君のニセスマイル














「ねぇリリー。」


寮の自室の柔らかで何かの罠みたいに私を埋もれさせるベッドに身体を預けながら、

同じく自分のベッドに座って、綺麗な赤味がかった髪を櫛で梳いていたリリーに、気のない呼び掛けをする。

私のいつものだるそうな声音を特に気にする様子もなく、リリーはなぁに?と、

可愛らしい声で微笑みながら言い、私の方に向き直った。


「私、最近悪戯仕掛人の1人と話をしたよ。」


「あら、誰と?」


「リーマス。」


私の返事に、リリーは少なからず驚いているようにも見えた。

何故彼女が驚く必要があるのかわからなかったが、リリーは特に何も言わなかったので私も知らないふり。

言いたくない事を無理に訪ねるのも失礼だろうし、私は詮索は余り好きではなかった。


私はリリーに、適当に話を端折りながらリーマスとの会話の経緯を手短に告げると、

彼女は少し不思議そうに首を傾げた。

あんまりにも自然な女の子らしい仕種だった。


「リーマスってば、私達には一言もそんなこと言わなかったわよ?

 まったく、何で内緒にしているのかしら。

 言ってくれればよかったのに!」


リリーがちょっと頬を膨らませて、友達に対して隠し事をしたらしいリーマスに軽く怒る。

怒りというのとは少し違った、極々親しい友人に対するような軽く諌めるような声だった。

私はちょっと笑って、言った。


「リリーも私のことを彼等にあまり話したりしないでしょう。

 別に秘密にしているつもりなんてないんだよ、きっと。

 リーマスは私とリリーが友達だと知らなかったみたいだった。」


そうかもね、とふっと笑うと、リリーはベッドに潜り込んだ。

ベッド脇に置いてあるランプに手をかけながら少し頭をもたげて私を見た。


「それじゃあお休み、。」


「お休み。」


お休み、と眠りに入る前にする挨拶を投げかけられて始めて今が夜なのだと言う事を知る。

少し面喰らって、一瞬言い遅れてしまったが、私も同じように挨拶を返すと、

リリーが柔らかに笑って明りを消すと、たちまちに部屋が全く深海の底のような世界に変貌した。


気付けばもう真夜中で、闇を住処とする何者かが目覚めるであろう漆黒の時刻。

眠そうに布団に包まれてもぞもぞと身動きしながら、眠りに堕ちていくリリーの気配が、

眼を閉じているのかいないのかすら分からない程の暗闇を通じて少し遠く感じられた。


閉じられた天蓋ベッドのカーテンが、より一層無限に広がるかのような闇を切り取って私を圧迫した。

見えないものに肺やら心臓やらを押さえ付けられているような苦しさに少し音もなく喘いで、

どうせ一切が輪郭を消している世界の中で目を見開いて奇妙な感覚に浸った。


私は、昼間起きている時はとてもとても眠いのに、こうして夜の眠るべき時になると目が酷く冴えてしまう。

きっと、人が目覚めていて、煩く活動し、その造られるざわめきに疲労に似た眠気を誘われてしまうだけで、

私自身の脳はまったく眠りを必要としていないのかも知れなかった。


私は基本的生命維持活動に対して、鈍感だったのかも知れない。

最近浅い眠りを何度か繰り返すばかりで、ちゃんと眠った憶えがあるのは、随分と前の事だ。


幼い頃から寝つきが悪くて仕方なかったので、何とか私を寝かそうと必死になりながら、

私をいたく心配する母を安心させる、もとい煩わしい干渉をさける為、寝たふりだけが非常に得意になった。

このある種の特技が役にたっているのかどうかは別として、それにより過保護なまでの母の心配は免れた。


同室の友達にしても同じ事で、私が不眠のきらいがあると言う事は決して言わずに、

夜は寝付いた振りをして闇の中で1人で目を見開き、朝は目覚めた振りをして眠そうな顏をする。

別に友達が嫌いな訳じゃない、むしろリリーはとても優しくて明るくて、可愛くて、大好きだった。


ただ、私の癖みたいなもののせいで、優しい大好きな彼女に無駄な心配をかけさせたくなくて、

少しだけ欺く事に罪悪感を覚えながらも、それでもこれから先も眠れない事を告げるつもりはなかった。

私を構ってくれる事が煩わしいのではなく、私はその優しさにどう対処すれば感謝を伝えられるか、

その術を全く知らないが為に、少し困ってしまうだけだった。


眠らない事で全く日常生活に支障はない。

まぁ、よく体調は悪くなったりはするけれども。

それはそれで特に困った事になりはしなかった。

(それがむしろリリーに心配をかけさせていると言う事には、あまり気付きたくはない。)


(あぁ、もう、私のことを心配するだなんて、そんな無意味な、

 もう、いいから、ねぇ止めてね。リリー。)


闇で何も見えない目を見開くのに少し疲れて、私は目を閉じてそんな事を頭の中で呟いた。

どうせ暗いんだから、何もない黒一色なんだから、目を開けても閉じても一緒だった。


一晩中、ずっとずっと考え事をして過ごしていると、いつの間にか朝になる。

リリーがベッドから起き出す音が聞こえたら、私も目覚めた振りをしよう。















「まぁ、!貴方が朝食に出てくるなんて本当に珍しいのね。」


大広間での朝食の始まりを待つ多大なざわめきを久し振りにこの身に受けて少しぐったりしながら、

私はリリーに近付くと、隣に座ってもいいかと訊ねてみた。

するとそのかけられた声で私がここにいる事に始めて気付いたリリーは、

本当に驚いたように感心しながら、珍しい、と高い声で言ったのだった。


確かに自分でもどう言う風の吹き回しだろうと思う。

低血圧なので朝に弱くて、近ごろはろくに朝食を食べなかった。

リリーに、身体に悪いわ、と叱られても、苦笑いを返すばかりしかできずにいた。


「リリー、君の友達かい?」


リリーの最愛の人であるジェームズが、私に愛想のいい人好きのする笑顔を向けながら訊ねた。

尋ねられた彼女は私を簡単に他の4人にも紹介して、機嫌良さそうに笑った。


紹介された私はと言えば、4人と、周囲にいた生徒の視線を浴びたせいで居心地が悪く、人酔いが悪化した。

作り笑いも愛想笑いもできなくて、無表情のまま血の気が引いてきた頭を少しペこりと下げた。

その時、リーマスのいつもの穏やかな笑顔が目に入った。


図書館で2人だけで会う時以外、お互いに声をかけないのはなんとなく決まった暗黙の了解に似て、

特に私も他人行儀に笑う彼を気にしたりはしなかった。

むしろ今親し気に話し掛けられても、まともな返答はできない。

(もっとも、私の返答がいつもまともかと言われれば、頷き難いものがあるが。)


「もう、ってば、何の為にここに来たの?

 ちょっとは食べなきゃ駄目よ、ね?」


私の人酔いに気付いたせいか、リリーが心配そうに先程よりも小さな声で私に話し掛けた。

ただ座っているだけの私が、目の前の朝食を全く無視していたせいだ。

うん、と曖昧に返事をしながら、とりあえずスプーンを持ってみたけれど、

特に食べたいとも思わないし、空腹を感じる事もなかった。


(食べる事の強要というのは当たり前すぎて、疑問に思う人が少ないのだけれど、

 案外食べたくない時に義務付けられるのって疲れるよなぁ。)


「なぁ、君の事、って呼んでもいいか?」


私の斜前に座っているシリウス・ブラックが悪戯っぽく笑いながら声をかけてきた。

私の斜前とは、つまりリリーの正面だ。

そのリリーの隣にはジェームズが座り、ジェームズの正面にはピーター。

・・・・私の正面は何の因果か、(いや、別に嫌な訳ではない。)リーマスその人だったのだが。


「え、ああ、いいですよ。」


「そっか、じゃあ俺の事はシリウスでいいよ。敬語もいらないからな。

 あ、そんでこっちはリーマスで、そっちがピーター。

 ジェームズ・・・はもう知ってるよな。リリーの旦那!」


シリウスは一応私にも他の皆を親切に紹介してくれた。

素敵な顔の造作で爽やかに笑う様子を見ると、確かに女の子に人気があるだろう事は理解出来る。


「やだシリウス、旦那だなんて!恥ずかしいわ!」


まんざらでもない様子で、ジェームズと話をしていたリリーがさり気なく照れた声で笑った。

私はそんな声に耳を傾けながら、ちらりとリーマスを見た。

別段何か意味があった訳ではないが、こうして大勢の中でリーマスと会うのは初めてだったので、

何となくどんな顔をしているのかに興味が湧いただけだった。


しかし目がどれほどぴったりと合っても、リーマスは何も反応を示さず、にこにこと相変わらずだった。

興味の対象は、特に何も無いと言う事を認めると、私はそれきりまったく普通にしていた。

こういう淡白な関係こそ、べったりとした友情関係よりも心地よいと思うのは私だけなのだろうか。


「なぁ、ってリリーと仲良いんだろう?

 でも俺達と話とかした事って、本当無かったよなぁ。

 何度か顔は合わせた事があるのに。」


「うん、そうだね。

 私もジェームズとかシリウスとかリーマスとか、ピーターとか、皆の顔と名前くらいは知ってる。

 というか、校内に貴方達を知らない人はいないと思うけど。」


シリウスが私に話し掛けてきてくれたので、私も返事を返した。

私にしては今朝は饒舌な方だと思う。

とりあえず私が思ったのは、シリウスとは比較的会話がしやすいと言う事だった。

口調の軽やかさが自然と私の言葉を引き出してくるような、そんな肩の力を抜いた優しい言葉だった。


しかしながら、リーマスとの会話の方が、自分を飾る必要もないので楽だった。

何故リーマスとこんな関係になったのか、あの雰囲気が当たり前になったのか、不思議で仕方ない。

考えたところで分かりもしない。


「あはは、そりゃそうか。いろんな意味でよく注目浴びてるしな。

 どっちかって言うと、悪名の方で有名かもなー?」


「そう、それにこの間フィルチさんとすごい勢いで追いかけっこしているのも見かけた。

 逃げてるのは必死なんだけど、君等の顔は物凄く楽しそうでした。」


シリウスがその私の言葉を聞いて、また少年らしくけらけらと笑った。


、どうして食べないんだい?」


ふいに、にっこりと微笑んだリーマスが私のただ握りしめているだけのスプーンを指差した。

私は、少し返事に迷った。


リーマスと2人で図書館にする時、本当に素直に思った事を言っても構わないという気兼ねなさがあった。

しかし、そんな彼以外の友人に思った事をそのまま言うと、大変奇妙なものを見る目で見られるので、

大抵は差し支えないような表面の返事をして作り笑いでやり過ごす。

私には、自分の思考回路が少し他人のソレと多少のズレが生じている事を自覚している。


この場合、私が思った事をそのまま、つまり食べる事への強制力が私を不機嫌にさせるとか、

食事や睡眠といったつまらない生命維持活動に興味が無いのだと、

周囲の雑音がたくさん混じりあうこの場で述べてしまってもいいものだろうか、と。


少し迷ったが、まぁどうでもいいか、という口癖を内心呟きながら言った。


「多分、リーマスが考えている通り。」


私は平然とそう言って、不敵に笑った。

リーマスは少し肩を竦ませて、シリウスは不思議そうな顔をして首を傾げていた。


私が本質的にはどういった思考をしているかを知っているリーマスなら、

私の馬鹿げた"理由"の推測くらいは多分ついていること見越した返事には、

彼も少なからず納得してくれたように見えた。


それ以上は私もリーマスも何も言わなくなり、シリウスはリーマスにしきりにどう言う事かと訊ねている。

リーマスはにこやかに笑っているだけだった。

不満そうに、納得行かない顔でシリウスが今度は私を見たけれど、

私、も平然とその視線を無視してティーカップに紅茶を注いだ。


リーマスの笑顔は、どんなに多量の砂糖をも全部を溶かし尽くしてしまう、

飽和状態を知らない紅茶のような笑顔だ。

きっと彼は怒っている時も悲しい時も本当に嬉しい時も、笑顔一つで全てを表現するのだろう。


そう思いながら、私は温い紅茶にたっぷりとミルクを注いで、少しだけ呑み込んだ。

紅茶の香とミルクの甘さが胃に広がり、少し気分の悪さが治まった気がした。















Fin.





 

笑顔は楽しかったり 辛かったり 怖かったり

黒かったり?

(02.9.16)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送