心地よい青空が広がり、本日も爽やかな快晴を誇るグランコクマ。
何をするでも無くぼんやりと高い天井を眺めていた私は、
不意に聞こえてきたノックの音に小さく溜め息を吐き、自分の部屋でもないのに勝手に入室の許可を出した。
今更の話である。
「失礼致します。」
今日も今日とていつものように、ピオニー陛下に書類を叩き付け…じゃなくて運んできたカーティス大佐。
彼は颯爽と部屋に入ってきて、何故か当たり前のように陛下の私室にて悠然と椅子に座る私に眼を向けた途端、そのまま停止した。
今、彼の頭の中では、常人には付いていけない程のスピードで思考がくるくると回り、
次に自分がとるべき態度や発するべき言葉についての取捨選択が行われているのだろう。
私がやる気無く彼を観察していると、やはり此処はまず眼鏡に手を伸ばすことにしたようだった。
次に口を開くだろうことを予想して、私は其れより先に釘を刺しておく。
「云いたい事は大体分かります。」
「…陛下はどちらに?」
「すぐに戻るからそのまま待ってろよ、だそうです。」
「それで、律儀にもそのままお待ちになっているのですか?」
若干呆れたような声で云われたが、抵抗するのも面倒くさくなった私の気持ちが分からないでも無いらしい。
まぁそれも他人事だがなと云わんばかりに胡散臭い笑みを浮かべながら、
よくお似合いですよ皇妃殿下、と面白そうに云うのだった。
内容のみ見れば普通に褒められているだけなのに、
大佐に云われてもあんまり嬉しくないのは、やはり笑顔が胡散臭いからだろうと改めて確信した。
現在私は何故か、普段着には適さない、やたらと上等の服を着せられている。
ついでに云うと手袋に靴に髪飾りまで抜かり無く用意されていた。
しかもサイズは恐ろしい程ぴったりときたものだから、なんかちょっと気持ち悪…じゃなくて、とても驚いた。
(ぴったりすぎて気持ち悪いくらいだ、なんて、微塵も思っていない。…思ってないったら!)
素材からデザインから何から、一体何処の貴婦人だよ、と突っ込みたくなったのだが、
そう云えば私って一応は貴族だったっけ、と後で気付いた。
私の中身の残念さは、依然として健在である。
公務で何処かを訪問する為にそれなりの正装が求められている状況であれば、まぁそんなに不思議でもない恰好だ。
もっと派手に着飾った貴族だっているし、それはさして珍しい光景ではない。
ただ、私はあまり華美で動き難い服装は好まない為、基本的に普段は割とシンプルな恰好をしている。
なので現在のこの服装は、私にしては結構派手な部類のものだ。
何故私がそんな恰好をして、しかも陛下の私室で、一人やる気無くぼーっと椅子に座っているのかと云えば、
其れは偏にこの部屋の主のせいであるとしか云いようがない。
例によって例の如く、いきなり呼び出されたかと思えば、
満面の笑みをたたえたピオニー陛下にちょっと此れを着てみろと云われ、
返事もしていないのにメイドさん達に別室へ連れて行かれ、半強制的に着替えさせられた。
…その結果がこれだよ。ガーネットのような深紅色の生地は手触りも良く美しいし、デザインも悪くはないので、別に厭な訳ではない。
敢えて云うなら、私は着せ替え人形ではない、と、主張したいのは其の一点のみである。
そう云えば、キムラスカにいた頃はよく国色である赤を多く使った服を着ていた。
もっとも、それは私の趣味と云うよりは、キムラスカ貴族としてその方が好まれていたからではあるが。
マルクトに来てからはそれとは正反対、やはり国色である青や白など寒色系を身に纏うことが殆どで、
気付けばこちらに来てからは一度も赤い服を着ていないような気がする。
立場的に自分で買い物に出掛けて服を買う訳でもないので、私はこういったものは制服的な意味合いと認識している。
なので、よほど気に入らないものでもなければ、色だろうとデザインだろうと細かい事にはそうそう拘らない。
(…と云うか根本的に、未だにこの世界のファンタジーファンタジーした服装に慣れないあたり、
人間って幼少期の環境にとても左右される生き物なんだなぁと思わずにはいられなかった。)
「陛下は人に服を贈るのがお好きですからねぇ。」
何となく悟った風に云うので、カーティス大佐も服を貰った事があるのかと問うと、
ちょっと嫌そうな笑顔ではぐらかされた。遠回しな肯定である。
過去によほど遊び心をぶち込み過ぎた衣装を押し付けられたのかもしれない。
(その考えがあながち間違いでもなかったことは、私には知る由もなかった。)
陛下の場合はセンス云々以前に、ややコスプレに走りがちなのが、人をドン引きさせる主な原因なのではないだろうか。
会話もそこそこにさっさと退室しようとするカーティス大佐に、
陛下に用があったのではないのかと尋ねると、彼はにっこり微笑んで、出直してきますよ、と足早に立ち去っていった。
…あいつ、自分に火の粉が及ぶのが嫌で逃げやがった。
ちょっと荒んだ気持ちになった私が扉をじっとり見つめていると、間もなくピオニー陛下が戻ってきた。
「お帰りなさいませ。」
「ああ、ただいま。」
陛下は何故かやたらと嬉しそうな顔をした。
何が起きても楽しい年頃なのだろうと思い込む事で取り敢えず其処は流すことにする。
「先程カーティス大佐がいらっしゃったのですが、
出直して来ると仰って、すぐ出て行かれましたよ。」
「そうみたいだな、さっき其処の廊下ですれ違ったんだが、」
云いながら、うんざりしたように手に持っていたファイルの束を、顔の横でひらひらさせた。
要するに、ちゃっちゃと仕事しろと言外に云われたのであろう。
その件に関しては、私には何とも云い難い。苦笑いだけを返しておいた。
「まっ、そんなことは置いといてだな。」
そんな事呼ばわりされた可哀想なファイルは、不憫にも机の上にさっさと放り出され。
「うんうん、思った通り、よく似合ってるぞ!」
俺の見立て通りだ、と我らがピオニー陛下は自信満々に云い切った。
ありがとうございます…?と、語尾が疑問系になりそうなのを何とか堪えながら云う。
確かにセンスは悪くないけど、ピントは結構ずれていると思いますよ、と、こっそり考えた私だった。
「あの時ダアトで着てたような深い赤が、にはよく似合うからな。」
ふとささやかな笑顔を浮かべた陛下が、何でも無さを取り繕うような声で云う。
声音への違和感はほんの一瞬だけで、それはすぐに、
此処で出されるにはそぐわない地名が出された事への疑問に取って代わった。
「…ダアト?」
「ああ、そうだ。」
私は浮かんだ疑問をそのまま言葉に乗せ、陛下はそれを想定していたように、
複雑な色を含めてゆるく眼を細めた。其の様子にどうも既視感を覚えると思ったら、
先日部屋を去る間際に見せたものと同じ色の眼をしているからだと気付き、私は少し逡巡する。
マルクトに来て以降、一度もダアトになど行っていない。
そもそもこの世界に生まれてからも、彼の地には片手で数える程しか訪れた事がないのだ。
何故陛下が此処へ来て突然そんな地名を出してきたのか、彼の意図がよく分からなかった。
その口振りから察するに、ピオニー陛下は私をダアトで「見た」事があるらしい。
しかし確かに、「会った」ことは無いはずだ。
侯爵の娘とは云え私自身には正式な爵位は無く、血筋故に儀礼称号が与えられていたに過ぎない。
そんな私がマルクト帝国の皇帝陛下に公式に謁見するような機会など、あろうはずもない。
もし仮に非公式な場でお会いしていたとしても、
こんな特徴的な個性の強過ぎる人、一回会ったら嫌が応でも忘れられる訳が無い。
(其処だけは自信がある。断言しよう、それは、無理だ。)
「私は、陛下とは婚礼の日で初対面、だったのですけれど。」
貴方は違うのかと言外に確認する。
純粋に疑問の答えを求めた私の言葉をどう取ったのか、陛下はやや自嘲めいた微笑を浮かべていた。
その表情を見ると、私は何だか出会った当初のことを思い出さずにはいられない。
あの時も、今のような平生のピオニー陛下らしからぬやや精彩を欠いた様子だった。
私の前に立つ陛下を椅子に座ったまま見上げていたのだが、
陛下は不意に私の足元に片膝を着いて視線を合わせ、膝の上に遊ばせていた私の手を取った。
温かい手だ。
私の少し冷たい指先を伝って、じわりと温もりが溶けていく。
「何故あんなにも急にがマルクトに来る事に、
…俺と結婚する事になったのか、疑問に思った事は無かったのか?」
「いえ、確かに思った事はありましたが。今云われるまで忘れていました。」
ちょっと無駄に正直過ぎた気がしないでもないが、きっちり正直申告した私の、誠意の溢れっぷりったらないだろう。
いつになく真剣な面持ちをしていた陛下を存分に脱力させる事に成功した訳だ。いい仕事した。
呆れていいのか、笑えばいいのか、もう一度真剣な顔に戻せばいいのか、
ちょっと迷ったピオニー陛下だったが、結局困ったように笑って、きゅっと私の手を握りしめた。
「なるほどらしいな、それは。
…ま、此処まで云えば、もうお前も分かってると思うが、
俺は、がマルクトに来る前から、お前の事を知っていたんだ。
いつだったか、ダアトの教会の庭で、子供と遊んでたことがあったろう?
実はあの時、俺も会議に出席する為にダアトに来ていたんでな。」
それは、結婚が決まる数ヶ月前のことだ。
当時は預言を巡る騒動が終着して暫く経ち、今後の世界について国同士が細かい話を詰める為に、
定期的にダアトで首脳会議が開かれていたのだ。
一方私はと云えば、国同士の会議とは特に何の関係も無く。
預言は無くなったがローレライ教への信仰心まで捨てていなかったらしい両親が、
ダアトに改めて巡礼に行くと云い出した為、私も其れに仕方なく同行させられた次第だった。
…確かに云われてみれば、其の時ダークレッドの服を着ていたような気がしないでもないけれど。
石碑巡りなんて面倒な事をするのは小さい時に一度やって懲りたので、
ダアト港を起点に巡礼を行うと云う両親に適当な言い訳をして別行動を取り、
私は先に一人でダアトの街にやってきていた。(一人と云っても、勿論護衛は二人程付けられていたが。)
連れて来られたはいいが、預言への未練も、ユリアへの敬意も、
ローレライへの信仰心も何も無い私が、全ては宗教で成り立つ此の街で、するべき事などあろう筈も無い。
しかし折角来たのだから取り敢えず形だけでもと、なんとなく大聖堂へ脚を運び、ほんの気持ちだけ礼拝した。
無宗教だが取り敢えず便乗してみた、と云うそんな私の精神は、今でも限り無く日本人であると自負している。
ついでに云うなら、本来なら此処はユリアやらローレライやらに祈るところなのだが、
いまいちピンと来ないので、勝手に八百万の神々に祈っておくことにする。
つくづく不謹慎な私だった。(要はばれなきゃいいのだ、ばれなきゃ。)
与太話はさておき、聖堂を出て、教会敷地内のひっそりと奥まった場所にある中庭を散策していると、
楽しそうに遊んでいる信者の子供達がいたので、そこらのベンチに座って見るとも無くその姿を眺めていた。
子供好き、と云う訳でも無いのだが、ボールを使ってエキセントリックな動きをしながら、
意味不明な自分ルールで遊ぶ子供達を観察するのは、なかなか愉快だ。
傍目には一見、微笑ましそうに子供達を見守る貴族令嬢、に見えたかもしれないが、
内実は結構どうしようもないことを考えていた。
そんなぐだぐだな私の足元へ不意にボールが飛んで来たので、咄嗟に動こうとする護衛さん達を制して、
此処は定説通りに行くべきだろう、と誰もしていない期待に答えて、子供達に快く投げ返してやる。
すると何故か、にっこり笑った幼子達に手をぐいぐい引っ張られ、
気付けばあれよあれよと云う間に、彼らの遊びに参加させられていた。
あれ、おかしいな…、何でこうなったよ?と首を傾げつつも、
慌てて子供達を諌めようとした侯爵家専属の優秀な護衛さんを適当に宥め、
羽目を外しすぎない程度に付き合ってあげることにして、有り余る暇を潰していた。
のだが。
…まさか、そんな所を、マルクト皇帝に、目撃、されている、とは…。
心底恥じ入る。
あの日にダアトで首脳会議開かれてたとか聞いてないですよ護衛さん。
私のプライバシーを(皇帝から)全力で護衛して下さいよ護衛さん。
何の罪も無い護衛さん達に心の中で八つ当たりせずにいられない、此の心境。
「たまたま回廊から見掛けてな、あんまり楽しそうに子供と遊んでやってるもんだから、
貴族の娘さんにしては珍しいと思って、…あー、気になって、見てたんだ。」
「…そうですか…見られてましたか…。」
其の時の事を思い出したのか微笑ましそうに笑う陛下とは裏腹に、私はちょっと生温い笑みを浮かべた。
…出来ればそこは私的にはスルーして欲しかった次第です、陛下。
「それで、同行してた大臣連中に、何気なく の名前を聞いたんだが、
…その、あいつらが先走りやがってだなぁ…」
其の後の陛下の語り口は、もごもごと非常に煮え切らないものであるため、面倒なのでさっくり要約する。
つまり、陛下が私に持った興味を好意と勘違いした大臣さん達が、勝手に画策して外堀を埋めて、
何時の間にか無かった事にも出来ないくらい話が大きくなってしまっていた、と。
どいつもこいつも勝手なものだと呆れはしたが、怒りを覚えると云うよりは、拍子抜けと云ったところか。
私は其の話を聞いて、むしろ納得してしまった。
どちらにしろ、私にも陛下にもどうにもならない事だったという、ただそれだけの話なのだろう。
しかしながら、その辺の経緯から察するに、案外お父様もぎりぎりになるまで知らされていなかったのかもしれない。
それならあの謁見の間での挙動不審ぶりにも得心が行く。(禿げろとか云ってごめん、お父様。)
私は小さく息を吐いて、困ったように笑った。
ピオニー陛下がどうして私に対して妙に遠慮した態度を取っていたのか、其の理由がようやっと分かった気がした。
「…陛下は、それをずっと気にしていらっしゃったのですね。」
「そりゃあそうだろう、の未来を奪っちまったようなもんだ。
国に恋人くらい、いたんじゃないのか?」
「いません。」
「…お、おう…そうか…?」
否定の言葉だけやたらと強くきっぱり即答で云い切ってみせると、若干陛下に引かれた。
いなかったら悪いかよ、と云う被害妄想な副音声でもはみ出していたのかもしれない。これは失敬。
気を取り直して、何事も無かったかのように私は話を続けることにした。
「…何より、此れを奪われたと形容するなら、それは私だけではないでしょう。
陛下こそ、この結婚を望んでいらっしゃらなかったのでしょう?」
「それは違う!」
「………はい?」
今度は陛下から、突然強い否定の言葉が返ってきたのだが、どうも話が噛み合っていない気がする。
その否定が私の発言のどの部分に掛かるのかもよく分からない。
陛下は私をまっすぐ見ながらも、少し苦し気に眉根を寄せた。
「…俺は最初から、が好きだった。」
まさか。
…まさか、此処に来て、いきなりそんな事を云われるとは、思っても見なかった。
流石に驚き、私は思わず眼を見開いて固まった。
何だ此の超展開。意味が分からない。
「だからこそ、だ。
…俺はあんな強引な形で、
を無理矢理この国に縛り付ける様な真似をしたくなかった。」
痛い程の真剣さを孕んだ陛下の眼を見ながら、私は静かな気持ちで、場違いにも少し考え事をしていた。
陛下が云うそれは、恐らく「彼女」との事をも多分に含んだ言葉だったのかもしれない。
「彼」と「彼女」は預言や身分のせいで愛した人と引き裂かれたのだと云う。
私は昨年預言が無くなった時、これでようやっと何の気兼ねもなく自分の意思で自分の道を歩ける、と、
そう考えてせいせいしたものだが、それは陛下も同じ事だったのかもしれない。
むしろ私よりも、ずっと切実に。
預言という制約を断ち切ったところで、未だ世の中にはあらゆる束縛の鎖が張り巡らされている。
人は人であるが故に、其れに絡めとられてしまうことが儘あるものだ。
私のように諦観と妥協に身を委ね、束縛を受け入れてしまう者もいれば、
陛下のようにそれでも足掻き、強き意志の元に望むものを掴み取ろうと諦めない者もいる。
だからこんなにも、私にはこの人が眩しく思えて、だからこんなにも、焦がれる気持ちを禁じ得ないのだろう。
どうあるのが間違いとも正しいとも決められるものではないが、
私は陛下のその強さを、とても尊くうつくしいと思うのだ。
陛下は私が好きだと云うが、きっとそれでも、「彼女」のことは一生彼の心に残り続けるのだろう。
其れはもう誰も触れられない場所にあるもの。
仕様の無い嫉妬心を感じないと云えば嘘になるが、それほどに真摯で愛情深い人だからこそ、
そんな陛下のくれた言葉が、私は、ただただ、嬉しいとおもった。
いろいろ経緯としては引っかかる事もあると云うのに、
ひとたび結果に眼を向ければ、そんな総てが、何てどうでも良くなってしまうものだろう。
私は暫し眼を伏せ、長く深く溜め息を吐いた。
私の手を握る陛下の手が、ぴくりと動いたのを感じた。
心の中のごちゃごちゃしたものを、つまらぬ安堵と共に一時放り投げてみた所で、私はふと思う。
…しかしまぁ、冷静になってよくよく考えれば、ああ、本当に馬鹿馬鹿しい。
気持ちはわからんでもないが、結果をはっきりと目の当たりにしてみれば、ほんとあほらしいこと此の上無い。
どれだけ遠回りをしてきて、此れ以上どれだけ回りくどい事するつもりだったのだ、このおっさんは。
「………それを私に告げるのに、実に半年以上掛かった訳ですか…。」
「…?」
ぽつりと独り言のように呟いていると、陛下が私の名を怪訝そうに呼ぶ。
(「大体、貴方が散々へたれたことを仰るせいで、
周りがどれだけ振り回されたとお思いで?」)
私の頭の中を、いつか聞いたジェイド・カーティスの台詞が過る。
ああ成る程、そう云う訳ね。
今なら死霊使いに全力で同意できる、と思った。
「とりあえず、陛下がへたれなのはよく分かりました。」
「…あれっ?俺そういう話してたっけか…?」
はぁ、ともう一度短く溜め息を吐いて顔を上げ、陛下の顔を見ていると、無性に笑いが込み上げてきて仕様が無かった。
我慢する事を早々に放棄した私は、遠慮なく笑い声を上げる。
ああおかしい。なんて幸せな馬鹿馬鹿しさであることか。
笑いを何とか噛み殺しながら陛下を見遣ると、どうしようもなく温かいものがきらきらと胸の中で弾けた気がした。
「陛下。いえ、ピオニー。
経過報告は致しました、そうすると、あとは結果報告が必要ですね。
あなたは私を好きだと仰いました。
私はあなたが好きだと申し上げました。
この結果、是ですか、否ですか。」
涙が出る程笑いながら、やや面食らった顔をする陛下に向かって云う。
それはあまりにも簡単な話だ。
それとも、私が無頓着過ぎるのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいい。
どれだけ遠回りしても、何度すれ違っても、結果が良ければもうなんだってどうだって。
「…是、だな。」
余りにも私らしい云い様に呆れてか、陛下はじわりじわりと柔らかく苦笑しながらも、
はっきりと強かな肯定の返事を寄越す。
ああ、何だか意味も無く泣いてしまいそうだ。
穏やかにこちらを見つめて笑った陛下に、私は勢いに任せて思い切り、ぎゅっと抱きついてやった。
これは私の、私たちの物語だ。
恥じたら負け、そんな程度の、結論から云えばまぁつまらぬ恋愛話である。
けれど私は生きている限り、こうしてひたすらに生きた証を物語と為して綴り続けていく。
気の遠くなるその作業を、馬鹿馬鹿しいと云いつつも愛おしく思うのだから、私も大概酔狂だ。
愛をインクに、言葉をペンに、時間を羊皮紙に、出会いを挿絵に。
そして最後は、死を表紙に飾り、一冊の本が完成するだろう。
その本は、いつか歴史に埋もれて、消えていく。
誰も手に取ることの無い、密やかな物語。
敢えてこの物語に題名を付けると云うのなら、それは、さしずめ。
”愛しのヘリオドール ”
fin.
(11.6.11)
※ヘリオドール(heliodor)
鉱石の一種、黄色のベリル。ギリシア語「helios(太陽)」「doron(贈り物)」に由来。「太陽への捧げ物」の意。
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