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「所で、本当に、どうしましょうか。」

 

「どうって、云われてもなぁ。

俺、軍人な訳よ。あんた、犯人な訳よ。

俺はあんたを捕まえなきゃ司令部戻れねんだけど。」

 

「でも、あんまり捕まりたく無いんですけど。」

 

「って、云われても無理矢理にでも連れてくしかないんだよなぁ。

御願いだから抵抗してくれんなよ。

俺だってなるべくなら怪我とかさせたくないんだからさぁ。」

 

「わぁ、心配してくれるんですか、ありがとう。」

 

「いいえどういたしまして…ってそうじゃねぇだろ。いい加減殴るぞおまえ。」

 

「いやはや。」

 

茶化してはみたものの、どうにも逃げられそうには無かった。

往生際が悪いと云えばそうなのだが、やはり捕まりたくは無いものだ。

捕まれば確実に牢に入れられて有罪判決が出されるのは確実だ。

こちらの世界の刑法はあまりよくはしらないが、日本より軽いと云う事はまず有り得ないだろう。

身も蓋も無い事を云ってしまえば、折角「物語」の時代に追いつこうとするこんな時に捕まるのは、何とも勿体無い気がした。

登場人物達には関わるつもりは無かったが、「物語」の経過くらいはひそりと傍観してみたかった。

そこで、ふと頭を過った考えを駄目元で提案してみることにした。

云うは容易いが、覚悟がいる。

しかしそれを躊躇している時間は、どうやら自分には無いらしい事もよく分かっていた。

 

「あの、取り引き、なんて事は、可能でしょうか。」

 

奇妙なものを見る眼で唖然とこちらを凝視するハボック少尉が何だか面白くて、私は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

うわぁ、どうしよう。

心底困る。

どうしよう。

別にどうもできないけど、とりあえず、どうしよう。

妙な緊張感で手が震えて来た。

胃が痛い。

心底逃げたい。

 

そんな事を考えているのが顔に出ていたのか、ドア付近で壁に凭れている少尉に、

今更逃げたいとか云うなよ、と呆れたように釘を刺された。

自分から云い出した事なので仕方ないのだが、頭で考えるのと実行するのとでは重みが違う。

 

「少尉さん、胃が痛いです…。」

 

「…おまえなぁ…。」

 

いい加減ハボック少尉も私のチキンぶりにはうんざりしているようだ。

(云ってる私もうんざりだ。)

それもそうだ、先程から私はずっとこんな調子だった。

 

 

 

私の一か八かの提案を聞いた少尉は少し考えて、或いは、とだけ答えた。

互いに妥協出来る点が既に其処しか無い事はお互いよくわかったので、少しの話し合いの末、

隠れ家を出てイーストシティーの外れにある私の家に場所を移した。

古くて小さいが、一人で住むには十分なくらいの借家だ。

そして少尉は私の家から電話を掛けた。

繋がる先は、東方司令部指令室に他ならない。

 

「でも、本当にわざわざこんな所に迄きてくださるんですか…?

お忙しいでしょうし、こんな朝早くですし。」

 

「お前が司令部に行くのを断固拒否したからじゃねぇか。」

 

「だ、だって!敷地内に入った瞬間に撃たれでもしたら相当恐いじゃないですか!」

 

「あのなぁ…だから普通そんなこと有り得ねぇっつってんだろ…。

どんだけ軍恐怖症なんだよ。ちょっと傷付くぞ、それ。」

 

さっきから繰り返す不毛な会話に飽きては来たが、これから此の家を訪れるらしい人物が、

楽しみと云えば楽しみだが、今の私は緊張と不安で恐くて仕方が無かった。

交渉が上手く行かなければ私は捕縛されるだろう。

かの人物を前にして上手く交渉ができるかどうか、あまり自信が無かった。

逃げる自信はもっと無かった。

なんでこんなことになったんだろう、と息も絶え絶えに呟くと、失笑を返された。

 

ふと、朝の静かな空気に混じって、家の前に自動車の止まる音がした。

来てしまった。

緊張のあまり部屋の隅に避難する私をよそに、少尉は上官を出迎えるべくあっさりと玄関扉を開けて出て行った。

其の間際に小さく、腹を括れ、と云ってにやりと笑われた。

いっそ消えたい。

 

外で数人の話し声が聞こえる。段々其れが近付いて来て、

ハボック少尉が扉をあっさりと開いて、こっちです、と訪問者を誘導するのが聞こえた。

 

見慣れたはずの扉が、何処か知らない建物に備え付けられたもののように見えた。

敷居をくぐって現れたのは、昨夜私に向けて躊躇い無く、

舞い散る雪を掻き消す程の鮮烈な焔をはなった、ロイ・マスタング大佐その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

next.

 

 

 

(08.9.16)

 

 

 

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