抱き締めた。

自分がどんな顔をしているのか知らなかったので、リーマスの肩に顔を埋めて、

彼からも自分からも表情を隠した。

頬や腕が柔らかい鳶色の髪に触れていた。


「ねえ、リーマス、次の春になったらピクニックに行こう」


「ビスケットと、紅茶を持って?」


「そう、紅茶は、温かいストロベリーフレーバー」


「琥珀色の玻璃の、アンティーク洋盃でね」


「ビスケットにはサワークリームと、ラズベリ−ヂャムを」


「やっぱり晴れた日がいいね」


「うん・・・・、そうだね、晴れた日にしようね」




こんな儚い真昼の夢は、私の矛盾を忘れさせてくれるだろうか。
















Fin.




 

抱え切れないものはとても多い。

(03.9.15)

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