冷たい床












カカシの家は何故かとても涼しくて気持ちがよかった。

夏のあの暑さときたら、私の部屋を所構わず暴れ回って私をうだらせるというのに、

全くカカシの部屋も玄関もキッチンも、とても涼しかった。


何時からなのかはよく分からないけれど、私達が付き合い始めてから、

毎年夏の間中はカカシの家に半ば住み込んでいる。

別に同棲とかには興味はなくて、ただお互いが居ればいいという曖昧でいい加減な関係。


私はとにかく夏のあの汗ばむ肌をさらりと包むカカシの家の涼しさが好きだった。

だから夏の間だけはこうして毎日同じ部屋で起きて、

同じ部屋で御飯を食べて、同じ空気、同じ時間の共有を行う。


共有は、時々重荷になった。

無性に気まずくて、カカシの家に入り浸る自分勝手な私がどうしようもなく嫌になって、

何度ここを飛び出して夜に殺されることを願って手を握りしめたかわからない。

だのに、やっぱりカカシは何を考えているのかわからなくて、私の頭を黙って微笑みながら撫でる。

それが赦しか、慰めか、何の意味をもつ行為か、わからない。


ただ確実な事実は、彼は私を追い出したりはしなかった。


一つの季節なんてすぐに過ぎてしまうし、それが残念に思う事もよくある。

私は暑いのはとても苦手で、正直言ってしまうと夏は大嫌いなのだ。

カカシの家は、そんな嫌いな夏を少しでも快適に過ごせるとてもいい場所で、

むしろ彼の家に夏の間だけ居候する事は、私が夏を好きになっていくきっかけだった。


暑ささえ愛おしく感じ始めたら、もっとカカシを愛おしく感じる。

カカシをより愛おしく感じたら、もっと夏を愛おしく感じ始める。


そんな季節だった。









カカシは本当に優しいなぁ、と、思う。

しかし、私はそれに甘えてるだけのおんなにはなりたくない。

勝手に上がり込む代わりに、掃除とか、洗濯とか、御飯の支度とか、家事は私が受け持つ事にした。

それくらいしか、できる事が思い付かなかった。


急に家事をこなし始めた私を訝しんでか、何もしなくていいんだよ、と彼は言った事があった。

だけど私は、家事は楽しいから好きなの、と言った。

それは本当の事だったから。

楽しいし、役にたてるし、自分への言い訳も出来た。

カカシも、それ以上は何も言わなかった。ありがとう、と笑ったきり。


ある日、2人で食事を終えて、私はキッチンで食器洗いをしていた。

リビングで座っていたのに、カカシはいつのまにか私の背後にいた。


。それはしなくてもいい。」


まだ今年カカシの家に居候し始めて、3日目の事だった。毎年していることなのに、何故か彼はそんな事を言った。

洗い終わった食器を乾燥棚に置き、次の食器に伸ばしかけたところで、その手を掴まれる。

静かな部屋に、蛇口から流れたままのひんやりと冷たい水がステンレスを叩く音が、溢れ出した。

濡れて、毀れて、溺れるような音に気をとられながら、私は首を横に振る。


「動いてる方が落ち着くの。」


それに、カカシに悪いから。

その言葉は呑み込んで、滅多に笑わない私が笑ってみせたのに、カカシは私の手を離そうとはしなかった。

ちょっと拗ねるような目がまるで子供のようにきれいだった。


「毎年言おう言おうと思ってたんだけどさ、の手、綺麗なんだから勿体無いよ。」


そんな恥ずかしい事を真面目な顔で言うので、面喰らって首を傾げていると、

カカシは私の濡れたままの右手を自分の目に寄せた。今はさらけだされている生々しい傷跡の瞳。

何を見てきたのか、どんな色の涙を流したのか、忍ではない私には知る由もない。

泣かなかったかも知れないとは、何故か思えなかった。

強いけれど、泣く事を忘れるような「忍」のひとだけれど、それでも。


「私の手、濡れてるよ。」


「いい。」


別にそんなに肌が異常に白いわけでもないし、特別綺麗な爪を備えたわけでもない、

私のただの「手」を彼は綺麗だと云う。

カカシの手の方が、女の私よりもよっぽど指が長くて、白くて、綺麗なのに。

カカシの不思議な模様を持つ赤い瞳を覆う瞼は、とても熱かった。


蛇口から流れたままのひんやりと冷たい水がステンレスを叩く音が、溢れている。

さっきからずっとそのままの水に構いもしないで、私の手をとり、目を閉じているカカシ。

水飛沫は蛍光灯を反射していやにキラキラしている。


この時から、食器洗いだけはカカシの担当になった。














(02.8.1)


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