ファミレスミッドナイト












『そもそも、さん、あの後確か牛尾の車で送って貰ったんじゃなかったのか?』


空になったココアのカップと、もう既に2回は読んだありふれたファッション雑誌を見下ろしながら、

相手に見えるはずも無いのは分っているけれど反射的に頷きながら、私は、そうなんだけどね、と言葉を濁した。

眩しいのに薄暗い照明が無遠慮に私を照らすので眼が少し痛い。

無駄なくらいにきつく効かせたクーラーの冷気に身震いして、羽織った薄いカーディガンを掻き合わせた。


あぁ、さっきから同じ歌い手の曲ばかり流れてる。

此の歌い手が嫌いな訳では無いけれど、明るすぎる曲調と甲高い歌声が今は多分に耳障りで、

でも何故か其のノイズにさえ変に安心してしまうから、それがただ私の癪に触る。


「私さ、前にも云った事あるかもしれないけど、一人暮らしなんだわ。」


けだるく装って云いながら、内心少し緊張している。

苦し紛れに人の疎らな店内を見回して、暇そうにレジ付近に佇むアルバイトの店員の茶色い髪を眺めるとも無く眺めた。


「だから到底1人で家にいられる自信なくなってたし、夕飯を食べてから帰るんだって云って、

 無理矢理牛尾君を云いくるめて近所のファミレスで降ろして貰った。

 で、今に至る次第です。」


『今に至るって、あんた、あれから何時間経ってると思ってるんだ?』


「5時間くらいは経ってるかと。」


驚き呆れたように云う一宮に、私は素っ気無く淡々と答えた。

しかし、多分全て私がそう云うふうに装っているだけなのだと一宮なら気付いているのかも知れない。

まぁ、気付いていても何も云わないでいるようなひとだから、私も平然と装おうことができるのだけれど。


理解され、許容されている時に虚勢を張ることは、随分と護られているような気分になり安心するものだった。

時々極めて薄情なやつでもあるのだが、一宮というひとはそういう所が私にとってとても居心地が良くて、

だから私は一宮を好きだ等とつまらない事を思ってしまうのだろう。


『で?』


短く云われたその言葉が何を促しているのかを捉え切れず、私は曖昧に、うん?と聞き返した。


『5時間も1人で粘ってみたがとうとうギヴアップして俺に電話してきた、と?』


「…仰る通りです。」


言外に、いかにも自分は疲れているのだと云いたげな響きを聞き取って、私はきゅっと胃が縮まる思いがした。

私は直接彼に云った事は無いが一宮が好きだし、一宮も口にはしなかったが一応は其れを承知してくれていたけれど、

だからと云って今此処に来いと強く我が儘を云うつもりは毛頭無かった。


私は困らせる為に彼を好きになった訳では無い。私は何時だって人間として対等でいたいと近頃は特に強く思う。

最近其れをプライドと呼べるかもしれないな等と考えた事があったが、はっきりと名付けるのは止めにした。

自分がそのニュアンスを感覚で知っていればそれで十分なのである。


「うん、でも疲れてるんならいいんだ。」


私は何かを付加することを止めて素直にそう云った。

少し未練が無い訳でも無かったが、自己嫌悪するよりはいい。










『うん、でも疲れてるんならいいんだ。』


含みを持たせて呆れた声を出せば、気負いも無くすとんと返って来た気が抜けるような返事に、一宮は溜め息を吐いた。

もう何度溜め息を吐いたか数えていないが、少なくともと電話し始めてから其の回数は急激に増えた。


恐らくは本心らしい彼女の言葉に、彼は少し苦い気持ちになる。

彼女のことだ、迷惑だろうかとか何とかぐだぐだと考え込んで、携帯電話を睨みながら、

何時間もずっと自分に電話しようか自力で一夜を過ごそうか、

胃を痛めながら迷っていただろうことが彼には手に取るように分った。


それでこんな深夜になってようやく決心しつつも、

ためらい故に馬鹿馬鹿しさを装って電話を掛けてくるくらいなら、

もっと早くに電話をすれば良かっただろうに、と、彼は彼の傲慢さでそう思いもした。

しかし、それは自分の理論であって、彼女の理論では無いことは彼もよく理解していた。

だからこそ出る溜め息なのだが。


「何処だ」


つっけんどんに云うと、不意打ちを喰らった彼女の間抜けな声が聞こえて来て、

もう一度、さんは今何処にいるのか、と問う。

あぁ、あぁ、と、しどろもどろになりながらも、後に続く言葉では淡々とした彼女らしい声音で簡潔に居場所を答えた。


「25分で着く。」


既に立ち上がり、着替えの服を掴みながら短くそれだけを告げると、

未だ少し面喰らったような戸惑う声で返事が返ってくる。


『え…、あ、はい、わかった。』


一宮が来ないだろうことを感じていたところに、

いきなり所要時間迄告げられて困惑する彼女の顔がありありと浮かぶ。


彼がにやりとして電話を切るその間際、

雑音に紛れた蚊の鳴くような小さな声で、ありがとう、と聞こえた気がした。


電話を切り、彼は素早く服を着替えながら、もう一度にやりとした。











 

 

 

 

 



fin.

 

 

怪談 ファミレス 携帯電話

真夜中の些細な重大事

(04.9.24)


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