白煙デイドリィム












とても風が強い日で、屋上に立ち尽くす私には少し辛い。

もし私が立っている場所が屋上を縁取るフェンスを越えた向こう側だったら、

十中八九、私の身体は大気に押し出されて足場を失い、軽やかに風に舞っていたことだろう。


そんな空想をしてみても、地面に叩き付けられた時の衝撃への恐怖には結びつかないまま、

希薄な現実感だけが胸の内にあった。

こんな気分の時、生死というものは私にとってたいした意味を持たないのだ。


風鳴り以外、今の私には何一つ聞こえやしない。

はず、だった。


「・・・・さぼりかよ」


「お互い様でしょう、一宮くん」


風鳴りが支配する「静寂」を割る、鉄扉の軋み開く音と一宮の声が少し恨めしく、

私は少しうんざしりしたような声音で云った。

(実際にうんざりしているのではない、只のポォズだが。)


彼はと云えば、私の不機嫌も何もまったくどうでもいいらしく、

適当な場所に座り込んで壁に凭れ、持参してきた本を開いたところだった。

しかし、あまりに強い風が静止を拒絶して本の頁を酷くはためかせるものだから、

一宮は苛ついたように舌打ち一つ零して、結局本をすぐに閉じた。


その様子の一部始終を見て、私は思わず吹き出した。

彼がじろりと私を睨む。


「何でまたこんな風の強い日にわざわざ屋上に?

 一宮くんもさ、物好きだよね」


さんに云われたくねぇ」


「私はさ、ほら、自分は物好きだって自覚はあるし」


「・・・・・(その理屈がわけわかんねぇっつの)」


それきり黙ってしまった一宮は、

本を片手で弄んで手持ち無沙汰そうに溜め息をついた。

私は彼と少し距離を開けて隣に座り、無駄とは知りながら乱れる髪を押さえていた。


ふと思い付いて、ポケットから少し歪に潰れた緑のマルボロを取り出す。

その白い細い筒を一本銜えたところで、眉を顰めた一宮の非難するような視線に気がついた。

君もいる?と、箱を差し出してやれば、彼は黙って私から顔を背けてしまった。


真面目な彼がこんな煙を飲むはずがないことはわかりきったことではあるが、

もし彼が共犯者になってくれるなら、この肺を黒く染めることに何の抵抗もなくなるだろう。

私はそんな気がしていた。


「身体に悪い。止めておけ」


ぽつりと、彼が俯いて呟いた。

私は何故か、酷く切なくなった。


重く澱んだ気持ちを感じつつ、ポケットから真っ赤なライターを取り出し、煙草に火を付けた。

筒先から溢れる白煙が風に煽られながら掻き消される様を眺めていると、

鉄の扉が、軋みながら重々しく閉まる音が聞こえてきた。

私はゆっくりと首を捻り、自分の隣を見遣った。


もう、私の隣に、一宮はいなかった。


どうにも切なくてやり切れない胸の痛みを感じ、私はたまらず肺をめいっぱい煙で満たす。

体内で煙が蠢くような、慣れ始めたその奇妙な感覚に酔おうとするのに、

ちっとも酔えなくて、喉の奥が苦しくなる一方だった。


やはり私と彼とは違う生き物なのだと、そう思い知る。

同一性を求めた私は、失った半身への思いを誤魔化すように、

くちびるから煙をとろりと零すしかなかった。

濁った涙も無しで。













Fin.




 

 

 

 

(03.8.6)





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