愛しのヘリオドール 15
騒動の翌日、昼過ぎになってようやく部屋が片付いた事を伝えられたので、私はいつもの後宮の自室に戻っていた。
本当はこれを機に別の部屋に居を移してはどうかとも云われたのだが、
使い慣れた部屋を出るのも面倒であるし、そのままでいいと押し切った。
あんな事があったのだから、其れを思い出して私が心を痛めることがないようにとの配慮でもあったようだ。
気持ちは有り難いが、しかし別に人死にが出た訳でもないので、私は然程気にしない。
気にはしない、が、まるで何事もなかったかのように一切が整えられ、
いつも通りに佇む室内を見遣ると、何とも云えない気持ちになる。
絨毯もソファもローテーブルも、前とほぼ同じ色とデザインのもので全て新品に取り替えられ、傷一つ汚れ一つ無い。
よくもまぁ一日かそこらで此処まで復元できたものだ。
こうして日常は、全てを無かった事にして一定速度で回されていくのだろう。
ローテーブルの向こう、窓に程近い床の上を見つめる。
一瞬の閃光の後、防御譜陣を解いて息を切らせながら床に座り込んだ私の視線の先、其処で彼女がぐったりと倒れていた。
真っ白い滑らかな肌を伝う赤い血。目眩と早鐘の鼓動。
全てはそう簡単に忘れられるものではない。
確かに私はこの部屋に入る度、ソファに腰掛けるたび、
ローテーブルで甘い香りの紅茶が湯気を燻らせるのを見る度、彼女の事をしばしば思い出すだろう。
間近に迫った死だとか、彼女が酷く追い詰められた顔をしながらも殺意を持って私を見据えた眼だとか、
背を撫でる侍女さんの手の震えだとか、私を痛い程抱き締めた陛下の腕の熱さだとか、
あまりに強く私を射る紺碧の眼差しだとか。
けれど、私は今回の件に関しては、其れらを無理に忘れたいとは思わなかったのだ。
人間の記憶なんて徐々に風化していくものだから、きっと私はいつかこの出来事さえ忘れてしまう。
だから、いずれ忘れるその日が来る迄は、時間の浸食に任せて静かに静かに風葬することにした。
騒動のお陰ですっかり忘れていたが、手紙を書いている途中だった事を思い出し、執務室として使っている部屋に向かった。
途中だった手紙は続きを書き上げて封をする。未処理の書類は仕上げてファイルに綴じておく。
それらを纏めて机上に置いておけば、後で係の者が回収して、然るべきところに届けておいてくれるのだ。
途中それどころではなかったとは云え、
ようやくあまり気の進まなかった類いの仕事が終わったので安堵の溜め息を吐いていると、
計ったようなタイミングで、今度はメイドさんが言伝を持ってくる。
曰く、ピオニー陛下がお呼びです、との事だ。
何だか最近しょっちゅう通っている様な気がする陛下の自室に向かいながら、
広い宮殿の廊下をこつこつと靴音を響かせながら歩く。
昨日の今日なので、後ろには念の為にと護衛の兵士さんが付いてくれている。
かしゃかしゃと金属の擦れ合うような音は、腰に下げた剣だろうか。
王様だの兵隊だの、どちらにせよ何とも因果な仕事だ、と、
ほんの少しだけペシミスティックな事を考え、けれどすぐに苦笑で打ち消した。詮無い事だ。
呼び出されるままにのんびり陛下を訪ね、何か呼んだー?とばかりにしれっとした顔をする私と、
うん呼んだ呼んだー!とばかりに私を手招く朗らかな陛下。
そのやたらと暢気な有り様に対して、カーティス大佐がやや引き攣った顔をした。
そんな顔したところで、今更私も陛下も微塵も動じないことなど、もう厭と云う程分かっているだろうに。
律儀な人ですねー、ははは。
私と陛下と大佐が三人でいると、何だかまるで彼だけが常識人であるかのような態度をしばしば取られるのだが、
それは全く以て、甚だ心外である。云っとくがお前も十分非常識なんだぞ、とは、私の心の中だけの発言だが。
机を挟んで向かい合って座っている彼らに近付くと、
陛下が自分の隣の椅子を示すので、促されるままに座る。
其れを皮切りに、表情と空気を改めたカーティス大佐が、気を取り直して本題に入った。
云う迄もなく、昨日の件についてだ。
細かい事については割愛するが、要するに。
あれは未だにねちっこく預言に執着する人達と、陛下が気に入らない人達と、
キムラスカが嫌いな人達による茶番劇であった、とそう云う事らしかった。
…カーティス大佐はもっといろいろ詳細な報告をしてくれたのだけれど、
簡潔に云うとそう云う事なのでいっその事ざっくり切ってみた。
大体間違っていないので良し。
捕らえられた彼女は軽傷であり、現在も軍による事情聴取を続行中だと云う。
その後、彼女がどうなるのかは、敢えて聞かなかった。大佐も陛下も云わなかった。
大体予想できる事ではあるし、何より、あの時彼女にも告げた通り、私に云える事などきっと何も無い。
これらの事は、すでに私の手の上には無い事柄の話だ。
「あーそれと…、お前に一つ謝っときたい。」
話を終えて一拍後、少し苦い顔をした陛下が改めて私に声を掛けた。
わざわざ皇帝陛下たる彼が私にあえて謝りたい、とは何とも妙な感じがするものだと思わないでもないが。
見当がつくと云えばつくし、つかないと云えばつかない。私は小さく首を傾げて続きを促した。
「…あのメイドが怪しい事は、こちらも把握していた。
ただ、奴らもなかなか尻尾を出さないってんで、
はっきり証拠が出て来るまで、泳がせてたんだが…。」
僅かに眼を細めた陛下に対して、私はあっさり頷いた。
「ああ、そうでしたか。」
ただ納得の意を示しただけの淡白な私の様子に、拍子抜けした様な眼と呆れた様な眼が向けられた。
云う迄もなく前者はピオニー陛下、後者はカーティス大佐である。
責められるとでも思っていたのなら、それは全くの見当違いと云うものだ。
話の腰を叩き折る様な具合になってしまったが、
しかしそれは、その件がさほど謝罪される程の事もないだろうと私が判断したからに他ならない。
そもそも陛下がそんな言葉を吐く必要性は無いんじゃなかろうか。
そうだろう?と同意を求める視線を大佐に向けてみたのだが、
彼は取って付けたような微笑を浮かべて、態とらしく肩を竦めてみせただけだった。
あーそうですね、あなたそういうひとですよね、と若干げんなりする。
「あー、まぁ、ともかく、だ。
分かっていながらを危険な眼に遭わせちまったのは、俺の落ち度だ。すまない。」
ピオニー陛下は苦笑と共に、結局私にそう告げた。
こういう所、本当に律儀な人だと思う。
それは不穏分子と云う名の雑草を根ごと引っこ抜く為に必要な措置であり、
あらゆる手段と利害を考慮した上での判断だ。
「皇帝陛下」として下した自分の決断が正しいものであったと理解しているくせに。
この人は、それでも「ピオニー」として「 」を見るのだ。
そう在る事の、何と簡単で難しいことか。
ずるい。
本当にずるい。
何とも云えないやわらかくむずむずしたものに、
首筋を内側からくすぐられているような心地になってしまって、私はどうにも小さな苦笑を禁じ得ない。
ただでさえ、感情のベクトルが私でも予測がつかない程すっかりそちらを向いてしまっているのに、
それどころか余った部分まで根こそぎ回収してしまう気か。
「…陛下の御決断が間違っていなかった事は、私もわかっていますよ。」
それに、彼女のことは、私にも何となく予感はあったのだ。
陛下達ほどはっきりとした確信は無かったが、小さな違和感なら感じていた。
例えば、ちょうど私付きのメイドとして彼女が出入りするようになった頃から、
私の防犯対策強化月間が始まったこと。彼女だけが私を「 」とは呼ばない事。
どことなく、なんとなく。
根拠は無いのに微細な齟齬が指先に引っかかる、ただそれだけの事だった。
けれどああいう顛末を辿った昨日を迎え、あぁやはりそうなのかと私は納得さえしていた。
今回の一連の出来事は、陛下の的確な対処と軍の迅速な動きによって、たった一日ですでに収束しつつある。
あらかじめ網は張っていたのだろう、暗躍していた者も大方期待通りに排除できたらしいが、
何もかもが曖昧で輪郭を上手く掴めないような、心地の悪さはもやもやと残ったままだった。
しかし、それはきっと、今回の事に限った特別なものではない。
世の中は1と0だけ、白と黒だけ、善と悪だけで構成されている訳では無い。
割り切れないものを抱えながらも、人は生きている限りは、生きていかなければならないのだから。
涙と共に不可解を飲み込みながら、苦渋と共に理不尽を引き摺りながらでも。
それでも私は、この世界で、此の国で、この人の傍で、生きていこうと思うのだ。
そう思えるくらいには、私はこの世界がわりと嫌いじゃないのだから。
ナンセンスな思考はくるくるまわる。
陛下の顔を見つめて、私は何だか思わず笑ってしまった。
「私に遠慮はいりません。
好きなだけ巻き込んで下さい。」
私は貴方の妻ですので、とはぎりぎり迄迷ったけれど、云わないでおく。
そんなこっぱずかしい台詞、素面では云えたものではない。酔ったはずみで云うのはもっと御免だが。
既に此処まで巻き込まれておいて、今更自分だけ離れた場所に避難したって、もう手遅れだ。
どうせ隣り合う椅子は一蓮托生だ、それならいっそのこと、最期迄とことん付き合うさ。
最後の最期の、其の時まで。
私は私の意思に殉じるだけ。
私はピオニー陛下が、どうしようもなくすきなだけ。
「なるほど、それは心強い。」
私の言葉をうけて一瞬きょとんとした後、破顔した。
常のようにそうやって陛下が屈託なく笑っているのを見るのが、
何だがやけに嬉しいと思ってしまうのは、あまりにも不可抗力というものだ。
暫く諸々の話し合いを経て一段落すると、メイドさんが入れてくれた温かい紅茶が運ばれてきた。
家畜小屋を一国の皇帝陛下の寝室に仕立て上げるという軌跡の手腕を持つ、あの陛下付きのメイドさんの内の一人である。
彼女は完璧な仕草で私の前にティーカップを置き、一礼して下がった。
其の綺麗な緋色の液体を見下ろして無意識の内に少しぼんやりしていると、
陛下が其れに気付いたらしく、なんなら俺が毒味してやろうか、とにっこり笑って本末転倒な申し出をしてきた。
配慮と冗談を適当な配合でぶっ込んだその発言に一気にがっくりきた私は、黙る代わりに深く溜め息を吐いた。
毒味される側である皇帝陛下が、自ら毒味してどうする。
それに対してカーティス大佐がすかさず刺だらけの皮肉を吐いては、
其れを軽くあしらって逆に大佐を丸め込むピオニー陛下。
至って予定調和である。
相変わらず仲の良いおっさん二人をいつものようにさっさと無視して、
私は何の躊躇いも無くのんびりと紅茶を一口飲み込む。
何の銘柄か迄はわからないが、ふわりと鼻先を掠める紅茶の香りは、何とも心落ち着くものだった。
「そう云えば…」
陛下と不毛な遣り取りを繰り広げていた大佐だったが、いい加減面倒くさくなったのか、
溜め息一つで陛下を鮮やかにスルーし、思い出したように改めて私に話の矛先を向けてきた。
私を巻き込むつもりではあるまいな、と身構える私に対し、
にっこり微笑みを向けてくるこのジェイド・カーティスと云う男は、相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。
もしかして其処がチャームポイントなんですか、と、いつか勇気が出たら本人に訊いてみようと思うあたり、
私は実は結構チャレンジャーなのかもしれない。
まぁそれもこれも、陛下と云う防波堤と、地位と云う防御壁があるからこそ出来る遊びだが。
地位と権力を敢えてそういう方向に活用する、ろくでもない私だった。
(…あれ、もしかして、こういう事してるから大佐に似た者夫婦とか云われるのか…?)
「皇妃殿下が譜術士でいらっしゃったとは思いませんでした。」
例によって大概くだらない事を真面目に考えていた私に、大佐はおもむろにそんな事を云ってくる。
予想していなかった言葉に一瞬虚を突かれはしたが、
すぐに、あぁ、昨日の件での私の行動を指して云っているのか、と気付いた。
そして私は其の言葉を即座に否定する。
「いいえ、私は譜術は使えませんよ。」
「ん?じゃあ昨日のあれは何だったんだ?」
すると今度は陛下まで首を傾げながらそんな事を云ってくるので、私は微妙な顔をした。
私からも、あの場に居た者達からも、事の経緯は詳しく聞き及んでいるだろうに、何故そうなるんだ。
そう思いつつも、渋々私は説明するべく口を開いた。
情けない事此の上無い話なのであまり気は進まないが、誤解をされたままだなんて冗談じゃない。
私は不思議そうにこちらを見てくる陛下と大佐の二人から、そっと視線を逸らした。
「…防御だけなら、何とかできなくもない、という程度の事です。
私の音素制御の才能は絶望的ですよ…。」
何度も言うようだが、私も身体は生粋のオールドラント産なので、
音素を扱うと云う基本的素養は、実は一応あったりする。
折角こんな魔法紛いのものが存在する奇妙な世界に生まれたのだ、
ちょっと面白そうだし便利そうなので覚えてみようかと、
両親たる侯爵夫妻に御願いして譜術の訓練を受けさせてもらっていた時期があったのだ。
それは私がこの世界に生まれて、十数年が経った頃だった。
まず適性を知る為に音素検査をした時、私に第七音素の素養が無い事はすぐ分かった。
だから治癒術以外の譜術の基本を、座学も含めて一通り教わったのだ。
そして暫く訓練を受けて、分かった。
…私に譜術の才能は無い、と云う事が。
攻撃系も補助系も全滅だ。
唯一何とかまともに発動できたのが、譜術と云うには烏滸がましい、あの防御譜陣の展開だけだったのだ。
時間にして一瞬だけ、回数にして一日一回が限度だと云う、此の残念ぶりと云ったら無い。
扱える音素量自体は十分なのに、其れを制御する才能がいっそ見事なまでにマイナスなせいで、
一回使うだけですぐに立っていられなくなる程疲れてしまう。
普通の譜術士なら、配分を考えて調整し一定量を用いるだけで済む所を、無駄に全力で消費してしまうのである。
それでもある程度迄は頑張って(私が、と云うより、主に教えてくれてた譜術士が頑張った)、
防御以外も多少は発動できるようになったが、マッチ一本分の火だとか、
サボテンにあげる程度の水だとかを出すだけで疲れて膝を付く羽目になるのだから、あまりにも無意味だった。
マッチを擦ったり、蛇口を捻った方が、余程早い。
文明の利器にあっさり負ける魔法なんて不毛過ぎる。
「…それは…また…」
そんなしょぼすぎる顛末を、憮然とした顔で淡々と説明してやれば、
呆れたような憐れむような微妙な表情を浮かべたカーティス大佐が、生暖かい眼を向けて来る。
(天才譜術士とか云われてるお前にはわからないだろうよ、この切なさ…!)
あと机に突っ伏すように笑いを堪えようとして堪え切れていない陛下は、ちょっと自重してほしい。
この人の辞書に「自重」と云う言葉が載っていないことは、嫌と云う程わかってはいるが。
「…とにかく、そういう訳ですので、
実質使えない様なものですし、多用も出来ません。
出来ればこの事はあまり他言しないで頂きたい、という話です。」
すぐに承諾が二人から返ってはきたものの、陛下はまだ笑い転げている。しつこい。
少々機嫌を損ねた私は、抗議の意を込めて頬でも抓ってやろうかとちょっと考えたが、
何となく手を伸ばす事に躊躇ってしまって、結局大佐に向かって「お前の親友だろどうにかしろよ」的な訴えに出るも、
素晴らしくいい笑顔でさっくりと棄却されたのだった。
「…しかし、。」
存分に笑い転げて満足した陛下が、不意に何事も無かったかのような真顔を取り繕った。
が、若干口元がまだひくついている彼を、私と大佐は白い眼で見遣る。
どうせ取り繕うなら完璧にやってくれないと説得力ありませんよ陛下。
「わ、悪かったって!
…あー、それでだ。あれがが身を守る為の奥の手なんだってことは分かった。
だがなぁ、それは諸刃の剣だろう?
俺はを危険な眼に合わせるつもりは毛頭無いが、
万が一の時は、その力は自分の為だけに使うと約束してくれ。」
はいつでも自分の身を守る事を最優先に考えてくれりゃあいい、と、何でもない事のように彼は云う。
私は暫し考えた。
そして、にっこり笑って、善処してみます、といつもの常套句を告げる。
つまり時と場合に依る、と云う話だ。
私は否定はしないが肯定もせず、例によって婉曲表現に逃げたのだが、
此処で人の悪い微笑を浮かべたカーティス大佐が余計な口出しをしてきた。
「おやおや、振られてしまいましたねぇ、陛下?」
「ジェイド、お前なぁ…。」
面白がっている以外の何者でもない愉快犯の眼鏡に呆れながらも、ピオニー陛下は私を困った顔で見てくるけれど。
…私だって別に意地悪でのらりくらり躱している訳ではないのだから、そんな顔で見られても困る。
守るつもりのない約束をするよりは、まだ正直に沈黙で逃げる方がましだと思っただけだ。
要するに乱暴な物云いをすると、陛下はもしもの時は己を見捨てろと云っている訳だ。
今回は私がたまたま一人で居る時を狙われたが、
もし仮に私と陛下が同じ場に居る時に、それぞれ同じような危険に晒されていたら。
其の時は自分だけ逃れろと、そう云いたいのだろう?
…冗談じゃない。
私はそう考えた途端、途轍もなく腹が立った。
確かに陛下は私ごときに守られる程弱くはないだろうが、だからって、そんな約束できる訳が無いだろう。
守られてるだけの、其処に居るだけの皇妃でいいと云うのなら、そんなもの、人形でも置いておけばいいのだ。
違うだろう。そうじゃないだろう?
隣に立つと云う事は、そう云う事じゃない筈だ。
私は自分を過信はしないが、己の矜持を侮るような真似もしない。
心配してくれるのも守ると云ってくれるのも、有り難いし嬉しいが、
私の感情が其れを享受できるかどうかはまた別の話なのだから。
「そう云う事は其の時になってみないとわからないものですよ、陛下。
ああ、それと、お忘れのようなので念の為もう一度。
『私に遠慮は要りません、好きなだけ巻き込んで下さい』。」
「さすが妃殿下、男前ですねぇ~。」
云いながら少し不敵に笑ってみせれば、再び大佐が混ぜっ返した。
いやだから此の愉快犯ほんと何とかしてくれ。そろそろ顔が引き攣りそうなんだが。
「…カーティス大佐…それは褒めているのですか?貶しているのですか?」
「おや、心外ですねぇ。もちろん、褒め言葉に決まっているではありませんか。」
「つーかお前等、案外仲良いよな。」
それは、どうだろう。
微妙な顔をする私とにっこり笑う大佐を見て、陛下がにやにやと楽しそうに頬杖を付いていた。
そうして結局、此の話は有耶無耶になった。
カーティス大佐が仕事に戻ると云って部屋を辞した後、私もそろそろ自室に戻らなければと席を立ったが、
扉へ向かおうと陛下に背を向けた途端、引き止めるようにやんわりと腕を掴まれた。
振り返れば、まだ椅子に座ったままの陛下が穏やかな眼で私を見上げていた。
身長の差故にいつも見上げていた陛下を見下ろすのは、何だか少し新鮮な感じだ。
「、」
「…陛下?」
穏やか、なのだが、何処か揺らぎをも内包する深く青い眼。
複雑な感情が絡み合って、揺らいでいるはずなのに逆に凪いで見えるのだ。
しかしそれは一瞬で覆い隠されて、陛下は小さく首を横に振り、平生通り柔らかく微笑む。
他者を慈しむようなそういう温かい眼を割とよく向けられるのだが、
どうも私はそれに何時迄経ってもなれる事が出来ずにいる。
気恥ずかしい、とでも云うべきか。
つい視線が泳いでしまうのは殆ど反射的なものだから堪忍して欲しい。
「あの…」
「いや、何でも無い。無理はするなよ、。」
「……? はい、ありがとうございます。」
一瞬何か云いた気な様子だと思ったのだが、気のせいだろうか。
私は少々釈然としないものを感じて首を傾げつつも、陛下の部屋を後にしたのだった。
(11.6.11)
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