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捕縛する側とされる側と云う立場の割に、私とハボック少尉の間には曖昧な空気が漂っていた。

会話を続けようにも互いの認識からの食い違いが激しすぎて会話にならないと、先に匙を投げたのは少尉だった。

取り敢えず、いつまでも此処にいても仕方が無いので場所を変える事になった。

 

少尉は私を捕まえて司令部に帰ると云うだろうかとおもいきや、何故か黙って私に付いて来た。

アジトを探るとかそんな目的もあったのかもしれないが、何故か危機感は感じなかった。

ああ、捕まるのかな、と思いながらも落ち着いている自分が不思議だった。

 

迷路のような真っ暗な地下通路を、小さなカンテラ一つを頼りに迷わず目的地に向かって進んでいると、

少尉が感心したように辺りを見回していた。

 

「こんな通路使って逃げてたのか。どうりで10年も捕まらねぇ訳だわ、こりゃ。」

 

「そうですね。でも、此処を使うのもどうせ今日で最後のつもりでしたから。」

 

其の言葉に、彼は少し意外そうに片眉を上げてみせた。

 

「捕まる気だった、とかいわねぇよな。」

 

「いいえ。盗むこと自体を今日限りで辞めるつもりだったんです。」

 

「何で?」

 

問われて、自分でも良く分からなかった疑問の答えを探して少し立ち止まったが、

暗闇を見つめようとも明瞭な答は見つからなかった。

困惑混じりに曖昧に笑いながら、もういいような気がするから、と答えると、少尉も其れ以上は何も云わなかった。

 

道すがら、私は開き直ったように「共犯者」の事や今迄の手口などを少し話した。

少尉が聞きたがったと云うよりもむしろ、私は聞いて欲しかったのかもしれない。

此処何十年かはずっと他者となるべく関わらないように生きて来た。

仕事場でも失礼にならない程度に必要最低限しか接してこなかったので、

こんなにいろいろと会話をしたのも久しぶりだったのだと今更気付いた。

 

「でもあんた、十年前っつったらまだかなり小さい子供の時分だろ。」

 

「共犯者」と出会った時の事を聞いた少尉が、ふと訝しげに尋ねて来た。

私は内心鼓動が早まるのを息苦しさに自覚しながら、

見た目程若く無い、とだけ少し笑って云った。

丁度目指していた出口に辿り着いた。

予定では、此の上にある隠れ家から地上に出て何事も無く帰宅する筈だった。

 

「あ、着きました。此処です。」

 

カンテラを持ちつつ梯子を上がって重い扉を押し開けると、下にいるハボックに上がってくるよう促す。

少し警戒した顔をしながらも梯子に手を掛けたのを見届けてから、私は通路のある部屋の隣の部屋へ向い、

仮面や手袋と一緒に黒い上着を脱いで、用意していた別の普段着を羽織った。

最後に靴を履き替え、部屋の隅にある暖炉に全てを投げ入れて、仕上げに擦ったマッチを投げ入れた。

 

そう云えば、今日は雪が降る程寒い日だったのだ、と、

マッチを上手く擦れない程かじかんだ手に今更のように気付いた。

地下通路よりもずっと、地上の家屋の中の方がしんと凍えている。

 

「なっ…お前…!…証拠隠滅しやがったな…。」

 

「え?あ…。」

 

梯子を昇り切ったハボックが低くそう呟くのが聞こえて、ふと我に返った。

証拠とかそう言う事をすっかり失念していた。

此の数時間で何度云ったかわからない謝罪を口にすると、

もういいよ…とすっかり諦められた様子で頭を小突かれた。

 

さみぃ、と云いながら証拠品を遠慮なく燃やす暖炉の火に手を翳していた。

私も少尉と微妙な距離をおいて暖炉の前に座り込んだ。

暖炉の火を眺めながら、アレはどうする訳、と、

片隅に置きっぱなしになっていた金品の入った鞄を親指で指した。

 

「いつものように処理するつもりでしたけど。」

 

「そのいつもはどうやってんだって聞いてんだけどな。」

 

「あ、知らなかったんですか…。

いつも孤児院とか病院とかに分けて匿名で寄付してます。」

 

「へぇ、噂、本当だったんだなぁ。」

 

「…噂なんて、ろくでもないものです…。」

 

何気なく云ったつもりの言葉が、思ったよりも低くなってしまったのに自分でも驚いた。

意味も無くまたすみませんと呟いて、少し苦々しい気分になる。

 

「…後悔してんのか?」

 

「わかりません。

「共犯者」といた時は、ただの愉快犯だった。

でも其の時だって今だって良い事をしてるだなんて微塵も思っちゃいませんよ。

私がしているのはただの略奪、犯罪です。

寄付だって、聞こえはいいけど、内実は汚い金を押し付けただけです。

何でこうなったのか、自分でも、本当によくわからないんです。

でも、今日が最後だ、今日なら辞めていい、と云う予感がしたんです。」

 

何と云っていいのか分からず、結局彼は曖昧に相槌を打つだけに留めたらしかった。

ふと、沈黙が降りた所で、ポケットを圧迫する冷たい重みを思い出し、其れを取り出して彼に差し出した。

彼はぎょっとして、今迄やや緩めていた警戒を一瞬で強めた。

私がなんともなく取り出したのは、ハボック少尉の所持していた黒いオートマティックの銃だった。

 

「すみません、これ、返すの忘れてました。」

 

「…何で、返す?それで俺を脅すとか考えなかったのか。」

 

「重いし、撃つのが恐いからです。撃たれるのは痛いものですしね。

何より、脅しても返り打ちにあう自信があります。」

 

最後の一文を強調して云ってみると、またものすごく微妙な顔をされた。

此の顔は数時間でもう見飽きる程見た。(そうさせているのは紛れも無く私だったのだが。)

 

何処迄本気で云っているのかを考え倦ねているようにも見えたが、

銃を受け取った彼はふと少し暗い表情を見せたかと思うと、

徐に私の額にその冷たい銃口を突き付けた。

 

銃身越しに見えたハボック少尉の表情は、

今迄と打って変わって初めてみる真剣な表情だった。

 

「こうなるとは、思わなかったのか。」

 

思わなかった訳では無いが、思っていた訳でも無い。

それでも銃と云う武器の存在意義くらいはいくら私でも知っている。

だからこうなってもならなくても、それはそれで仕方が無いと云う諦めも確かにあった。

 

どうせ私は銃なんかじゃ死ねやしないのだ。

ただ、先程迄のハボック少尉の態度が、何だか嬉しかったので、

こうならなければいいのになとは思った。

 

「…答えろ、。」

 

暖炉の火が火種を失って静かに消えて部屋はまた薄暗くなっていく。

其の中にあっても、ひやりとした鈍い黒の輝きは良く見えた。

本当にそれでちゃんと死ねるなら、撃たれてもいいのにな、と思った。

 

「しにたいと、おもったことならあります。」

 

そう呟く掠れた声は、ごく小さなものだったのにやけに静かな部屋の中では煩く響いている。

夜明けの近い外はきっと前日から降り続いた雪に薄らと白く覆われているかもしれない。

雪は音を食べてしまうから、うるさいくらいの静寂で耳を痛めてしまいそうだ。

 

眼を開けているのが億劫になって、私は眼を閉じた。

額に押し付けられた黒い鉄は、何時の間にか私の温度を奪って温んでいた。

生温い鉄の群れはあまりにかなしかろう。

 

「……あーもうっ止めだ止めっ!」

 

徐に髪を掻きむしりながら下ろした銃を懐にさっと終い込むと、

彼は投げ遺りな声を上げて先程迄の空気を切り上げた。

一瞬何が起きたのか分からず放心してしまったが、どうやら彼は私を撃たないことにしたようだった。

例え引金を引かれても死なないが、撃たれるのは確かに恐かったので、よかった、と思った。

 

「撃たないでくれてありがとう。」

 

情けなく笑って云うと、この馬鹿、と罵られて頭を乱暴にぐしゃぐしゃとかきまぜられた。

少尉もとんだ厄介者に関わってしまったものであるなぁと、少し同情した。

 

 

 

 

 

 

 

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(08.9.16)

 

 

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