※乙一氏の小説「GOTH」のパロディです。短い連作3つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GOTHIC

 

ある休日、所属する野球部が珍しくも休みだったので、俺は行きつけと云ってもいい馴染みの書店にいた。

 

此処では新書も古書も新古書も織り混ざり、まるで区別というものに頓着されぬまま、

天井迄ある本棚にぎっしりと詰め込まれている。

 

薄暗い照明のせいか、比較的新しい建物であるはずの店内なのにひどく古びた印象がある。

しんと冷えた地下室のような閉塞感のある空気。

紙の匂いがしっとりと鼻孔をくすぐっている。

 

別段買うものがあるわけでもないが、俺は此の店の妙な居心地の良さに、

かれこれ数時間はこうして棚に詰め込まれた書物をいちいち手に取っては眺めていた。

 

俺が手に取る書物は大体が猟奇殺人や犯罪心理やといった、薄暗い世界に主題をおいたものばかりだった。

俺がこの書店を気に入っている理由のもう一つが、こうした普通の書店にはないような興味深い書物が、

ひっそりと、しかし膨大に存在していることだ。

 

俺が平生に人前で見せる精巧な造り笑いは、

此のどうしようもなく暗く血腥いものに惹かれる性を綺麗に覆い隠してくれる。

誰も此の擬態に気付かない。気付かせない。

 

カニバリズムについて記述された本を流れ作業でもするように淡々と流し読みしていると、

ふと、本棚が並んだ狭い通路の奥にある黒っぽい人影が視界の端にちらついた。

 

自分以外に客がいるのは当たり前なのだが、

その後ろ姿が何処かで見たことがあるような無いような、曖昧な既視感に首を傾げたのだった。

しかし俺は自分の興味が無いことに関する記憶が、あまり確かな信憑性を持たないことを良く知っていたので、

世の中似たような人間で溢れているものだという固有の一般論で自己完結させた。

知っている人間だとしても、相手がこちらに気付かないのであれば、態々声を掛ける必要性も見出せない。

 

奥で棚を見上げる後ろ姿から一切の注意を削除して、俺は再び目の前の本棚に向き直った。

そして、今度は猟奇殺人に関する犯罪心理学の本を手に取った。

 

しばらくそれに眼を落としていると、奥の人影がこちらへ来る通路を歩く足音がした。

俺はそれでも別に其の人物に注意を向けることはしなかった。

見ず知らずの他人(かもしれない人物)に意識を向けることは無意味だと思った。

 

しかし、そんな俺をよそに、其の人物は俺の数歩手前で立ち止まり、こちらに視線を向けているらしい。

其処で初めて俺は手元の書物から顔を上げ、立ち止まる人物を振り返って視線を遣る。

 

あぁ、なんだ。

その顔を見た俺は、不思議と全ての辻褄があった時のような納得感を感じた。

 

「あんた、何て云う名前だったっけ。」

 

よ。

 奇遇ね、私もあなたの名前、知らないわ。」

「一宮、一志。」

 

無表情な顔で、さほど興味も無さそうには俺を正面から見据えていた。

と名乗った彼女は、俺のクラスメイトにあたる女子生徒だった。

 

今迄一度も事務的にさえ喋ったことがなく、俺たちにはおおよそ接点と云うものが欠如している。

しかし今は、どこかよそよそしい共通の感覚が根底にあったことを、お互いに知った気がしていた。

  

は俺が手に持ったままの本に少し視線を落とし、もう一度俺を見た。

 

「騙すのは御得意かしら?」

 

「何の事?」

 

白々しく笑みを作って尋ね返してみせれば、彼女は皮肉っぽく眼を細めて俺を軽く睨む。

 

「あなたの『友人』は、その造り笑いに丁重に騙されているというわけね。」

「人聞きが悪いな。

 さん、何か俺の弱味でも握った?」

 

俺は口元だけで笑んで、本棚に少し凭れ掛かるように背をあてて腕を組んだ。

 

「まさか。私は騙す側でも騙される側でも無いもの。」

「へぇ?」

「……いちいち癪に触るひとね、」

 

は眉を顰めて少し溜め息をつくと、そのまま唐突に俺に背を向けて、出口へと歩いていった。

俺は肩を竦めて其の後ろ姿を一瞥すると、何事も無かったかのように広げたままの本に向き直る。

 

「騙す側でも騙される側でも無い、か。」

 

独り言をこぼして俺は静かに俯いたまま笑った。

 

「誰が誰を騙しているんだろうな。」

 

薄暗い店内から、光の溢れる出口へ向かう彼女の後ろ姿を思い出すと、

彼女に対する好奇心がひっそりと俺の頭の片隅に残っていることを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FILM

 

「ねぇ一宮くん、今日一緒に帰らない?」

 

HRを終えてすぐ、同じクラスの が擦れ違い様に小さく俺に尋ねてきた。

彼女とは別段親しくも無いが、話すことがあるときはそれなりに話すという曖昧な関係だ。

畢竟、おおよその人間は其れを「クラスメイト」と呼ぶのだろう。

しかし俺と彼女はそういう言葉が当て嵌まる関係でもなさそうだった。

そう、それよりも、もう少し特異な。

 

彼女がこういう事を云う時、必ず面白くも下らない話題性を俺に与えてくれる。

其れらを興味深いと思う主義主張と感性が、俺と彼女との唯一の共通点であり、共有点なのである。

少し俺の方に振り向きながら立ち止まっている彼女に、俺は頷いた。

 

「部活があるから、其の後でよければな。」

「じゃあ、終わる頃に校門で。」

 

短く云い、はさっさと教室を出て何処かへ行ってしまった。

彼女のことだから、多分俺の部活が終わる迄お気に入りの場所の何処かで暇を潰すのだろう。

其れは例えば図書室。または空き教室。もしくは美術室。

誰も居ない場所で一人静かに本を読むのが、彼女の暇の潰し方だと俺は知っていた。

 

 

 

手の甲で、少し冷え始めた汗を拭いながら校門へ向かうと、

約束通りは、校門の影で柱に凭れ、暇そうな無表情で虚空を見つめて俺を待っていた。

後片付けに手間取っていたせいで、少し遅れてしまったようだ。

もちろんそれは俺ではなく、事あるごとに騒ぎを起こす一年生達が原因だ。

 

「悪い、遅れた。」

「いいわよ、別に。楽しみは後にとっとくものだわ。」

 

俺より背が低いながらも、彼女は少し俺を見下したように眼を眇め、唇だけで微笑んだ。

其の仕草は別に悪意があるのではなく、単なる彼女の癖である。

 

楽しみとは何かとお決まりのように問うてやると、ふふ、とは笑って歩き出した。

俺も其れに倣い、彼女と隣り合って投げ遺りに帰路を歩き始める。

 

「スナッフフィルムを貰ったの。」

「スナッフフィルム?」

「えぇ。ま、もちろん偽物だけれど。」

 

でも折角貰ったのだから見ないのも勿体無いじゃない、と、は唇に指をあてて笑む。

 

「ごめん、それ何だっけ。」

 

忘れたと云うと、は眉を顰めた。

 

「この間あなたが云ったんじゃないのかしら。

 ほら、殺人の記録映像よ。」

「あぁ、」

 

に云われて、俺は漸く思い出した。

 

2、3日前、俺たちは今日と同じように帰路を共にしていた。

どちらから誘ったのか等どうでもいいことなのでもう覚えてはいないが、

確か其の時スナッフフィルムについての話が少しだけ話題に上ったような気がした。

 

「一宮くんて本当どうでもいいことはすぐに忘れるのね。」

 

彼女が呆れたように云うので、俺はひとつお決まりの造り笑いで戯けてみせる。

 

「まぁそんなもんだろ。

 それで、そんなものを何処で?」

「云ったでしょ、知人に貰ったの。

 質の方は保証しかねるけれど、あなたなら見てみたいと云うんじゃ無いかと思って。

 これからあなたに少しの時間があればの話。」

 

にやりとの眼が細められる。

俺は彼女のそういう冷徹な表情が愉快で堪らなくて、

とりあえず二つ返事での家に向かった。

 

フィルムを見るのと同じように、

俺は無感動に無表情で画面を見ているだろうの横顔を見ているつもりだった。

 

テレビ画面のチカチカとした発光に晒された彼女の白い顔は、

きっと画面の中で殺されゆく被害者と同じように、

俺の無慈悲な好奇心を満たしてくれるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CAKE

 

ぐしゃり、と厭な音を立てて白い箱は無惨にも床に叩き付けられた。

其の箱は数秒前迄は俺の手に携えられていたもので、

憎しみにも似た揺らめきを瞳の奥にたたえながら、目の前で俺を睨み付けるへの些細な土産だった。

 

「一応、さんへの土産のつもりだったんだけど、」

 

小さな善意に対するにしてはあんまりな仕打ちを受けたものの、

俺は然して気を悪くするでもなく、軽く肩を竦めながらそう云ってみせる。

彼女は血の気の引いた真白な顔を俺からさっと背け、自分の身を守ろうとする雛鳥の様な仕草で腕を組んだ。

 

今や見るも無惨に拉げた白い箱の中には、酷く甘ったるい香りを放つケーキが数個入っていた。

硬いフローリングに叩き付けられた時の衝撃からして、恐らくは全滅だろう。

そんな事を考えながら、俺は大した興味も無く機械的に箱を一瞥した。

 

 

 

 

俺は今日、予てより約束していた本を借りる為にの家を訪ねることになっていた。

自宅を出ようとしたその時、テーブルに小さな紙片が放置されているのが眼に入る。

そういえば数日顔をあわせていなかったであろう母親からの、置き手紙のようだ。

 

拾い上げて眼を通せば、其れは本当に簡潔な文章で、

両親が仕事の為に明後日迄は帰宅しかねるとの旨が記されている。

 

彼らは非常に多忙な身である事に加え、些か過ぎた放任主義なもので、

俺は家族と同じ家に住みながらも、殆ど一人暮らし同然の生活をしていた。

なので今更数日いないこと等たいした意味を持たないのは当然のことだった。

 

無感動にメモをまたテーブルに戻す。

そして、追伸に記された指示の通りに冷蔵庫から取り出した白い箱を見下ろし、少し溜め息を吐いた。

どうやら俺に食べろと云っているようだったが、

俺は少し脱力したような、うんざりして呆れた気分になる。

 

高校3年生の息子がおやつにケーキを貰って喜ぶと思っているのだろうか。

いや、おそらく彼等の事だから、当然のように思っているのだろう。

彼らは自分の息子が甘いものを然程好まない事など、恐らく知らないのだ。

子供を甘やかしも突き放しもしない冷静さを持ち合わせた両親だったが、

時折こういう、子供は斯く在るものだ、と云う変な思い込みをしている節がある。

 

自分で処理する気分には到底なれず、嗚呼丁度いいかと思い、への土産と称して押し付けようという魂胆で、

俺はひんやりと冷たい白い箱を引っ掴んで家を出たのだった。

 

 

 

自室から本を持ってくると云って踵を返そうとした彼女に無言で箱を突き出すと、

彼女は少し眉を顰めて、それは何だと訝しげに問う。

 

俺が其の質問に簡潔に答えた途端、は俺の手から箱をひったくるようにして奪い取り、

唐突に床に投げ付けたのだった。

 

「…呆れたな、そんなにケーキが嫌いだったのか?」

「えぇ、えぇ!吐き気がする程ね!」

「何を怒ってるんだよ。」

「怒ってなんかないわ!」

 

組んだ腕に爪を立てて苛々と云う彼女の顔色は、酷く悪い。

一体何が此処まで彼女の琴線に触れてしまったのか皆目検討もつかないが、

僕は少し溜め息を吐きつつも取り敢えず、悪かったよ、と呟いた。

 

いいわよ別に、気にしないで、と、彼女は少し自分を落ち着かせて云う。

親指の爪を噛み、必死に苛立ちの沸き上がる心を押し殺しているらしかった。

 

「何か厭な思い出でも?」

 

青白い顔で軽く俺を睨み、何かを振り切るように首を振る。

そして、小さな声でぼそりと呟く。

 

「…私はただ、ママの焼いた血の味のするケーキなんて、二度と御免なだけ。」

 

全く人に聞かせる気の無い囁きだったが、静まり返った室内のおかげで辛うじて聞き取る事が出来た。

彼女の其の言葉の内に、まるで吐き捨てるような憎悪と恐怖が込められているように感じられて、

俺は彼女に悟られないよう、唇にうっすら弧を描く。

 

は此れ以上この話題を続ける事を拒んでいる様子ではあったが、

しかし、俺は敢えて彼女の傷に踏み込む。

それもこれも、彼女の古傷を抉れば、彼女の新しい苦悶を垣間見れそうだからであり、

それによって俺のささやかな好奇心を満たせるかもしれなかったからだ。

 

「君のママとやらの焼いたケーキは、どうして血の味がするんだろうな。」

 

誘導尋問にも似た静かな問い投げ掛けてやると、

は血の気の失せた唇を噛んで黙り込んだ。

しかし、少し意外な事ながら彼女はそれでは理由を端的に述べる。

潰れた箱の隙間から溢れ出しては部屋に淀む甘ったるい匂いに、よほど動揺しているように見えた。

 

「あの女、自傷癖があるのよ、それに、えぇ、狂ってたのよ、料理が好きだった、」

 

ぼそぼそと呟く彼女の散らかった言葉を組み合わせると、彼女があの甘い物体を、

常ならずこんなにも取り乱して嫌悪する、その理由が少し垣間見えてくる。

俺は薄らと微笑んで、さらに質問を重ねた。

 

さんは、ケーキに混じった君のママの血の味を覚えてる?」

 

俺はおもむろに潰れた白い箱を拾い上げて、中身を確認する。

スポンジと白いクリームは醜く箱の内部を汚し、しなだれるように呆気無く潰れていた。

 

「・・・いやらしい言い方ね、誘導尋問なんて止めて頂戴!」

 

わざと神経を逆撫でされている事に気付いたは、思わずさっと手を振り上げて俺を平手で打とうとした。

だが、既に白い箱を傍らのテーブルに置いていた俺は、

易々と彼女の細い手首を掴んで、少し捩じるようにぐっと引き上げた。

 

「・・・痛いわ、離して、」

 

怒りと怖れが絡み合った黒い眼で俺を睨み上げるを見て、俺は薄く笑ってみせる。

何の変哲も無い無意味な笑顔を作ってみせるのは得意だ。

 

自由な方の手で、テーブルの上の箱の中、無様に潰れたケーキから白いクリームを指先で掬い上げ、

彼女の血の気を失くした頬にそれをべったりと擦り付けた。

 

「なっ……!どういうつもりよ!」

 

あからさまな嫌悪を浮かべる彼女の頬にべたりと付着したクリームを、

俺はわざとらしく舐めとってみせた。

 

「どういうつもりだと、賢い君は考えるんだろうな?」

 

俺は何の変哲も無い有り触れた笑みを浮かべながら、そっと彼女の細い手首を解放する。

怯えと驚愕に揺れる眼を見開いて呆然とする彼女をそのままに、俺は振り返ることもせずそのままの家を出た。

 

ハンカチでべたつく指先を拭い乍ら、そう云えば本を借りるのを忘れていたことに気付く。

まぁしかし、そんなことはどうでもいいことだ。

 

満たされて行く好奇心が貪欲に獲物を欲している。

君にはもう少し、俺の好奇心に付き合ってもらいたいんだよ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GOTHIC、FILM:03.9.23/CAKE:03.10.6

昔に書いてたもの

(15.6.10)

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送