冷たい床

 










カカシの家に居候を初めてしばらく経った。

もう夏の盛りで、外では熱気が、木も人も家も電柱も、全てをゆらゆらと揺らしている。

気が遠くなるような温度も、このカカシの家の涼しさには手を出せない。

一番部屋の隅っこに凭れ掛かって私は幸せな涼風に酔いしれる。


エアコンはあまり好きじゃないらしく、カカシはただ一日中窓を開けたままにしている。

(私もすぐに身体が冷えてしまうから、あまり好いていない。暑さが酷い時は頼ってしまうけれど。)

出かける時もそうだから、少し驚いた。

どろぼうさんがはいっても知らないよ、と私は一応言ってみるけど、彼は、はは、と笑った。

どうせトラップは設置してるし、とられて困るものなんてあんまりないんだ、と言う。


モノへの執着心の無さは出会った頃から相変わらずで、でも、そんな逆説的な合理主義も楽しい。

以外はそんなに大事なものはないよ、と、また本気なのか冗談なのかわからないように言った。

私はちょっと困ってしまって、曖昧に笑いながら、カカシに聞こえないように呟いていた。

私なんて、そんなに大事にするようなものでもないよ、と。


あれこれとカカシの事を考えて、壁に耳をくっつけていると、カカシが任務から帰ってきた。

まだ昼間なのに、早くお仕事が片付いたらしい。

その手にはよく冷えたソォダ水の瓶が1本だけある。

水滴を滴らせた薄水色の瓶がカカシの指を濡らしている。

お土産、と言って冷たいそれを私に手渡しながら、暑苦しい口布と額あてとベストを脱いだ。

もうソォダ水を貰って喜ぶような年齢ではないのだけど、カカシに貰うものはすべて嬉しく感じてしまう。

私が犬なら尾を精一杯振るし、猫だったら身体をすり寄せてその足に離れないように絡み付くだろう。


ソォダ水は、子供達の大好きなビィ玉が蓋代わり。

私がそれを開けようとすると、力がいるから、とカカシが代わりにいとも簡単に開けてしまった。

こういうのは、優しさというべきか、おせっかいというべきか。それとも過保護かもしれない。

いくら私でも、これくらいはすぐに開けられるのにと、

少し苦笑いでもう一度瓶を受け取り、冷たいソォダを一口飲んだ。途端に、喉の奥でスパァクする。

瓶を頬に当てて目を閉じながら、向こうの部屋で服を着替えているカカシに呼び掛けた。


「ねぇ、カカシさん。」


「ちょっと待ってねぇ・・・・。・・・ん、何?」


少し微笑みながら、私のいる部屋に戻ってきたカカシは、

仕事の時とはうってかわった、夏らしい白のTシャツ姿だった。


「カカシさんの家って、別に普通の家だよね。」


「そりゃあ、そうでしょ。」


「・・・うん・・・。何か、すごく涼しくて居心地がいいから、どうしてかなって。」


「そう?別にそんなに涼しくなんかないよ。の家も、結構涼しいじゃない。」


何となく私はカカシの家の涼しさの秘密を訊ねてみるけど、こんなにも心地良い理由はわからない。

でも、別に秘密が知りたい訳じゃない。

ただ、そんな彼の家が好きなんだ。


開け放された窓から流れてきた風が、瓶から滴る水滴に濡れた頬を冷やした。


瓶の内部を漂い転がるビィ玉は、薄水青に煌めいた。

泡を纏いながらも艶やかな表面。

私が子供の頃、両手が一杯になるくらいあったこの硝子球は、今は私の家の何処にいってしまったのだろう。


ソォダ水を飲むのもそこそこに、瓶を掲げてじぃっとビィ玉を見つめていると、

私と一緒に部屋の隅に座っていたカカシが、隣でふっと笑った。


、そんなにビィ玉が好きなの?」


「・・・・。だって、綺麗じゃない。」


とても可笑しそうに涙を浮かべながら笑われて、私は少し拗ねて開き直ってみる。

ただの硝子でも、こんなにも綺麗なのは私にとってはやっぱり否定出来なかった。


「飲み終わったら取り出してあげるよ。」


また笑われるかと思っていた。しかし、カカシは穏やかにそう言った。

瓶の中のビィ玉の色って分かりにくいけど、結構いろんな色があるよね、と真面目な顔していうので、

私も少し考えて、今まで見たことがある色を上げてみた。

瑠璃、浅葱、翠、そして透明。

微妙な色合いを色名で表現するのは少々難しいものだった。


「どんな色が入ってるのか、楽しみだね。」


カカシがそう言いながら私の頭を撫でた。

そうなるともう、私はビィ玉の色なんてどうでもよかった。














(02.8.7)


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