黄昏の檻 16
「うやむやにしておくのも、どうかと思いまして。」
包み隠さぬ私の身も蓋もない身の上話の後、しれっとした顔で何事も無かったかのようにそう云い放つと、
一人は呆れたような驚いたような、奇妙な表情で私を凝視した。
もう一人はと云うと、ただ黙って無表情のまま小首を傾げていた。
その反応に違いはあれど、考えている事は元を辿れば同じであるらしいと見当をつける。
よく見たら二人とも結構猫背だなぁと内心どうでもいいことを考えながら、素晴らしき雲一つない青空を見遣って手摺に頬杖をついた。
此処は、正式な用途は不明だが、休憩所的な役割を果たしているらしい何かの建物の屋上である。
数日前のあの日とは逆に、お話をしませんか、と、わざとらしいくらいにっこり笑って私からお誘いをかけたら、
少し顔を見合わせた二人は、ゆっくり話せる場所へ行こうと云い、私を此処に連れて来たのだった。
里をある程度一望できるくらい、このような高い建物に登ったのは初めての事だったので、
自分の普段の生活範囲を眺めては上から見るとこんな風になっていたのかと眼を楽しませていた。
遠くに巨大な壁が巡っていて、其の向こうは深い森になっている。
連なる壁の切れ間にあの巨大な門を見つけ、私はあそこから里におそるおそる侵入したのだったと思い出す。
それは随分昔のことのようでもあり、ほんの最近のできごとのようでもある。
そして門とは逆方向に視線を向ければ、今迄インパクトがありすぎて逆にスルーしていたが、巨大な顔面の彫刻が連なる崖がある。
歴代火影の顔岩と云ったか、一体あれは誰が彫っているのだろう。
そして代を重ねれば重ねる程に増えてゆく事を思えば、将来的にどうなるのか、ちょっと怖楽しみである。
イースター島的な感じの想像が頭を過った。いやいや、それは無い。
ああ、爽やかな風が心地よい。
「…えーっと、さん、頭、大丈夫?」
「今現在の比較で云うなら少なくともカカシさんよりは全然大丈夫ですよ。」
随分と失礼極まりない台詞を聞き咎めて、里の平穏な景色からカカシに視線を向けると、私はきっぱりと云いきった。
疑うにしてももう少し云い方があるだろうよ。
窓に格子の付いた病院の入院患者を見るような眼で私を見るのは止めて頂きたい。
「信じないなら信じないでよろしゅうございますよ。」
あー、存分に暴露したら何だかすっきりしました、何てカタルシス、
と勝手に自己完結をするマイペースな私に、カカシは呆れた眼を向けた。
先程から咳き込む音だけをこぼすハヤテは、まだ少し困惑しているようだ。
「嘘はついていらっしゃらない事は、わかりますが…。」
ハヤテの其の言葉は、私が敵でないとはわかった、と云っているようにも聞こえた。
彼らしい真直ぐな言葉に、私は思わず微笑んだ。
いつかと違って、今は彼の発するその言葉の向かう先に、ちゃんと、「私」がいる。
私が此の世界に来てから泣いたのは、此の里を訪れる迄は、たったの一度だけだった。
森の中で主様に助けられたとき、その安堵と混乱による一度のみ。
けれどハヤテは、意図せずとも容易に踏み越えた。
インクの滲みのような些細な温もり一つ、けれどそれはどこか遠い所での出来事などではなく、この身に間近に迫る唯一のリアル。
いや、もはや温もりなんて言葉では生易しい。
それは、「熱」だ。
「…其れだけご理解頂けたなら、欣幸の至りかと。」
笑いを噛み殺しながら、そう云って二人に芝居がかった動作で一礼してみせた。
四月に雪が降る事もあれば、八月に桜が咲く事もある。あり得ないことなんて、実はしょっちゅう起こっているものだ。
そんな事を好き勝手に呟けば、カカシがそりゃいいや、と笑った。
「しかしさん、岸辺様は此の事は…?」
「一応ご存知のはずですよ。
…でも主様はたまに、その、すごく大雑把な要約をなさる方なので、
たぶん捨て子とかそんな程度にしか思っていらっしゃいませんよ。」
「………えー…それは、なんと、懐の深いというか…」
少々呆気に取られた顔をしたが、ごほごほと咳で細部を誤魔化しながら、其処は明言を避けたハヤテだった。賢明である。
でもまぁ、主様くらい大雑把でいい加減で適当な認識で、きっとちょうどいいのだろう。
まぁいいじゃない。と、肩を竦めた。
「いやー、さんほんとすっきりした顔しちゃってまぁ。」
「…私はよほど死んだ魚のような眼をしていたのでしょうかね。
うふふ、まぁでも、今は『生き生きとした眼』をしておりますのでしょう?」
ハヤテの言葉を引用して見れば、彼は何気なく私から視線をずらして、ちょっときまり悪そうな顔をした。
物事に余り動じない人であると云う印象は変わらないが、よく見ると彼は思ったよりも人間らしい表情をする。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ仕事に戻るわ。
三時間くらいいつものことだけど、ま、さすがに四時間も待たせちゃったらかわいそーだからねぇ。」
と。
平然と爽やかに胡散臭い笑顔でそう言い放ったカカシに、私とハヤテは思わず動きを止めて同時にカカシを凝視した。
ちょっと待て。
私は誘うにあたって、仕事は大丈夫なのかと先に確認したよな。
お前、だいじょうぶ、って云ったよな。
「カカシさん、最低です。」
「四時間経たずとも、今の時点でもう既にかわいそうですよ…。」
ハヤテは私よりも若干ソフトに窘めたが、深く溜め息を吐いていた。…ハヤテに此処迄溜め息を吐かせるとはかなりのものである。
しかしながら私達から顰蹙をかおうとも全く気にした様子のないカカシ。
ナルト、サクラ、サスケ、何ていうか、マジごめん。
「それじゃあ、またね。」
そう云ってカカシが私達に軽く片手を上げて、屋上から降りる階段ではなく、手摺に向かって歩いて行く。
地を蹴って姿をくらます其の前に、私は彼を呼び止めた。
「カカシさん、」
ふと何気なく振り返ったカカシに、にやりと笑う。
「またね。」
私の其の言葉の意味はちゃんと伝わったらしい。
カカシは笑って頷き、一瞬で姿を掻き消して行ってしまった。
其れを見ておおと感嘆の声を上げ、忍者みたいですねぇ、と呟くと、
「みたい」ではなく忍です、と、隣からいつか聞いたのと同じ台詞が返って来た。
(10.4.1)
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