黄昏の檻 21

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まるで詐欺じゃないですかっ!!チートですよチート!」

 

弄ばれたぁっ、と叫びながら突然御乱心宜しく頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ私に、

流石のハヤテもぎょっとした顔をしていた。(と云うかドン引きしていた。)

 

「……何を薮から棒に。」

 

詐欺とは不穏当ですね、と落ち着き払ったハヤテの冷静な言葉にちょっと泣きそうになった。

此れを詐欺と呼ばずして何とすると云うのだ、と内心激しく叫びながら尚更私はぐっと頭を抱えた。

ずるいずるい、とまだぶつぶつ呟く半泣きの私を宥めながら立ち上がらせ、

ハヤテは平生のように何事も無かったかのような涼しい顔をするものだから、尚更私は心底やりきれない気持ちでいっぱいになる。

 

「そろそろ出発しないと、日暮れ迄に次の街に辿り着けなくなりますよ。」

 

「……泣いていいですか?」

 

「……出来れば止めて頂けると有り難いんですね…。」

 

とんだ出来レースだわ、と、深く悲痛な溜め息と共に吐き出して、ハヤテに促されるままに、仕方なくのろのろと歩き始める。

苦笑いしながらも飄々と隣を歩くハヤテを横目に、いっそ腹いせに其の刀の柄にカンピョウでも巻き付けてやりたい、と下らない事を考えていた。

顔を歪めたまま押し黙る私を窺い、ハヤテが少し困ったように咳いた。

 

「…さん、まだ怒っていらっしゃるんですか?」

 

「ハヤテさん、それは違います。

 そもそも私は最初から怒ってなどいません。

 呆れているのです!

 掌で踊らされていたことに気付いて非常に悔しいのです!」

 

「…はぁ…?」

 

(自分で云うのもなんだが)普段は温厚な私が此処迄取り乱すのを見るのは初めてなのであろう、

そんなハヤテを気持ち的に思い切り置き去りにしているのは、私とて勿論自覚していたのだが、

何分、どうにも納得の行かないこの顛末が、すぐには受け入れ難かったのだから致し方無いと云うものだ。

 

 

 

 

 

 

 

昨日ようやく黄金の太刀と共に岸辺邸に帰還した私は、無事太刀を返還して後、意を決して主様に、自分の決断を申し出た。

曰く、岸辺邸の使用人を辞職させて頂きたい、と。

 

まだ碌に拾って頂いた恩を返す事もままならぬ私が云うには、あまりに分を弁えない申し出であることは分かっていたが、

けれど本能的に、今此れを云わなければならないのだと云う自覚もあった。

緊張の余り小さく震える指先を握り締め、主様のお言葉を神妙な面持ちで待つ私に対して、

それはもう、呆気無く、主様は仰った。

 

「あら、いいわよ。じゃあ段取りをするから部屋で待機していらっしゃい。」

 

実にいい顔でにぃっと微笑む主様の泰然自若としたご様子に、私はちょっと気の遠くなる思いがした。

隣に立っている使用人頭の後藤さんが、労るような生暖かい眼で私を見ていた。

そんな眼で私を見ないでください、と胸の内で叫ぶ気力も失せ、私もまた、後藤さんに生暖かく微笑み返したのだった。

 

そうしてその日の内に再び主様に呼び出された私は、あっさりと辞職願いを受理され、

『どうせ木の葉隠れの里に住むんでしょ。餞別としてあたしから火影に話を通しておいてあげるから、あなた、さっさとお戻んなさいな』

と、翌日の早朝、つまりついさっき、屋敷を(半ば追い出されるようにして)丁重に送り出され、そのまま里に蜻蛉帰りする事に相成った訳だ。

 

主様には本当にお世話になった。

横暴に振り回されて使用人一同がくりと膝をついたことも(何度も)あったが、雇い主であると同時に、

何処か父親(敢えて母親とは云うまい)のように私に眼を掛けてくれた事は、寄る辺なかった私にとっては大きかったのだ。

 

此れ迄の厚意への感謝と、身勝手な振る舞いへの謝罪と、少しの名残惜しさと。

そんな諸々の気持ちをきちんと言葉にして、云い尽くせぬ感謝を伝えたかったのだが、其処は其れ、主様の主様たる所以。

名残を惜しむ間もなくはやく出てお行きっ、とがっつり叩き出してくださったのであった。

なんかもうほんとどうなの、と呆れながらも、私は何だか頬が緩むのを禁じ得なかった。

 

 

そして、幾度こぼしたか知れぬ苦笑いと共に、改めて此の岸辺邸のある街を出発しようと、

街道に繋がる街の出入り口に向かった所、何故か其処に見覚えのある人影をみとめて、苦笑いさえ引き攣る羽目になった。

ああ、此の世界は、一体私をどうしたいんだろう。

 

 

 

「…火影様、岸辺様、御両人より貴方の護衛を仰せつかりました、月光ハヤテです。」

 

 

 

そう云って咳をこぼしつつ微笑む確信犯が、私の前に立ちはだかったのを認識した其の瞬間、

私の知らない間に裏側で行われていたであろう遣り取りに即座に思い至り、

ああ、やられた!と、思わず冒頭の発言をするに至った次第であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、要するに、火影殿と主様には全部全部、まるっとお見通しだったのですよね…。」

 

多少落ち着きを取り戻した私が一応ハヤテから事実関係を確認し、私は疲れたように溜め息を吐いた。

ハヤテが火影から与えられた任務は、往路は私と太刀の護衛を務め、

その後暫し街で待機し、主様から私が里に戻るか戻らないかの返事を聞く事だった。

 

もし私が主様の元に居る事を選ぶならそのまま帰還。

そして、もし私が里に戻る事を選べば、どうせ行く先一緒なんだし、再び私を護衛がてら連れて帰って来い、と。

 

私が岸辺邸へ帰還するよりも早く、先に火影から主様へそんな内容の書簡が届けられていただなんて、そんなの狡過ぎる。

私はそんなに分かりやすいだろうか。何から何迄ご都合主義にも程があるではないか。不満は無いが腑に落ちない。

しかもそれが、

 

「…厭じゃないから困るんだ…。」

 

ああ、恥じ入る、と俯きながら片手で顔を覆えば、手の冷たさに反してやけに頬が熱い。

またね、なんて、云うんじゃなかったなぁと胸の中で独り言ちていると、隣を歩く男が何だかひっそりと笑っている気配がした。

 

「厭ではないなら、それでいいのでは?」

 

「そうは云いますが、合わせる顔がありませんよ…。

 今更どの面下げて……あー…もう…。」

 

途中で言葉にする事を放棄して、胸の中で生暖かく揺れる感情の水たまりから眼を背け、くしゃりと前髪を掴んだ。

ハヤテは、彼がよくする表情をしてささやかに微笑んだ。

 

「…そこは、ただいま、でいいんじゃないですかね…。」

 

私は眼を見張って、ハヤテの穏やかな黒を湛えた眼を見上げた。

ゆるりと細められたそれがどうしようもなくやさしいものに見えて、私は少しだけ、どうしていいのかわからなくなる。

 

「………ただいま、」

 

思わずぽつりと、ハヤテの提案したその単語を復唱するように呟いた。

そうか、「家」なら、「居場所」なら、行くじゃなくて帰ると云う言葉を使う事が出来るのか、と、

私は今更のようにそんな当たり前だった筈の事実に到達する。

 

「はい、お帰りなさい、さん。」

 

ただひそり呟いただけの私の言葉に対して、ハヤテは真摯に、律儀に、ごく至当であるような顔をしてそう云う。

ああ。言葉にならぬ気持ちに、ぎゅうと息が詰まった。

 

ああ、何で此の人は、こうも私を上手に掬い上げてしまうんだろう。

 

「ただいま。」

 

するりとこぼれた言葉があんまり呆気無くて、何だか可笑しくて仕方が無い。

くすぐったい暖かさに頬が緩む。

 

今はただ、早く「お家」に帰りたくて仕方がなかった。

 

黄昏色がよく似合う、あの愛すべき里が、わたしを待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

(10.3.17)

 

 

 

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