新しい玩具














少し前から珍しい人間を図書館で見かけるようになった。

頭も結構良くて、顔も悪くはなくて、性格は・・・・まぁ、ちょっと変わってて、

でも、今まであんまり図書館には来ていなかった、その事を考えたら本当に本当に珍しい人物だった。


僕はよくジェームズ、リリー、シリウス、ピーターなんかとつるんでいるから、

この図書館には入学して以来よく通っていたし、しょっちゅう声を顰めて悪戯の計画を企てている。

だからもう此処によく来る、いわば常連の生徒くらいは顔を覚えてしまうような、そんなものだ。


彼女は一番陽の当たらない薄暗い場所に好んで潜みつつ、誰の目も届かないことを楽しむようにして、

高い所にある本を取る為の台の上に軽く腰を降ろして、神経質に脚を組み、

本を読むのには少し邪魔だろうに、垂れてくる真直ぐな黒髪をそのままにして本に没頭していた。


僕がほとんど話をしたこともない、他人からの噂で大半の情報を得ているだけの彼女のことを、

失礼ながら変わった人呼ばわりするのには、れっきとした理由があった。


思えばそう思い始めたのは、ある時、本を呼んでいる時の彼女の表情を窺ってみたせいだった。

あれだけたくさんの本を、自発的にわざわざ図書館に来て読みふけっている癖に、

その無造作に外界と隔たりを作る髪の毛の内側で、全くつまらなそうに眉を顰めているのだ。


小奇麗で奇妙な印象。

怠そうな表情。

憂鬱げなペィジを捲る手。

無意識な他人の拒絶。

自分だけが存在する事を公言している雰囲気。


そんな彼女の奇妙さに、とりあえず興味が湧いたので、ジェームズ達が不在で暇だった時、

気紛れでどうでもいいような声をかけて、彼女が台の上に人形のように座って、

塗り固めるように拒絶して造り出していた静寂の世界を、事もなくぶち壊した。


「やぁ、こんにちは。

 君、確かさんだよね。

 僕は、リーマスっていうんだ。」


案の定、僕が作為的に彼女の境界線を踏みにじった事に気付かざるを得なくなった彼女は、

つまらなそうに、むしろ嫌そうに本を読んでいる時よりももっと辛辣に眉を顰めて僕をちょっと睨みつける。

流石に悪意にも度が過ぎたかな、と僕はいい加減に反省して、言葉を付け加えようとした。


しかしその前に、台の上に腰掛けている為僕より上の方にいる彼女の小さくて少し低い声が頭に降ってきた。


「こんにちは。

 私の名前、それであってるよ。

 君の事は、知ってる。」


酷い表情で睨んでいた癖に、何故か本棚と本棚の間の小さい空間に響く声が、

とても落ち着いてて穏やかで、少し無機質な感じがしたけど、僕の声のような悪意などまるでなかった。

眠りから醒めたばかりの子供のような、何も見ていない顔で。


「そうか、それは光栄だな。

 君みたいなカワイイコに名前を知ってもらえてたなんてね。」


拍子抜けさせられた少しの反撃のつもりで、ちょっと嫌味にそんな事を言うと、

彼女はどうでも良さそうに持っていた本を背後の棚にしまいながら言う。


「私は、意味のない言葉はきらい。」


吐き捨て気味の台詞を揺るがせながら、飛び下りるには少し高すぎる台から事も無げに飛び下り、着地。

その時にほとんど音がしなかった事に、彼女は身軽だということと、それに慣れているということを思う。


思った事をそのまま何気ない声に出すと、彼女は相変わらず無表情のままで、

どこか明後日の方向に視線を遣りながら、別に、と心底つまらなそうに言う。

それを見て、聞いて、僕は彼女が何処まで世界に幻滅しているんだろうかと妙に心配になった。


「ねぇ、君の事、なんて呼べばいいんだい?」


「呼び名なんてただの記号だから、別にどうでもいい。

 背後で呼ばれた時、振り返るか振り返らないか、それは私がきめるもの。」


なんて素敵に皮肉な言葉を発するのだろうと、内心僕は彼女の素敵な思考回路と思想に感嘆した。

ああ、思っていた通りの変わったおんなのこだった、そう思って、嬉しくなる。


当たり前にいる女の子はそこら中にいる。当たり前だ。

でも、彼女のような奇特な人間が1人くらい欲しかった所だ。

とても都合のよい、どうでもいい友達を見つけた気がした。


「じゃあ、僕は君の事をと呼ばせてもらう事にするよ。
 呼んだ時、振り返ってもらえるかい?」


「首の骨がイカれてなかったらね。」


彼女は戯けるように、決してお世辞にも丈夫そうには見えないような僕よりも小さい肩を竦ませた。

やっぱりあんまり表情は変わらなかった。

笑ったらもう少し女の子らしく見えるだろうに、笑わないから、少し中性的に見える。

別に外見がどうとかじゃなくて、滲み出る雰囲気がそう感じられるという意味だ。


「じゃあ、僕の事はリーマスって呼んでよ。」


「何で。」


声が、彼女の言葉、非常に味気なくて素っ気無くて、本当に純粋な疑問のようで、僕は苦笑いをした。


「そう呼ばれれば、僕は首の骨がイカれてても絶対に振り返ることにしているからさ。」


「リーマス、君、とても変わってるよね。」


「お互い様だよ、。」


ぎこちなく瞬きをしながらまじまじと僕の顔を見てが言うので、僕も言う。

少し乱れたままのの髪が、一筋ぱらりと落ちた。

笑うように困るように、変に眉を顰めて、彼女は何も言わずにローブを翻して僕の視界から出て行った。

















ジェームズ、リリー、シリウス、ピーターと行動していない時で、

図書館にいる時、僕は彼女に暇潰しに声をかける事にしていた。

どうでもいい挨拶から始まって、彼女が読みかけの本を別段執着もなさそうにあっさりとしまい、

いつもの台の上から降りて来て適当にその場に座り込んで小さな声で雑談をした。


は飛び下りると、着地をした所にぺたっと座り込む。

僕は傍まで近付いて、その隣に座る。

ローブが汚れる事とか、少しは気にしているようだけど、それでも彼女は平然と座り込む。


「ねぇ、何でって本を読む時あんなに不機嫌そうな顔をするの。」


取り敢えず一番最初に気になった疑問から解決しようと思ったので、僕はひとつ質問した。

彼女は余り自分から話し掛けてこなかったので、雑談らしい雑談をしたいなら、

僕が彼女に答えを求める形で話し掛けなければならなかったのだ。


「視力が悪くなってきたのかも知れない。

 きっと無意識によく見ようとしてしまうんでしょうね。」


ああ、だから最初声をかけた時、僕をあんなに睨んだのか。

何故睨まれてるのに声に悪意がなかったのだろうという疑問も一気に解決して、

僕は少しだけ満足感を覚えた気がした。


思えば僕にとっての彼女も、彼女にとっての僕も、まったく不可思議で謎だらけな人間なのだと気付く。

僕は噂の気紛れな、嘘か本当かもわからないの人物像しかないわけだし、

にとって、僕は急に図書室で声をかけてきた悪戯4人組の1人という認識しかないはずだった。


「もっとさ、お互いの事を知る必要があるよね。」


悪戯をライフワークにしている僕らにとっての悪戯を仕掛ける時の奇妙な高揚に、似た気持ち。

そんなものをまじらせながら、他人に無頓着なの同意を得るつもりもなく自分に向かって呟いた。


「ふーん。どうでもいいや。リーマスの事なんて。」


ちょっとからかいの目線で僕を見て、がにやりと笑いながら戯けた。

初めて笑みを見せた事が少し僕を驚かせたけど、笑う事が必ずしも自然であるわけではないようだ。

作り笑いじみた不敵な笑みは、の本心を少し抑圧しているようにすら感じられる。

は笑うのが、きっと苦手なのだ。


「酷いなぁ、少しくらい僕の事を知ってくれたっていいだろ?

 少なくとも僕は君の事を知りたいね。

 どんなモノが好きなのか、どんなコトを考えてるのか、

 だって知らないことを知るのは楽しいだろう。」


「じゃあ、私はリーマスの秘密が知りたいわ。」


少し僕はその彼女の言葉に動揺した。

一切言動にその動揺のしっぽをちらつかせはしなかったけれど、

何故は知りたい事として、「秘密」を選んだのだろう。


「好み」でも「思考」でもなく。

彼女にとってそれは興味を引かれる事ではないのかもしれない。

しかし彼女が「秘密」というものに好奇心をくすぐられるような、

俗っぽい人間ではない事は、まだ会って間もなかったが、それはもう十分にわかったのだ。


「何で『秘密』なんだい?

 教えないから秘密って言うんじゃないのかな。

 ま、僕に秘密なんてないけどネ。」


僕の動揺を見抜いているらしいの瞳の深さを振り切るように、挑むように強気に言った。

動揺はもう押しこんで消した。

果たして彼女はどこまで知っていて、何処までを知らないのか、

執着もなにも無さそうでも、なかなか彼女はぼんやりしている訳でもなく鋭いようだ。


「別に。無理矢理聞くつもりもないけど、リーマスは何処か不自然なんだよ。

 我慢してるし、耐えてるし。

 表情に出さないから、分かる。

 ああ、ちょっと矛盾した変な事言ってるね、私。」


「・・・・なかなか、君という人間は興味深いよね。

 観察力とか、なんて言うのかな、うん、そんなの。」


「だって、どうでもいいしね。」


今いち答えになっているのかいないのか曖昧な、

というより不可思議な返事を返してくれて、は黙り込んでしまった。


どうでもいいと、そう言ったは一体何を思ったのだろうか。

僕にはまだ彼女のコトがわからなかった。

そんな容易ならぬ難しい感情の撚り糸で構成されているが酷く興味深くて、

僕は少し、新しい玩具を見つけたような気分でいた。


















Fin.




 

(02.9.14)

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