14

 

 

 

 

 

 

「よぅ、久し振りだなー。遊びに来たぜ、。」

 

「遊びに、って…。」

 

大佐が此の家を訪れた翌日の夕刻、またしても鳴った呼び鈴に扉を開ければ、

今度はハボック少尉とブレダ少尉の二人が玄関先に立っていた。

 

何なんだ、東方司令部。

忙しいんじゃ無いのか、東方司令部。

 

思わずそう頭の中で突っ込まずにはいられなかった。

心なしか、玄関を見張っている軍人さんも、敬礼しつつも怪訝そうにしていた。

 

取り敢えず、呆気にとられて突っ立ってても仕方が無いので入るように招き入れると、二人はのそのそと入って来た。

ハボック少尉は背が高いので敷居にぶつかりそうだな、と思いつつ、取り敢えず紅茶を入れる準備をする。

私の家には、私が飲まないのでコーヒーが無いのだ。

3人分の紅茶を持ってテーブルに戻ると、ハボック少尉とブレダ少尉が何かの書類を片手に雑談していた。

 

「お、悪いな。まぁ、遊びに来たっつーのはもちろん冗談なんだがな。

あ、ちなみに、こっちはブレダ。俺と同じく少尉だ。」

 

「あ、えと、初めまして、です。ご迷惑お掛けしてます。すみません。」

 

「あー、どーも、初めまして…。」

 

一応初対面なので名乗って会釈したら、なんだこいつ、みたいな顔をされた。失敬だな、君。

ハボックはハボックで、な、変なやつだろ?と私を指差してブレダに同意を求めていた。

彼は一体私を何だと思っているのだろうか。

 

「こないだは情報提供、御苦労さん。そういや悪かったな、帰り送ってやれなくて。」

 

「いえ、あの後、ファルマン准尉が送って下さいましたから。御気遣いありがとうございます。」

 

「ああ、ファルマンもそう云ってたな。そんで、何でも、大佐の面白い顔が見れたとか何とか。」

 

「あー…はは。」

 

ハボック、ブレダが明らかににやりと面白そうな顔をしたので、笑って誤魔化して話題を変えようと思った。

大佐の面白い話なら私も便乗してがっつり突ついてみたいところだが、

あの時私が泣いたことや其の理由まで話を広げられるのはあまり歓迎しない。

大佐が私の事を彼等に話していないのだとしたら、私からわざわざ云う必要もないか、と思った。

 

「それで、あれからどうなったんですか、と、私が聞いてもいいものでしょうか?」

 

「ん?あぁ、そうそう、其れも含めて話しに来たんだよ。なぁ、ブレダ?」

 

「あぁ。一応情報貰った分は一通りあたったからな。

報道の方は規制かかってるから新聞にはまだ全部記事にはなってねぇが、

ま、お陰さんで十分な成果は上がったよ。ついでに大佐の株もな。」

 

「ほんっとハードな一週間だったよ…。ほぼ司令部に泊まり込みだったしな…。」

 

「そうですか…。」

 

遠い眼をしてうんざりした顔をするハボック少尉には悪いが、無事に終わったと聞いてホッとした。

自分の身の安全もそうだが、話を聞いた感じ、軍に大きな被害が出た様子も無いことに安堵した。

思い出せる限りの情報は渡したが、何か忘れていた事があってそれが重大なミスに繋がらないか、内心、心配だったのだ。

 

「そういう訳だから、喜べ、監視の方も解除されるそーだ。」

 

ハボック少尉の其の一言を聞いて、少し驚いた。司令官室で話をした時、

私が何者なのかが明かされない限り監視を解く訳にはいかない、と大佐にはっきり告げられている。

私に対する監視の解除がマスタング大佐自ら決定した事であるとすれば、どうやら昨日の言葉は本当だったようだ。

 

「…それは、大佐さんが?」

 

「ん?あぁ、そうだけど?」

 

「…そっか、うん。よかった。」

 

「?」

 

少し嬉しくなって、笑って頷いていると、ハボック少尉は不思議そうな顔をして首を傾げたが、私は其れ以上は何も云わなかった。

改めて場を仕切り直すように、ブレダ少尉が先程から持っていた書類を私に差し出した

 

「これで取り引き成立、お前さんは晴れて自由の身だ。

ただの形式上の書類だが、いくつか署名が要るんで、まぁよく読んで一番下の欄にサインしてくれや。」

 

「はい、わかりました。」

 

書類は2枚あり、難しく固い文面ではあるが、内容として要は、

此れからは悪い事はしませんよと云う誓約と、此れで取り引き成立だから後で文句は云わないようにと云う念押しだった。

ブレダ少尉の云った通り、本当に形だけの事務書類のようだった。

書類に書かれた文章を読み終えて、二枚の書類に確と署名をして返した。

一応これで、一件落着となるようだ。

 

「本題はこれで終了だ。お疲れさん。もうあんなことすんじゃねぇぞ。

…で、まぁ、これはついでなんだけどな。いわゆる差し入れってやつだ。」

 

差し入れと称してハボック少尉に手渡された大きな紙袋には、

サンドイッチや焼き菓子、果物などがこれでもかと云うくらい詰め込まれていた。

まさかこんなものが手渡されるとは思っても見なかったので眼を丸くしていると、

ハボック少尉が私の頭をがしがしと掻き回した。

 

「一回司令部に行った以外、お前一歩も外に出なかったんだって?」

 

「えぇ、まぁ…。」

 

たいしたもん食ってねぇだろ、顔色悪いぞ、と最後に頭を軽く叩かれた。

髪の毛がぐしゃぐしゃになったので、一応申し訳程度に手櫛で直していると、ブレダ少尉が呆れたように笑った。

 

「黙ってろって云われたんだけどよ、実はこれ、大佐が持って行くよう云ったんだぜ。」

 

黙って無くていいのか、と少し思ったが、

其の言葉に引っ掛かって首を傾げていると、ハボック少尉が付け足した。

 

「あの人なりの気遣いってやつじゃねぇか?

それにしちゃあ何か機嫌悪そうに仏頂面してたけどよ。

それにしても大佐ってほんと女に対してマメだよなぁ。」

 

笑うハボック少尉とブレダ少尉をよそに、何とか表情には出さないようにはしていたが、

怒りとも嬉しさともつかない複雑な気持ちが頭の中を激しく暴れ回っているようで、何だか泣きたくなった。

昨日大佐が出て行った直後のような、身の内に激しい感情のうねりを感じる。

その全てを飲み込むような感情の流動を押さえ付けるので精一杯だった。

 

(あのひとは、全く、何処迄お人好しなんだ!)

 

あの時、何故暖房をつけないのか、などと脈絡の無い事を聞いたのかと思ったら、

彼は私の考え等全てお見通しだったと云う訳か!

私は寒くても死なないし、食べなくても死なない。

自暴自棄ともとれる私の考えを見通した上で、あの時、本気で怒った顔をしたと云うのか。

碌に食事もしていなかった事を見抜いた上で、部下に命令して迄こんな事をさせたとでも云うのか。

それも、私にとって一番親しみがあるだろうハボック少尉をわざわざ寄越して、自分の事を口止め迄して。

 

私なぞただの犯罪者だ、余計な私情など一切挟まずただ契約通りに事を運べば良いものを。

何でこんな事するんだ。

あんたの方がよっぽど中途半端じゃないか。

冗談じゃ無い。

 

何で、…嗚呼、何で、あの時、私の名前を呼んだりしたんだ…。

 

「…畜生…あの、お人好しめ…!」

 

思わず舌打ちをして、小さくそう悪態をついたのが聞こえてしまったらしく、二人は唖然として私を見た。

 

「あー、うん。何でも無いです。えへっ。」

 

態とらしくにっこり作り笑いをして強制的に誤魔化し、なかった事にしてみた。

ハボック少尉の此の物凄く微妙な顔を見るのも久し振りだと思った。

ブレダ少尉も負けず劣らず微妙な顔をしてくれていた。

 

 

「そんじゃあ、まぁ、俺らはそろそろ戻るわ。何かあったらまた司令部の方に連絡してこい。」

 

「お二人とも、これからまだお仕事ですか?」

 

戻る、と云う言葉に気付いてそう問うと、嫌そうな顔をしたハボック少尉の代わりに、

ブレダ少尉がうんざりしたような諦めたような様子で答えた。

 

「残務処理でな。今日も泊まり込みかな、こりゃ。

大佐が昨日書類ほったらかして外出してたせいだぜ、ったく。」

 

「どーせまた女絡みなんじゃねぇの?やってらんねーよなぁ。」

 

やっぱり仕事サボって来てたのか、と思いつつも、其の一件に関しては私も耳が痛かった。

腹立たしく思えど、やはり大佐にあの話ができたのは確かに私にとって良い事だったからだ。

しかし、だからと云ってサボる口実にされた事には甚だ遺憾である。

 

「あの、大佐さんに伝言、御願いできますか?」

 

「ああ、いいよ。何だ?」

 

「『お仕事頑張って下さい。』

…それと、『このお人好しが!』って。」

 

ハボック少尉が思わず銜えていた煙草を落としかけた。

 

「…其れを俺に云えと?」

 

私は黙ってにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(08.9.16)

 

 

 

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